第4話 硬質な本

 数十分後、私は地下街の隅にある書店に足を運んでいた。

 私は本に興味があった。ちょうど読み物が切れていたので、手頃な一冊を買うために入店した。



 書店には本がずらりと並べられていた。

 私は決まったジャンルの本棚に向かい、しばらく無数の背表紙を眺めていた。


 私は、青春小説や恋愛小説には無関心だった。それは真反対の世界に片足を突っ込むのと同じことだった、


 それよりも、私は硬質な読み物に興味を持った。

 哲学や教養本に、自然と意識が向いた。


 私はタイトルを目で追い、自分の意識が指すものに従った。

 私の意識は、「幸福論」「死」「最高善」「倫理」などの言葉を拾った。



 ラッセル。ショーペンハウアー。プラトン。アリストテレス。


 手にして読んでみると、どれも難しそうに思えた。

 読み応えがありそうだと感じたが、結局はどれも元の本棚に戻してしまった。


 私はずいぶん長いこと、本棚の前で苦悶していた。

 興味のある本は無数にあったが、どれから読むべきかわからなかった。


 根拠が曖昧な本は、あまりにも読み応えがなく味気ない。

 かといって論理的すぎる本についても、最後まで読み切るだけの忍耐力がない。


 私は自分の都合と照らし合わせながら、しばらく選書していた。

 結局、私の興味はあらぬ方向へと飛躍し、ハイデガーの『存在と時間』を手にするようになった。



 そもそも何故自分は存在するのか。存在とは何か。私は、そういったことが知りたかったのかもしれなかった。

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