第9話 ローズクォーツの宝石人形

 「じゃあ、今日もクリソス君たちといっしょに、ハンカチのししゅう、してくるね」

 「うん。頑張ってね」

 イトはニコッと笑うと、廊下で待っていたクリソスや他の宝石人形たちの元へ行く。

 リドがイトを見送ると、リリルとディードが側に来た。二人の手には刺繍で使う道具があった。

 「自分たちも作業を始めるか〜」

 「そうね。明後日が期限……今日中には完成させたいところね」

 「そうだね。すぐに準備するから、二人とも、先に始めてて」

 リドたちは準備をすると、完成に向けて縫い進めていった。


 「にゃお〜にゃにゃ〜」

 クリソスは変な歌を歌いながら針を進めていた。

 「クリソスさん、進捗はどうですか?」

 「あとちょっとで完成だよ〜。ブラッドはどう?」

 「俺もあと少しです」

 イトとクリソスはブラッドの手元のハンカチを見て「すごい」と呟く。

 ブラッドはハンカチにフクロウを刺繍していた。そのフクロウはリアル調で、とても上手だ。

 「ほんものっぽい……」

 「すごいね〜ブラッド! ディード君、きっとびっくりするよー」

 ブラッドは照れ笑いをした。

 イトも青い鳥は完成し、残すは四葉のクローバーだ。最後までを手を抜かず、丁寧に縫っていく。

 そしてみんなは、刺繍を静かに……ではなく、おしゃべりしながらやっていた。

 「ね〜イトちゃん、グリーントルマリンに変化したときの話、もう一回聞かせて〜」

 イトの横にぴとっと寄ってきたのは、ローズピンク色のふわふわヘアの少女だ。彼女はローズクォーツの宝石人形で、名前はロゼ。イトたちのクラスメイトだ。

 ブラッドからイトがグリーントルマリンに変化したことを聞いたらしい。

 「えっと、リドと、カリドアさんとブラッド君がくるしそうだったから、たすけたい……って思ったら、グリーントルマリンになってた」

 「はぁ〜愛だわ。イトちゃんから愛を感じる……! イトちゃん女神過ぎる……」

 ロゼはポジティブかつ褒めちぎる性格だ。ロゼから何度も女神だのスゴイだのと褒められて、イトはちょっとむず痒い感じだ。でもそんな褒め上手でいつも笑顔のロゼのことをイトは好きだった。

 「本当にあの時は助かりました、イトさん。あの煌めく緑色、今も覚えています。グリーントルマリンのイトさんを見たら、ぐちゃぐちゃになっていた心が落ち着きました。さすがです」

 ブラッドも、ふんわり笑みを浮かべてそう言った。

 「トルマリンは、いろんな色になれるからいいなぁ。いろんな自分になれるのって楽しそうだし、自分の魅力を増やしていけるのっていいよね!」

 ロゼの言葉にブラッドも頷く。ローズクォーツもブラッドストーンも色の濃い薄いはあれど、いろんな色がある種類の宝石ではない。トルマリンのように色が豊富な宝石が少し羨ましいらしい。

 「ロゼちゃんのいうとおり、自分のみりょくがふえるって、いいよね。わたし、いろんな色にかがやけるように、がんばる……!」

 イトはグッと拳を握る。そんなイトの覚悟を見たロゼはぎゅっとイトに抱きついた。

 「イトちゃんならできるよー! 私、応援するからっ」

 「わわ、ロゼちゃん。針、もってるから、あぶないよ〜」

 「わ、ごめん〜!」

 二人は顔を見合わせて、くすくすと笑う。

 「イトちゃんは、もっともっと、キラッキラに輝いてみんなに勇気を与える宝石人形になれるよ。私は、恋愛面でしか役に立たないからさ〜」

 そんなことを言うロゼ。イトは思わずロゼの手を取ってた。

 「ロゼちゃんだって、もっとステキな宝石人形になれるよ! それに、ロゼちゃんは今でも、とってもみりょくてきな、宝石人形さんだよ」

 イトの言葉にロゼは驚いた顔をする。

 確かに恋愛に関してはロゼの能力は有効だろう。でも、それ以外では役に立たないだなんて、イトは思わない。

 ロゼの笑顔や前向きさに元気をもらえる人は、きっとたくさんいる。だってイトがその一人なのだから。

 「ロゼちゃんだけがもっている、そのかがやきに、わたしは……いつも元気をもらっているよ」

 「イトちゃん……。えへへ、そうだよね。みんな違う宝石で、私には私にしかない輝きがある。ありがとう、イトちゃん。大好き!」

 ロゼはパッと花が咲くように笑った。そのとき、ロゼのまろやかな輝きを宿したローズピンクの髪と瞳が、より輝き出した気がした。


 「二人とも仲良しでいいね〜。それで、刺繍する手が止まってるけど、大丈夫〜?」

 クリソスからそう言われ、イトとロゼは、ハッとなる。すっかり手が止まっていた。

 二人は慌てて作業を再開したのだった。


 いよいよ完成したハンカチを相手に贈る日になった。

 「みなさん、よく頑張りました。頑張って刺繍したハンカチをさっそくパートナーに贈りましょう!」

 先生のその言葉に合図に、生徒たちは完成したハンカチを贈り合う。


 「あ、チューリップ」

 リドからハンカチをもらったイトは、チューリップの刺繍を見て、嬉しそうな顔になる。

 「うん。どんな刺繍がいいかなって考えたとき、一緒にチューリップの花を見たときのことを思い出したんだ」

 「いつでも、かわいいチューリップといっしょ。うれしい……!」

 イトの笑顔にリドも笑顔になる。そしてリドは、手元のハンカチを見る。

 「鳥と四葉のクローバーの刺繍だね。綺麗に刺繍できてるね」

 「あのね、しあわせがリドのところに、いっぱい来ますようにって思って、ししゅうしたの」

 イトの想いを聞いたリドは、そっと刺繍された青い鳥に触れる。

 「それとね……わたしのすきな、リドのかみのいろと、目のいろの糸を使ったんだ」

 イトは少し照れた表情で、そう呟いた。イトにそう言われて、リドは気がつく。

 リドは心がぽかぽかとあたたかくなっていった。

 「ありがとう、イト。大切にするよ、このハンカチ」

 リドは手を伸ばして、イトの頭を優しくなでる。少しでも、リドが感じている心のあたたかさがイトにも伝わるといいなと思いながら、リドはイトの頭をなでていた。


 リリルとクリソスは笑っていた。二人ともハンカチに猫の刺繍がしてあったのだ。

 考えることが一緒で、これ以上ないぐらい相性ぴったりだと二人は笑い合っていた。

 ディードは、ブラッドが施したフクロウの刺繍がとても上手で感動していた。ブラッドの期待に応えられるようにと、ディードはやる気をみなぎらせていた。


 宝石人形師見習いと宝石人形たちの絆がより強くなっていった。

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