忌まわしき死守命令
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──忌まわしき死守命令
敵の戦車が見えてきた。
ソヴァーク社会主義国製のT-34-85中戦車で、敷島人民共和国に供与された代物だ。それが大隊規模で押し寄せてきている。つまりは40台程度の戦車ってことだ。
こっちが無事な戦車10台とシェル10機と考えると戦力差はたったの2倍!
何がたったの2倍だよ、ふざけんな、クソ! 確かランチェスターの法則なら2倍の兵力差は実質4倍の差になんだぞ!
で、こっちの砲兵はまだ沈黙している。先の爆撃と砲撃で砲兵は恐らくとっくに壊滅状態だろう。有力な砲撃支援は期待できそうにない。
「慎重に狙えばやれるさ。大丈夫、大丈夫」
俺は自分にそう言い聞かせて、スコープを覗き込む。
精神リンク技術はシェルをまるで自分の体のように動かせる。俺自身が冷たい金属の塊になったかのように感じ、凍てつく金属は俺の魂が宿ったかのようになる。
今の俺はひとつの兵器だ。シェルという兵器だ。戦争の犬だ。
スコープにはっきりと敷島人民共和国の戦車が見えてくる。タンクデサントした歩兵がいて、そいつらが戦車にしがみついている。
俺は
「メタル・ツーより各機! 射撃開始、射撃開始!」
俺は命令を叫ぶと同時に引き金を引いた。
砲弾は吸い込まれるように敵の戦車に向かい、敵戦車の装甲をあっさりと食い破ると戦車が吹き飛び、砲塔が宙を舞った。爆炎に包まれた乗員と随伴歩兵がのたうちながら地面に倒れていく。ざまあみろ!
「次!」
俺は無我夢中で戦車に向けて砲弾を叩き込み続けた。
砲弾が飛び、戦車が吹き飛ぶ。砲弾が飛び、戦車が吹き飛ぶ。
それが繰り返され、弾が切れたら新しいマガジンを装填して射撃を続ける。
敵が俺たちに狙いを定めるよりずっと早く、俺は狙って撃ち続けた。敵からの反撃で放たれた数発の砲弾はあったが、俺たちを十分に照準できていない。まるで掠めもしないヘボな射撃だった。
いつしか俺は交換するマガジンがなくなっていたことに気づいた。
「各機、状況を報告!」
『メタル・スリー! 信じられないが、生きてる! 生きてるぞ!』
砲爆撃を生き残った1機のシェルは全員が無事だった。
俺はふうと安堵の息を吐く。
前方には無数の敵戦車が、その残骸を晒している。燃え上がった戦車があちこちに散らばり、人間だったものが同じように散らばっている。
敵は余りの損害を前に一時撤退したようであり、先ほどまで砲声と銃声がこだましていた戦場には不気味な静けさが広がっていた。
「メタル・ツーよりジャンクヤード。残余砲弾なし。補給の必要がある」
『了解した、メタル・ツー。補給地点まで一時後退せよ』
「了解」
俺は軍人として冷静にそう報告したあとに、改めて戦場を見た。
燃え上がる戦車。ばらばらになった人間の死体。
「おえっ……!」
思わず吐き気が込み上げてきて、口から胃酸が漏れる。
畜生。クソッタレ。俺は人を殺しんだ。それも大量に。
こいつが戦争ってものなのか?
* * * *
戦線がそれからどうなったかと言えば、俺たちが補給をしている間に敵が突破を図り、弱体化していた前線部隊は突破された。
俺たちは急遽火消しに投入され、遅滞戦闘を繰り返した。
川港までは50キロ、40キロ、30キロとじわじわと敵が突破している。
その間に国連決議の下で国連軍が正式に発足し、司令官にデイビス・ステュアート大将が任命された。だが、正直このお偉いさんの人事てのはどうでもいい。問題は俺たちのボスの方だ。
そう、俺たちが所属する第8軍で忌まわしき命令が発令された。
のちに言う『川港死守命令』だ。
『第8軍隷下全部隊に命じる! 降伏も撤退も許可できない! 現地点を死守せよ!』
第8軍司令官のアレクサンダー・リード中将は隷下にある全部隊に川港の死守を命じた。何故かと言えば、川港が落ちれば、敵はあっという間に川港海峡を抜けて、敷島本州に侵攻。そのまま首都まで攻め入って、敷島国は完全な共産国家に変わるから。
太平洋の向こう側が完全に赤化するのを、軍上層部も政治家たちも恐れたのだ。
しかし、死守命令なんぞ発令された俺たちはたまったもんじゃない!
いつ敷島人民共和国の連中が大規模攻勢を仕掛けて、川港を落としてしまうのか分からないのに死守しろだって? 冗談じゃねえよ! 帰らせてくれ!
だが、命令は命令で、軍隊では命令は絶対だ。
だから、こういうことも起きた。
暫定的にシェル部隊の指揮官になった俺が今後の作戦方針を話し合うために、第666装甲戦闘団の司令部を訪れたときだ。
そこには本来トンプソン大佐がいるはずなのだが、いたのはウィンターズ少佐だけ。
「少佐殿。トンプソン大佐は?」
俺は司令部を見渡してそう尋ねる。
「彼は敵前逃亡を図ったため銃殺された」
ウィンターズ少佐は顔色を全く変えずにそう告げた。
マジかよ。敵前逃亡で射殺って映画でしか見たことねえぞ。
「それよりもキサラギ少尉。君を今の時点で野戦任官により大尉に昇進させる。君は今後もシェル部隊の指揮官だ」
「りょ、了解!」
クソ。2階級特進って戦死以外であるのかよ?
「さて、我々は発令されている川港死守命令に従い、敵に対する遅滞作戦を実施する。現在、確認されている敷島人民共和国の部隊はこの地点まで進出しており、再び戦車部隊が集結し始めている」
ウィンターズ少佐が指さしたのは川港からほんの25キロの地点だった。
「これ以上突破されれば、敵の野砲の射程内に川港が収まる。そうなれば我々は負けたも同然だ。何としても敵の突破を阻止しなければならない」
「どうするつもりですか?」
「攻撃に出る」
正気かよ! こちとら航空支援も砲撃支援もないだぞ!?
「集結中の敵部隊を強襲し、これに打撃を与える。それ以外に敵の攻撃を凌ぐ方法は存在しない。可能な限りの支援は準備するが、この戦いの勝敗は前線部隊である諸君の健闘にかかっている」
クソ。兵隊任せで戦争をするなよ。こんなの自殺行為だ。
だが、俺は地図を見ていてあることに気づいた。
「少佐殿。攻撃に出るなら、ひとつ提案があります」
「聞こう、キサラギ大尉」
「地図にこの地点まで今すぐに進出したいと思います」
俺が指さしたのは険しい山岳地帯であり、鋭い傾斜のある山間だった。
「理由を聞いてもいいか?」
「簡単ですよ」
俺は何事もないように答える。
「この地点なら一方的に敵をぶん殴れるからです」
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