据えかねる腹

白川津 中々

◾️

どうにも生きにくい世の中である。


休日の昼下がり。街をふらついていると空腹を覚えたため、飢えを満たさんと市中を注意深く、抜け目なく観察してみるとラーメン屋を見つけた。独身男性はなぜか漏れなくラーメンを好むものであり、私も例外ではない。他に適当な店も見当たらず、よし、ここにしようと引き戸を開けた。途端、無礼な程に明るく異性のいい声で「いらっしゃいませ」との歓迎。面食らったが、いや、私は麺を食ってやるのだと冷静となり、店内の隅々に目をやる。客席は狭く、カウンターのみ。席は歯抜けでどう足掻いても隣に他人が居座る状況。黒で統一された店員衣装は岸壁のようで威圧的である。コート一枚で訪れてしまってよかったのかと若干の心細さを感じるも既に客として扱われてしまった以上踵を返すわけにはいかなかった。流行遅れの邦楽を聴きながら入り口近くに設置されている食券の前に立ちメニューを確認。高い。押し並べて千円以上の高級志向に後退り。近所の定食屋であれば、焼き魚に小鉢と味噌汁が付いて八百円で食えるというのにラーメン一杯千円。浪費に近い散財ではないかと息が苦しくなる。果たして決断しなければならない。メニューを見て、一番安い平和ラーメンなる商品を選択。ピンフとは妙な名前をつけるなと思ったが、今考えてみると恐らくヘイワだろう。ヘイワでもやはり意味は解せないが、ともかくとして最初の関門を突破した開放感により、私は意気揚々と客席へ進んだ。


「食券お預かりします……ラーメン一丁!」


「あいよ!」


オーダーが通った。調理されできあがるまでの間、待つ。ひたすら待つ。店内に響く趣味の合わない曲を聴きながらただ待つ。厨房でごちゃごちゃ作業を行い、「明後日遅番よろしく」とシフト調整をする様子を見ながら待つ。途切れた曲を再び再生する店員を横目に待つ(無許可で流しているに違いない)。常連客と思しき人物と無駄話に花を咲かせる店員の傍で待ち続ける。


そう、長い。長いのだ。ラーメンが提供されるまでが予想以上に、恐ろしく。

次第に、怒りが増していった。なぜこうも時間が必要なのかと怒鳴り散らし、卓上調味料を全部ぶちまけたい衝動を抑えるのに必死だった。腹が減れば寛容さもなくなるというもの。自身の凶暴性、獣の一面が臓腑を食い破り、今にも顔を見せんとしている切迫した事態に私の人間性の分量が試されていた。


「お待たせいたしました」


店員の声が、今にも千切れそうな理性を繋ぎ止めた。ようやく、やっと、待ち焦がれ、渇望していたラーメンが、いよいよ満を持してやってきたのだ! 乳白色のスープにほうれん草、葱、薄切り焼豚、ナルト。濃厚な豚骨風味にキリリと香る柚子の清涼。私は箸を手に取り、麺を掴んで啜った。恋人からの便りを待つ心境で待ちわびたラーメン。どれほどのものかと! だが、味は、いまひとつだった。形容しょうがない、ありきたりなもの。特筆すべき点さえないごく普通のラーメン。これが千円。こんなもののために金と時間を使ったのかと、私は悔しい気持ちでいっぱいとなった。しかし、それでも頼んだ以上は食べなければいけない。涙を呑みながら完食。スープの一滴すら惜しく、金を体に入れるつもりで食べ切った。もうたくさんだと、油でいっぱいになった口内を水で洗い流したかった。水、水が欲しかった。ラーメンを食べた後の水は、まったく美味いのだ。


水が、なかった。


カウンターには調味料だけ。他の客の卓を確認すると確かにグラスがあるのに、私のところにだけにない。セルフサービスだろうか。否。狭い店内、客席に給水機を置く余裕はない。つまり、店員の怠慢によって、私には水が提供されなかったのである。限界だった。堪え難きを堪え、「ご馳走様」と言って店を出た。後ろで聞こえる「ありがとうございました」が、恨めしかった。私は腹いせにJASRACへ楽曲を無断で使用している飲食店があると報告し、散歩を続けた。あの店には二度と行かない。そう、誓いながら。

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