第2話
まさか、撃たれるとは思わなかった。気配を感じておいて、こっちに撃ってくるなんて。中途半端に強いからこんなことになるんだ。
ほんと人間って。
信じた自分が馬鹿だった。
左目を撃ち抜かれて、目と頭両方から出血している。まだ止まらない。
石造りがむき出しになった監獄で、動くこともできずに、このまま死んでいく自分が哀れで仕方ない。
近くの部屋には誰もいない。気配がない。どうせ死ぬときは一人だったけど、こんな死に方はしたくない。
「うわぁぁぁぁぁん……」
そう泣き叫んでいると、近くに人間の気配がした。
一般人ではなく、それなりに強い人間。どこかで、会ったことがある人……
「おい、生きてるか」
なんとか目を開けてみると、そこにいたのはあの森で護衛をやっていた青年だった。
監獄の扉が開いていて、監視もいない。なんでこいつがここに……?
「生きてるな。すぐ助けてやる。大きい病院まですぐだから、もう少し頑張れ」
青年はそう言って、私の体を抱え上げた。
私の体は、人間の病院じゃ治らない。どれだけやっても傷は塞がらないし、目は無くなったまま。
「待って……森に行って……病院じゃ……間に合わない……」
「えっ? 森なら、間に合うのか? 俺、乗り物使う金もないよ?」
「大丈夫……森に入れば……遅らせられる……森の奥に……泉がある……そこに……」
「わかった。森に入ったら案内してくれ」
それからその青年は、私を抱えたまま森に向かって走った。
森に入ると出血が少し収まって、魔法も少しは使えるようになる。
青年を魔法で道案内しながら悪魔の攻撃から守り、そうして普段は人間が立ち入れない森の奥地へとたどり着いた。
「こ、ここは……」
青年は泉に圧倒されて、動けずにいた。
一応出血は止まっているが、別に治ったわけじゃない。この出血も、もう少しすればまた凄まじい量の血液が流れ出る。
ここは自分でどうにかして泉の中に入るしかない。
そうして青年の手から離れ、地面を這ってどうにか泉の中に入った。
しばらく泉の中に潜っていると、痛みも無くなって、ずっと楽になった。
「ぷはぁっ」
顔を出すと、青年が心配そうにこちらを見つめていた。
「ありがとね、君」
「えっ、あっ、うん……でも、目……どうやって……」
「ん?」
左目を触ってみると、ちゃんと目が戻っていた。ちゃんと見える。
「よかった。ちゃんと治ってる」
「治った……?」
「うん。治った。ここは妖精の泉。魔法の泉だよ。死んでなければ、どんな怪我でも治る。あ、でも、人間には広めるなよ」
微妙な空気になったので、茶化すようにそう言っておいた。
「まあ別に広まってもいいんだけど、大変なことになるから」
「大変なこと?」
「ここで治った怪我は、魔法の影響下じゃないと長くは持たない。魔法が使えない生物は、この森から出て少しすると、傷が開いてしまう。だから、人間が使っても意味がない。文句言われるのも御免だから、このことは秘密で」
「わかった」
なかなか物分かりのいい人間だ。
「まあ、人間なんて今すぐ潰してもいいんだけどね」
「えっ……?」
「あんなことされて、まだ友好的な方がおかしい。元々嫌いだし」
「じゃあ、何で俺は……」
「君はこの森に良くしてくれてるからね。悪い気はしない」
護衛の仕事をする守り人の人間は、できるだけ私たちの逆鱗に触れないように頑張ってくれている。また毎日仕事始めと仕事終わりに森に挨拶をして敬意を払ってくれている。
「あの、その……あなたがこの森の妖精……ですよね?」
「まあそうだけど」
「人間のことは、嫌いですか?」
「うん。嫌い」
「俺も、嫌いです」
「君も人間なのに?」
「はい」
面白い奴だとは思ったが、そう思う気持ちもわからなくないとも思う。
「君、名前は?」
「り、リアムです」
「リアム。もしかしたら、君と私は、意見が合うかもしれないな」
「えっ?」
「私はエーンルア。何で君は人間が嫌いなの? 何があったの?」
「それは……」
リアムは話そうとしなかった。
「話してくれたら、何でも答えてあげる。だから、ちょっと話してみてよ。気になるからさ」
「わ、わかりました」
何か聞きたそうにしていたから、それをご褒美に話をさせようとした。
「この護衛の仕事は、最初はいい家柄の実力のある剣士がやっていた。給料もよかったし、何より尊敬された。でも貴族は段々と肉体労働から手を引き、代わりに入ってきたのは剣を扱ったこともない平民。守るのが目的なのに、結局は客が自分で戦うことも多かった。だから、平民護衛官は無能だと思われてる」
「確かにそんなこともあったね」
心当たりはある。でもそれは少し前の話だ。
「でも数なくとも僕は違う。無能じゃない。気配には気付けるし、守れる腕もある。一緒にされるのはもう嫌だ」
リアムの腕を見たことがあるが、確かに他の平民上がりに比べれば大したものだと思った。理不尽なことに熱が入って、敬語もやめたようだ。
「あとは、こう言われるのも孤児だかとも思った。親がいないのは僕のせいじゃない。でもそのせいでさらに色々と言われるんだから、親のことも恨んでる」
「なるほどね」
孤児が蔑まれるのはいつの時代も同じだ。
「じゃあ、何で護衛の仕事についたの? 誰でもなれる仕事じゃない」
「僕を拾ったのが、道場の師範だから。そこで剣を学んで、この仕事に」
「そう。師範もこの仕事を?」
「多分」
「じゃあ知ってるかもね」
「本当に?」
「さあ。この仕事をする人はいっぱいいるから、詳しくは知らない。っていうか、私が知っててどうるの?」
「確かに」
そうは言ったけど、今生きていそうな者の中で師範になれるほどの実力がある者はごくわずかだ。あとはリアムの動きを見て、なんとなく誰だか心当たりがある。
「君のことは教えてもらった。質問していいよ」
「えっと……悪魔って、なんですか? 悪魔の正体はなんですか」
「悪魔の正体、ね……」
「だってずっと同じ森に住んでるんでしょ?」
「君に言えるようなものじゃない」
「なんでも答えてくれるって言ったのに」
「うーん……」
少し悩んだが、言ってしまったものは仕方ないと、話すことに決めた。
「あれは……私」
「……え?」
「だから、私だって」
「どういうこと?」
「あの悪魔は私の恨み。人間が嫌いだという想い」
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