第11話 小指を絡めて

 「ひとまず、この辺りの書籍を読んでみようか」

 リドとイトはサファイアについて書かれた数冊の本を手に、閲覧スペースへと向かう。

 「あれ? イトちゃん!」

 閲覧スペースに向かうと、ロゼとそのパートナーのレイラ・ビビテアがいた。

 「ロゼちゃんも、しらべがくしゅうの?」

 イトがそう聞くと、ロゼは頷く。

 「イトちゃんは、なんの宝石を調べるの?」

 「サファイアだよ。ロゼちゃんは?」

 「私たちはルビー! ルビーって素敵よね。あの、見ていると胸が熱くなるような真っ赤な宝石! ルビーの石言葉は『情熱』や『愛』なんだって! 素敵よね〜! 同じく『愛』の石言葉を持つローズクォーツの宝石人形としては、気になる宝石だわ! だから、ルビーについて調べることにしたの! それでね〜……」

 口を挟む余裕もなく、ペラペラと喋るロゼに圧倒されているイト。リドもロゼを止めるタイミングを完全に見失っていた。

 「はい。ロゼ、そこまでにしましょうね」

 ガシッとロゼの肩を掴み、ストップをかけたのは、レイラだ。

 レイラは人差し指をロゼの口元に持っていく。

 「図書館ではお静かに……でしょ?」

 「そうでした。やだ、暴走しちゃって恥ずかしい〜」

 そんな二人のやり取りを見て、イトとリドは、微笑ましいなぁと感じた。

 レイラもロゼもふわふわした髪質だ。髪色もロゼのローズピンクに、レイラのピンクブラウン。二人とも暖色系の色合いだ。さらに背丈もほぼ一緒。なんだか姉妹のよう。

 「ロゼ、そろそろ本の続き、読みましょう。イトさん、ルーネスさん、足を止めさせてしまってごめんなさい」

 レイラは丁寧にお辞儀をする。ロゼもレイラにならってペコリと頭を下げた。

 イトは気にしてないことの意思表示として首を横に振り、リドも「大丈夫ですよ」とほがらかに言った。

 ロゼとレイラが閲覧スペースに戻る際、ロゼはひらひらとイトに向けて小さく手を振った。

 イトも手を振り返した。


 リドとイトは熱心に本を読んでいた。

 サファイアには叡智があるため、主人が困難に陥った時は、最適な解決策を教えて主人を導いた……という伝説があるらしい。

 「叡智かぁ……なんだかわかるなぁ」

 リドは思わずそう呟く。

 あの澄んだ青の輝きからは知的な雰囲気を感じる。確かに主人を導いてくれそうだ。


 リドが次のページをめくろうとしたとき、クイッと服の袖を引っ張られた。

 引っ張ってきたのはイトだ。

 「イト、どうした?」

 「あのね、リド……うわきって、なに?」

 リドはイトが指差している箇所を見た。

 『浮気』

 リドの眉間にシワが寄る。

 イトが分かるように、浮気を説明する……複雑な気持ちだ。

 だが、説明しないわけにはいかない。

 「えっとね……浮気というのは、その、読んで字のごとくでね、気持ちが浮つくことです」

 リドの説明でイトはコテンと首を傾げる。

 よくわかってない顔だ。

 リドはぐぬぬ……と難しい顔をして悩んだ末に、声を絞り出すようにして追加で説明する。

 「あ、愛している人がいるのに、他の人が好きなっちゃう……という、ことです」

 しばしの沈黙。先に口を開いたのはイトだ。

 「リド……」

 「な、なに?」

 リドは緊張していた。

 イトは浮気の説明を聞いてどう思ったのか……。いや、どう思ったもなにも、嫌な気分になっただろう。

 リドはグッと拳を握りながら、イトの言葉を待ち構えていた。

 「……リド、わたしをキライになったりしないでね。わたしを、置いていかないで」

 イトは、少し不安気な表情でそう呟いた。

 「そんなことしないよ!」

 思わず大きな声でリドは言った。言ってから、声が想像以上に館内に響いてしまい、バッと口元を手で押さえる。

 さっき、レイラもロゼに言っていたが、図書館では静かにしなくては。

 イトはリドの大きな声に少し驚いたようで、黒い瞳を見開いた。

 「あ〜えっと、急に大きな声を出したりして、ごめん」

 リドは、そっと手を伸ばし、イトの頭を優しくなでた。

 「大丈夫。僕は、イトのことを置いて、勝手にどこかに行ったりしないよ」

 「……うん。リドのこと、信じてる。あのね、わたし、リドのことずーっとすき。わたしは、リドのそばにいたい。この想いはずっと、かわらないから」

 リドは、イトの頭をなでるのを止めた。

 「イト、片手を出してもらってもいい?」

 「……? うん」

 イトが差し出した片手の小指に、リドは自身の小指を絡ませた。

 「約束。僕はイトのそばにいる」

 イトは絡んだ小指を見ていた。

 ようやく、イトの不安気だった顔に、笑みが戻ってきた。


 「それにしてもサファイアと浮気って……なに?」

 リドは椅子をイトの方に引き寄せて、本を覗き込む。イトは該当箇所を指差してリドに見せてくれた。

 「サファイアの石言葉の『誠実』の加護によってサファイアの持ち主は浮気の心から守られる。だが、サファイアの持ち主、もしくは持ち主の親しい人が浮気をした時、サファイアは色を変えたり輝きを濁らせて浮気をしていることを知らしめる……。なるほど、こういうことか」

 『誠実』『忠誠心』といった石言葉を持つ、サファイアらしい能力である。

 「カッコいいね、サファイアって」

 イトは、ぽつりとそう呟いた。

 「そうだね」

 リドは頷いた。

 叡智をもって迷える主人を導き、浮気の心から守ろうとする。

 騎士のような宝石である。


 「わたし、もっといろんなことを知って、いろんな色にかがやけるようになって、みんなに勇気をあたえられる、宝石人形になりたいな」

 イトは自分の髪の毛先をつまむ。無色透明の、照明の光を反射してキラキラと煌めく髪。

 「だから、リド。いろんなこと、おしえてね」

 イトは小指をリドに差し出す。

 「約束するよ。イトを導いて、より輝けるようにするから」

 差し出されたイトの小指にリドの小指が絡まる。

 イトはくすぐったそうに笑った。

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