第2話 屋上の少女
***
「
「そういうのって俺が気づいて当てるものじゃないのか?」
「んふふ、別にいいじゃーん。あ、翔は香水、いつもと同じだね」
翌朝、
ラインを確認すると、俺はいつの間にやら二人からブロックされていた。
陽キャ達の会話がやけに大きく耳に届く。
「瑠璃さん、浮気は良くないぞー」
「何言ってんの? 私、彼氏チェンジした」
「はえーそうでしたか。まぁ瑠璃はそっちの方がお似合いだよ」
女子の一人がこちらを一瞥してくる。
その視線を避けつつ、俺は立ち上がって翔のお陰で少し仲良くなれた一軍男子の加藤に話しかけた。
「あの、俺……別れたわけじゃなくて」
「は?」
「二人が勝手に……」
「未練とかダサいからやめとけ」
適当にあしらってきた彼は、視線をスマホへ移動させてこれ以上会話をする気がないことを示す。
そうされちゃどうしようもないので、教室のタイルをひたすら眺めつつ席へ戻った。
クラスには明確なカーストが存在する。
一軍が言った言葉はそのまま事実として受け止められ、俺なんかの発言は誰も信じない。
おまけに、俺が瑠璃にフラれたという情報が教室中に広まったせいで、気まずいのか先程から誰も話しかけてこない。
昨日まで一緒にゲームやアニメの話で盛り上がっていた陰キャ男子の友人達も、誰一人としてこちらに目を向けない。
まだ登校していない不破も、きっと同じだろう。
クラスの話し声全てが俺を嘲笑っているように聞こえた。
***
昼休みの始まりを告げるチャイムが、校舎内に響き渡った。
俺は午前中、誰とも口をきかないままずっと机に突っ伏していた。
途中、不破が何やら話しかけてきたような気もしたが、応じる気力など俺にはなかった。
だるい。全てが無意味に感じる。
瑠璃に裏切られたあの時から、時間が止まっているいるようだった。
俺は何のために学校に来ているのだろう。
瑠璃と過ごせないこんな日常に、意味を見出せない。
続いていくと思っていた、思い込んでいた幸せな未来は砕け散った。
友人もいない、楽しいこともない、ただ与えられた時間をやり過ごすだけ。
これから俺を待ち受けるのは、そんなクソみたいな未来。
その時、不意にスマホが震えた。
画面を見ると、知らない番号からのメッセージが届いていた。
友達追加していない人物。
だが、よくあるセールス垢では無さそうだった。
『屋上に来て』
……誰だ?
クラスの誰かが仕掛けたふざけたイタズラだろうか。
アカウント名は「
無視しようかとも思ったが、なぜだか胸騒ぎがした。
恐怖から来るものではなく、むしろ高揚感に近い。
……行く理由もないが、とはいえ行かない理由もない。
どうせこんなつまらない教室にいるくらいだったら。
イタズラでも構わない、もうどうにでもなれ。
席を立ち、教室を出た。
最上階に向かって階段を上り、屋上の入り口に到着する。
鍵、壊れてるんだっけか……。
ドアノブに手をかけると、扉はギィ……と重い音を立てて開いた。
そして――俺は、一人の小柄な女子生徒を見た。
彼女は柵の前に立ち、こちらに背を向けている。
灰色のショートボブが風に揺れていた。
「……君が、俺を呼んだのか?」
そう問いかけると彼女はゆっくりと振り返った。
現れたのは、整った顔立ちに長い前髪の少女の姿。百四十センチ台と思われるその体は、大きな胸と長く真っ白な脚を備え、完璧と言えた。
正真正銘の美少女である。
そして、彼女は俺の目をまっすぐに見つめて無感情に口を開いた。
「やっと来た、
どうして俺の名前を知っている?
「君は、誰?」
彼女はまたも無機質に話し出す。
「
胡桃——あのラインの正体はこの彼女で間違いないようだ。一体、どうやって俺のアカウントに辿り着いたのだろうか。
「味方……? 俺の?」
「そう。あなた、大切な人に裏切られたでしょ?」
教室での二人の姿が瞬時に思い出され、心臓が跳ねた。後輩なのにタメ口を使ってきていることなんてどうでもいい。
「……なんで、それを」
彼女はゆっくりと歩み寄り、俺の目の前で立ち止まる。
「裏切られた人間のこと、私はなんでも知ってる」
「……どういう意味だ」
「私、裏切られた人の気持ちが分かる」
無愛想な声音が一瞬だけ冷たい光を帯びる。妙に会話が噛み合わず、全く彼女が何を言いたいのかわからない。
そして、胡桃はまるで操り人形のように力無く片腕を上げて俺を指差してきた。
「だから、あなたに教えてあげる……どうすれば、その痛みが消えるのか」
感情など伺えないはずの胡桃の声が、不思議と俺の心に優しく響く。
それが、まるで絶望の淵にいる人間を誘う囁きのようで、背筋にぞくりと悪寒を感じた。
「なあ、君は一体……何なんだ?」
俺の問いに、胡桃は相変わらず淡々と答える。
「
「いや、そういうことじゃなくて……」
「私のこと、もっと知りたいの?」
「ああ」
「それなら……」
胡桃は背伸びをすると、何の恥じらいもなく俺に顔を近づけた。
その瞳は、まさに「深淵」だった。
「これから、あなた自身で確かめて」
彼女の真意は全く読み取れない。
でも、気づけば俺は首肯していた。
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