森の妖精と悪魔と守り人

月影澪央

第1話

 都会から離れた、国の中でも中心から離れた森の奥、自然豊かな町・バリークロイス。


 明らかに田舎な場所にはあるが、町に揃っているものは都会と変わらないし、人口もそれなりにいる。田舎と呼ぶには都会すぎる場所にこの町はある。


 そしてこの町を取り囲むようにある森・ドラムシェイ。


 バリークロイスに伝わる古い伝説によれば、ドラムシェイには悪魔がいて、入る人間は襲われる。だが、森の妖精がその魔の手から守ってくれる。そんな言い伝えがある。


 それは作り話なんかではなく、実際に妖精は存在する。


 この町を出るためには、ドラムシェイを抜けていかないといけない。そのために森の中に道を引いた。その時に相談や許可を取ったのがこの妖精だ。まだこの時のことを覚えている生き証人が沢山いる。だからきっと伝説は本当だ。



「おい、リアム」

「はい」

「おい、またその本読んでるのか」

「別に何の本読んでたっていいじゃないすか」

「それはあくまでも物語だろ? でも、今目の前にそれが起こってる。あれを見ておいて、少なくともその話は読めないだろ」


 俺――リアムが読んでいる本は、森の妖精の話だ。


 仕事の関係で、森の妖精はこの話にあるような優しくて女神のような人ではないことを知っている。姿は見たことがないが、感じる気配は寂しそうで、殺意に満ち溢れたものだ。


「まあいい。仕事だ」

「あ、はい」


 本を置いて、俺は事務所の建物の外に出た。すると、そこには多くの荷物を持ったガタイのいい男が三人立っていた。


「あんたか? 今回の護衛は」

「はい。リアムと申します。よろしくお願いします」

「どこの家だ?」

「えっ?」

「どこの家の奴だ? 強い奴はいい家からって言うだろ?」

「そんなのないですけど。自分はどこの家にも入ってませんし」

「孤児か? お前に守れるのかよ。俺たちの方が強いんじゃねえの?」


 そいつらのリーダー格の奴がそう言って大笑いした。


「名前を教えてください。料金は先払いです。嫌なら自分たちで森を通ってください」

「いやぁ、そんなこたぁ言ってないだろ? まあ、別に俺たちはいらねぇが、顧客がそれを望んでるんだ。頼むよ兄ちゃん」

「お名前は?」

「ヒュー・オムルハーティーだ」

「はい。じゃあ、お金を」

「はいよ」


 袋に入ったお金を受け取る。中身を確認して、事務所の中に置いてから、彼らを連れて森に向かう。


 これが俺の仕事だ。


 森に道を引くときに妖精に許可を取った。その時に、妖精としては道路を作ってもいいけど、悪魔はなんて言うかわからない、用心すべきだ。と言われて、それから森を通る商人などを護衛する仕事ができた。


 仕事ができた当時は、その時強かった良家の剣士がその仕事をした。今はこんな仕事をしたいという良家の男児はおらず、イメージとしては良家の人がやっているというのがあるが、実際は良家以外で強い戦闘員がその仕事を担っている。


 それを知らないので、強いとも思われずに下に見られることが多い。


 よくあることなので、もうなんとも思わない。


「では出発の前に、規則を説明します。まず道を外れないこと。二つ、動植物を傷つけないこと。三つ、森を荒らさないこと。最後に、私の指示に従うこと。守らない場合、私でも手に負えない事態になりますので」


 そう説明しておくが、彼らは聞いちゃいない。でも妖精は、これを破った奴に襲い掛かる魔の手から守ってくれない。まあ、それもよくあることだから気にしないことにしている。


 それから森の中に入り、少し半分くらい進んだところで、いつも通り魔の手が迫る気配がした。そしていつも通り別の気配も。それが妖精だ。


「なんだ!?」


 オムルハーティーらがそう言って辺りを見回した。いつもならこんなに反応することはない。あれだけ大口たたいていただけはあるようだ。


 そして彼らは腰に隠していた拳銃を抜き、気配の方に向けた。


 迷いなく引かれた引き金。


 その時向いていた方向はまさかの妖精の方向だった。


 生々しい音、鮮血のにおい、強大になる悪魔の気配。



 数日たった今でも、まだ鮮明に、今目の前に起きているかのように思い出せる。夜も眠れず、震えが止まらない。


 あの後、瀕死になった妖精はあの場で死んでいなかったため、一旦監獄に入れられた。でも、これが妖精だと知っているのは俺だけだ。瀕死になれば恐ろしいほどの気配は感じないし、そもそも妖精だとわかっていたのは、悪魔と同じタイミングでそこにいたからだ。


 俺以外の人全員が、ついに悪魔を捕らえたと思った。


 あのオムルハーティーらは英雄とされて、勲章を貰った。


 俺は事情聴取で色々と聞かれたがそれは形式上のもので、苗字もないような孤児で平民の俺の話など聞かれず、あれは悪魔だったと言えと言われた。俺がどうなろうと悲しむ人はいないので、ここは歯向かって否定しておいたが、これで俺もどうなるかわからない。


 でも最後に妖精の姿を見られたことは嬉しかった。


 妖精の見た目はあの本のような可愛らしい女の子で、子供のように見えた。あれでも数百年は生きているというのだから、異種族はすごいものだ。


 一方で人間と同じところもある。銃弾で傷を負い、死にかけるところ。そして赤い血を流すこと。その血の量は意味不明なくらい流れているが、血が流れることが驚きだった。


 家族もいないし、仕事も家も失って、そんな俺に残ったのは、その妖精の記憶だけだった。

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