噛み合わぬ異物の歯車・Ⅰ

ローグブライト/歯車の国

 かち、かち、かち、と一秒を刻む音だけが響く。初めて見る精密機械に彼女は目を輝かせていた。表情にはあまり出ないが、内心ちょっとテンションが上がってしまっているようだ。

 一切のズレなくかち、かち、と秒を刻み続ける針は歯車の国、ローグブライトでしか見る事は出来ないだろう。故郷にも、旅を通して見て来た場所にも、このような機械は無かった。そもそも架学というモノ自体、そう普及しているモノではない。


 しかし、こうして宿にも飾られている程に普及しているというのに何故他の国で見る事が無いのだろうか。特段架学という技術がローグブライト特有のモノという訳でもあるまい。


 魔力と科学を合わせ、新たな一歩を踏み出す技術。それが架学だ。殆どの場合動力に魔力を使い、様々な機械を動かす。その最たる例は自立飛行型探索機ドローン自動人形タロースだろう。ヒトの魔力に反応し開閉を行う扉というモノもどうやら開発されているようだ。


 ヒトの生活を豊かにするそれら架学はどうして今もローグブライトの中でのみ発展しているのだろう。


「……興味深いですね」


 シーファの興味を擽ってしまったようだ。最早その理由を識るまで彼女はこの国を離れないだろう。逃避の身である事を忘れているんじゃないのか? いや、良い。旅は楽しむモノだと英雄も言っている。ならばそれに倣おう。先人の知恵は聞いておくものだ。


 ローグブライトの首都、ギアクロスの宿にも沢山の機械が使われている。シーファの心を掴んだ時計というモノもまた、その一つ。多くの機械に彩られたこの国はシーファにとってその全てが好奇心を刺激する劇薬だ。


 識りたいと思った以上彼女は止まらない。宿を後にし、架学を観に歩を進める。魔力を動力とした歯車が回り、標識が飾られている。


 架学はあくまで魔力であり魔法ではない、と誰もが主張するのには理由がある。無論魔法は魔力を使って生み出す現象なのだから、架学も魔法の一部であると考える者も居るが、かなり少ない。それは架学も魔力をも知らぬ者の発言だろう。

 だが、正確に言えば架学で扱う魔力は魔力としての本質を扱うモノではない。あくまで副次的な効果を期待したモノだ。


 そもそも魔力とは魂の自浄によって生まれる老廃物である。呼吸を行う事で大気中のエーテルを吸ったり、食物に含まれるエーテルを食事によって摂取したりと様々な方法で体内にエーテルを取り込む。

 エーテルとは星の魂。ヒトの魂もまたエーテルによって形作られている。古いエーテルを新鮮なエーテルと入れ替える事で作られるのがヒトが扱う魔力だ。これもまた所説あるのだが、凡そ正しい認識のはずだ。


 では魔法とは何か。星の意思と言えば聞こえは良いが、その実態はヒトの領域に当てはまらないモノから授けられた未知の法則だ。

 魔力をただのエネルギー源としてではなく、扱う者の意思に反応しその性質を変化させる。だが、それはしなければ発揮されない。


 ユメの様に魔法を使うにはその工程が必要だ。シーファにとってその工程が何よりも恐ろしいのだが、ユメが感染している以上、この大陸にもやがて魔法がやって来るだろう。

 それもまた進歩だと捉えるべきか……本来扱えるはずの無いモノを扱えるようになるという恐怖は、隣の大陸の千年前に訪れている。寧ろ良く千年も耐えきった。既に新たな魔法式というモノも発案されているようだし。パンデミックが起きてもすぐに落ち着いてくれるとありがたいが。


 まぁ、良い。どうせ今はユメしか使えまい。感染が進めば架学も発展するかもしれないが……。


 大通りに出ると、標識の数がかなり増えた。この数なら迷う事も無いだろう。魔力をエネルギーとして変換するだけでなく、魔力自体を障壁の様に変えて文字を作っている。


 技術としては理解出来るが、きちんとインフラとして整っている所まで進んでいる所を見るとやはり外でこれらの機械を見かけないというのは不自然だ。別に鎖国している訳でも無いし、輸入輸出も行っているはずだ。それでも外で見ないというのは、不自然じゃないだろうか。


 どういう仕組みで動いているのかは解らないが、ともかく便利だ。地図も持たず歩いているシーファがすぐに目的地を決められたくらいには便利で、快適だ。

 歯車の音が少し気になるが、部屋に入れば殆ど聞こえない。まぁ、その部屋の中にも歯車が回る機械はある訳だが。


 どうしてこんなに標識があるのだろうと思っていたが、昇降機を見つけてしまった。これで地下に行くらしい。シーファが目的地と決めた場所もどうやら地下にある様だ。


「……………………」


 シーファは無言だが巨大な昇降機を見て顔を上げた。その顔は好奇心に満ちている。外れそうになったフードを慌てて両手で抑える。


 実際に乗る前にどうやって動くのか見てみたい。彼女の好奇心は留まる事を知らない。知らない事を識るというのは楽しい。旅の醍醐味だ。まぁ限度はあると思うが。


 暫く眺めていると、がこんっ! と大きな音を立て昇降機が動き出した。かなり太いロープが籠を持ち上げている。巻き上げる機構自体は魔力によって動いているようだ。おもりを巻き上げ持ち上げると、その代わりにヒトが乗っている籠が降りて行く。

 仕組み自体は簡単だが、制御を機械で行っているらしい。最初に制御盤らしきモノを触っている所が遠目に見えた。


 こうして見ていると、なんだか不安だ。安全性は立証されているのだろうか、とか余計な事を考えてしまう。

 無論こうして街中を行き来する為に存在しているのだから、安全性は立証されているのだろうが、こうして昇降機が動いている所をきちんと見ないと怖くて乗れないだろう。


 昇降機は無事に降り切ったのだろう、ゆっくりとおもりが下がって行く。今度は地下から乗ってヒトがやって来るはずだ。

 にしても、どうしてこんなに上に長いんだろう。仕組み的にはそんなに上に伸びなくとも問題無いように思うのだけど……魔力を溜める機構でもあるのだろうか。


 昇降機の扉が開かれる。少ないが中からヒトが出てくる。


 さぁ、今度は自分の番だ! と昇降機に乗り込んで、内部の制御盤を操作する。とは言え記号化されて分かりやすくデザインされている。これならば誰にだって乗れるだろう。

 矢印が下に伸びているボタンに触れると昇降機は再びがこんっ! と音を立て動き出した。

 中は少し揺れる。なんだかいつもより剣が軽く感じるのは降りているからだろうか。昇降機に揺られながら、地下はどんな所だろうと想像する。架学が発展したこの国なら、魔灯石を点灯するだけじゃないと思うが、どの様に明かりを確保しているのだろうか。

 他にも空気とか、そもそも魔力の伝達はどう行っているのかとか色々と気になる事が多い。それら全てを知れるとは思わないが……少しでも知れたなら僥倖だ。


 がこんっと響く音は昇降機が着いた音。自動で開いたドアの先は夜の様だった。規則的に並べられた柱に明かりが灯っている。綺麗な景色だと思う反面、暮らしにくそうだと思った。


 シーファが目的地に設定したのは工房。架学の最先端を誇るヴェルドニアの工房だ。地下にも相変わらず標識が置いてある。サイズは小さくなったが、それでもまだ多い。地下はどうやら工房が集まっているようだ。


 歯車は相変わらず回っている。それら一つ一つが何かを動かし続けているのだろう。というか、メンテナンスとかどうしてんだろう。あれだけ多いと中々難しいのでは?


「おぉー……」


 暫く進んだ先の大きな建物に感嘆の声を漏らす。一層立派な造形をしているここがヴェルドニアの工房だ。

 迷わず目的地に着いてしまった。凄い。迷ってユメとはぐれる事もあるあのシーファが迷わずに来れた。これは凄い事だ。もしユメが一緒なら沢山褒めてくれただろう。


 ここに架学の叡智が詰まっている。工房とは言え、見学は出来ると既に調べてある。でかでかと看板に書いてあった。


 よし、とちょっと意気込むと彼女は工房の門を潜った。


 自動ドアが開き、シーファを向かい入れる。中は真昼の様に明るい。暗い場所で作業なんて出来ないからだろう。


 入ってすぐに既に工房が広がっている。オイル臭い。シーファにとって嗅いだことの無い匂いだ。それでも彼女は平気そうな顔をしながら歩を進める。


「……チ、やはり噛み合わん。魔力の伝わるスピードが遅すぎる。これではユーザビリティが低くなる。感覚よりも遅いとダメだ。ジャストなタイミングでなければ意味がない……」


 机に座り、手にした機械を睨みつけながらぶつぶつと呟いている男が一人。この男がヴェルドニア・カイ。この工房の最高責任者かつ技術者だ。


「いやしかし、素材……かぁ……? 素材を変えた所で魔力伝達スピードが上がるとは思えん。……それよりももっと本質的なモノ……魔鉄鋼で足りないのならここらで取れる素材となると……しかしなぁ……」

「あの」

「うぉ、あぁ、見学者か。悪いなちょっと立て込んでて。というか、受け付け……って居ねぇ。アイツまたサボりやがったのか!?」

「ごめんなさい。お邪魔ならまた後日に」

「あぁいや構わねぇ。……これ以上やったって良い案は出ねぇ。気分転換に見て回るとするか」


 彼は置いてあった飲み物らしきモノを一気に飲み干し立ち上がる。


「仕方ねぇ、着いて来な、フラウ」

「…………」

「なんだ、違ったか?」

「いえ、旅人にその言葉は不相応かと」

「……………………そうか、悪い、配慮に欠けたな」

「差し支えなければどうかシーファとお呼びください」

「シーファ、か。解った。そう呼ばせてもらおう。ではシーファ、二階が展示室になっている。昇降機はこちらだ。足元に気を付けてくれ」


 彼は椅子に掛けていた白衣を着て手袋を外す。どちらもボロボロだ。白衣に限っては焦げ跡も見える。最早着る意味も無いが、体裁の為に今着たのだろう。まぁ案内役に相応しい恰好ではあるだろう。


「少し揺れるぞ。気を付けな……ってここに来るまでの道のりで乗ってるか」

「あの大きな昇降機は貴方が?」

「設計だけな。アレが無い時はずっと階段だったんだぜ? 架学者は足腰が弱いんだよ、あんなクソなげぇ階段毎日上り下り出来っかって話だ」

「だから設計を?」

「そう、だから俺の為。国が金を出してくれたんでな、好き勝手やってやったら出来ちまった」


 それで良いのだろうか……。実際沢山のトの役に立っているが……動機が不純だ。少なくともシーファの知る技術者はヒトの役に立つ為とかそういう崇高な目的で作っているヒトが多かった。だから彼女の目にも意外に映るだろう。


 昇降機に乗り込み、二階へと上がる。


「そうだ、まだ名乗っていなかったな。ヴェルドニア・カイ。この工房の責任者だ。好きに呼んでくれ。あと、煙は平気か?」

「煙……ですか?」

「こいつだよ」


 と彼がポケットから円筒の様なモノを取り出す。キセルだ。


「あぁ、はい。大丈夫ですよ」

「そうか。悪いな。俺はヘビーな方でな。これが無いと落ち着かん」


 そう言いながら彼は雁首に葉を入れ、吸い口に口を付け火を着ける。透明な液体が入った小さな瓶の蓋に魔灯石が付いており、細かい仕組みは見えなかったが、一瞬何かが回転し火が付いた。恐らく摩擦熱を利用し火花を起こしたのだろう。

 着けた火を雁首の少し上の辺りに持って行くと、仄かな草の匂いが強くなった。


「きつかったら言ってくれ。すぐにやめる」

「いえ、平気ですよ」


 キセルを吸っているヒトなど珍しくは無い。煙りという俗な呼び方を知らなかっただけだ。


「着いたな。まずは……そうだな。架学の基礎の話をしよう。何、簡単な理屈だ。そう退屈する事無く語り終えるさ」


 昇降機から降りると、彼はまず目の前にある大きな掲示物を指差す。


「架学とは魔力と科学の融合。ヒトが新たな進歩をもたらす技術だ。現状、魔力をエネルギー源として扱っているが、この先架学は魔力ではなく魔法に目を向ける事になるだろう。星に目を向ける時はやがて来る。その時が架学の第二歩となるだろう」

「架学では一体どのような事が出来るのですか?」

「そうだな。例えば魔力は外的要因でその性質を大きく変化させる事は知っているか?」

「ヒトの意思に応える様に性質を変化させるというとしか……」

「そうか。ふむ、この際その勘違いも正しておくべきか。ではシーファ、何故魔力がヒトの意思に反応し性質を変化させるのかは知っているか?」

「……言われてみれば、どうしてでしょう。そういうモノだとしか」


 シーファにとっては生まれてすぐ使えた便利なモノという認識でしかない。まぁ、大抵のヒトにとってはそうだろう。


「まぁ、生きている内にそう魔力について詳しく知ろうなんて物好きはあまり居ないからな。使えて当たり前のモノを今更深く知ろうとは思わない者の方が多いだろう。複雑な話だが、ヒトは強く意思を持つ時、その時魂に揺らぎが生じる」

「揺らぎ、ですか? それは炉心が廻るのとはまた違うのでしょうか」

「あぁ、全く別の現象だ。炉心が廻るのは老廃物を魔力に換える過程だが、魂の揺らぎは感情や意思によって起こる現象だ。そしてそれは、しなければ起こり得ない。魔法とはその揺らぎによってもたらされる魔力の性質変化を法則に当てはめ扱うモノだ」

「揺らぎがどうして魔力に性質変化を齎すのです? 全く関係の無い現象の様に思いますが……」

「ならば、この石に手を翳し、何か念じて見ると良い」


 彼が指差した先にはガラスのケースに丁寧に入れられた直径二十センチ程の丸い石が展示されている。


「これは?」

「説明は後だ。とにかくやってみると良い」

「……………………」


 シーファは訝しむ様に首を傾げながらも、彼の言う通りに石に手を翳す。暫くすると、石は淡い水色の光りを帯びた。シーファが不思議に思っていると、石は緑色に変わる。


「これはヒトの意思や感情に呼応する、感応石というモノだ。魔力と同じ様に、ヒトの意思や感情によってその彩を変化させる」

「不思議ですね」

「発見当初は『スティルブレイン』と呼ばれていたが、とある発見によって不名誉な名は撤廃された」


 彼は感応石の隣の掲示物を見る様にジェスチャーを行う。シーファはそれに釣られるように薄いガラスケースに入ったモノを見つめる。その詳細が簡潔に書かれた紙と瓶に入った綺麗な粉が蓋が開けられた状態で入っている。


「これは?」

「パラディークバタフライという南の島に生息する昆虫の翅から採れる鱗粉だ。こいつは、パラディークバタフライが感じたストレス状況によりその彩を変え、翅の模様を変えるという特性を持つ。時に恐ろしい顔を描き、時に周囲に溶け込む様に変化する。天敵も居らず、自身が好調の時それはとても美しい青に染まる。この反応は感応石と同じ原理なのだ」


 彼はそう解説しながら、残念ながら生体はここには居ないんだがな、と続ける。シーファは少し残念そうに肩を竦める。


「シーファは旅人なのだろう? いつか見る機会があるかもしれないな」

「そうだと良いのですが……」


 残念ながら南の島に行く予定は無い。


「さて、どうしてこんな説明をしたのかという話なのだが、実際に行った実験の結果、こう結論付けられた。感情や意思というモノは魔力と同じ様に現実に干渉する力がある。そしてそれらは、気体と同じ様に、物質として存在しているはずだ、と。そしてそれは魂が揺らいだ時産み出される。我々架学者はこれを第六真説元素、『オドリオン』と呼び、同時に、千年前の今は亡きが納めていた十三に並ぶモノの第一位である事を断定した。即ち異界武装。我らヒトにはその原理を解明出来ぬモノ、オドリオンもまた、実在するだろうと結論付けられたのみであり、その原理の解明は不可能であると言われている」


 シーファは頷く。異界武装という単語は小耳に挟んだ事があったのだろう。オドリオンという単語は初耳だが、なるほど、と納得している。彼女にとって魔法は遠い世界の夢物語だが、確かに目にしているのだ。

 ユメに何度聞いても、どうやって魔法を使っているのかは解らなかった。それが感染により起きる現象であると知ってはいたが、どのように発生しているのかは解らなかった。


 異界武装第一位。オドリオン。その言葉の重みをシーファは理解している。理解しているが、混乱もしている。何せ、その言葉は御伽噺の世界のモノだ。いつかその概念も廃れると思っていたそれを、本気で今更実在すると宣言したのだ。


 そして、おのずと魔法の原理も見えて来た。感情や意思により生み出されるオドリオンという物質が魔力と混ざり合う事で魔法という現象が引き起こされる。現状、感染しなければオドリオンは生成出来ないが、ユメという例外が居る以上時間の問題だ。本格的にパンデミックが起きる事になるだろう。


 魔法による新たな時代が到来する。それは期待ではなく、確かな実感としてシーファの胸に仕舞い込まれた。


「さて、と。ここまで話しておいてなんだが、オドリオンが実在した所で、今の所架学にこれと言った恩恵を齎したという事は無いんだ。何せ俺達は魔法が使えないからな。隣の大陸に渡るのは不可能だし、どうしたモノか……と全架学者が頭を悩ませている最中さ」

「いえ、来ますよ。魔法の時代が。それに、例え魔法が使えずとも真摯に架学に向き合う姿勢は素晴らしいモノです。尊敬します」

「……その、ド直球に言われると流石に照れる。っと、魔力とオドリオンについて知ってもらった所で、架学で何が出来るのか、だが──」


 彼はそう続けながら、また別の掲示物へとシーファを案内する。


「オドリオンを操作する事は出来ない。だが、再現する事は可能だ。例えば魔力障壁を作り出す時、実際に我々は魔力を体外へと放出した後にその形を取る訳だが、架学ではその形成を手伝う事が出来る。原理は省くが、放出した魔力を意思関係無しに自動的に魔力障壁として展開する事が出来る機械や、恐らくここに来るまでに何度も見たであろう標識や看板の様に魔力を細かく操作し字や絵を表現したり、ヒトの魔力に反応し、自動で扉を開閉したり、まぁ基本的にはヒトの生活に役に立つモノを作っている」


 ガラスケースに入っているモノは小さな模型。シーファがここまで来るのに使った巨大な昇降機や、自動ドア、看板、ヒトビトの生活インフラに纏わる架学が解りやすく模型として設置されている。


「我々はヒトの役に立つ事をモットーに技術の発展を進めている。いつかヒトビトの生活の基盤を支えるまでに成長する事が、我々架学者の夢だ」

「立派な志ですね。私にはそう言った誰かの役に立つという理念は存在しません。とても、綺麗な事だと思います。きっとその理念は大切にしてください」

「……なんか調子狂うな。まぁ良い。ここからは実際に機械に触れてもらおう」


 ヴェルドニア・カイは部屋の奥へとシーファを案内する。


「そういえば、どうして今日はここに? 架学に興味が?」

「えぇ。とても面白い技術だと思います。本来はこうして原理を識るのではなく、ちょっとした疑問を解決しに来たのですが、存外貴方の解説が面白くて聞き入ってしまいました」

「…………それで、その疑問は何なんだよ」

「何故ローグブライト以外の国で架学という技術を目にしないのか、です。私の故郷にはおろか、訪れた場所のどこにも架学の痕跡はありませんでした。それが気になって」

「あぁ、それは簡単な話だな」


 彼は少し笑ってそんな事か、と続ける。やけに真剣な顔で問われたので何か難しい疑問でも持っているとでも思ったのだろう。無理も無い。シーファにとって、ありとあらゆる疑問は解決すべき事柄なのだ。どんな些細なモノでも解決しておきたい。その疑問を抱えて生きていける程強くないのだ。

 だから彼女はあらゆる疑問を真剣に問う。その所為で回答者にあらぬ誤解を与えてしまう事もある。フードの所為で表情も見えないのも原因の一つかもしれないが……、故あってフードは外したくないようだ。


「ローグブライトは歯車の国と呼ばれているのは知っているな? 架学が技術として体系化する前は水力と風力、蒸気に頼っていたが、その動力源も魔力に置き換わった。元より歯車の国として発展を続けて来たローグブライトにとって動力を伝える機構を国中に張り巡らせる事は予想以上に簡単だったんだ。例えば、魔灯石に魔力を送るには地面に埋め込まれた回路を利用するんだが、仕組みは簡単で、一本太い管を地面の下に通し、そこから無数に分岐させ、魔灯石に魔力を送るんだ。これが出来たのは歯車の国だからこそだったわけだ。他の国だと地面を全て掘り起こさないといけなくなるからな」


 彼は淡々と語って、近くにあった機械を手に取る。


「ではそういった機械さえも外では見ないのは……」

「単純に運ぶのが難しいからだな。食物や布、鉱石、武器、防具、或いはその地に根付いた特産品と架学によって生み出された機械とでは価値がまるで違う。例えば俺が今持っているこの機械、これは周辺の地図をこんな風に空間に描いてくれるモノなんだが────」


 と彼が手にした機械に魔力を送る。すると機械が淡く発光し、魔力の粒が空中に地図を描く。繊細な魔力操作による賜物だ。ヒトがそれを再現するにはかなりの魔力量と集中力が必要になるが、彼はいとも簡単に描いて見せた。これが架学の力という事だろう。


「これを正規の値段、市場に出す場合だな、そうすると大体……宿に三年程泊まれるくらいの値段になる。欠点として衝撃にあまり強くないから、もし長期間運ぼうとした場合、かなりの確率で壊れてしまう。大抵の機械が壊れやすいんだ。だから外で機械を見る機会が少ないんだろう」

「……なるほど。強度、というのは改善出来ないのですか?」

「コストが掛かりすぎるな。だったら他の国に渡りそこで技術を拡げた方が速いだろう。まぁ、架学者にとってこの国が都合良いんで、外に出ようとする物好きなんて居ないんだがな」


 彼は自嘲しながら機械を停止させ、元の場所に置く。


「これで疑問は解決されたか?」

「えぇ。とても参考になりました。えぇと、実際に機械に触れても良いのですか?」

「あぁ。壊さない様にな。安全機構は備えてあるが、あまり魔力を送りすぎないように。回路が焼け切れて爆発するかもしれない」

「気を付けます」


 シーファは少し苦笑いを浮かべながら、気になったモノを手に取る。機械は全てテーブルの上に展示されている。注釈の様なモノが書かれた紙の隣にそのままの姿で。


「魔銃……ですか?」

「そいつは、簡単に言えば魔力を塊にして撃ち出すモノだ。小さい魔力障壁を作り出しそれを撃ち出すって感覚だ。機械が無くとも出来る芸当だが、その手助けをするにあたってこれ以上の機械は無いだろう」

「撃ってみても?」

「あの的を狙うと良い。反動もあるから淑女の腕にはちぃとキツイかもな」

「いえ、筋力には自信がありますので」


 少しむすっとした言い方をして、シーファは手にした魔銃を用意された的に向ける。魔力障壁を作るのには慣れているが、撃ち出すという事はあまり行う事が無い。攻撃手段として扱うには威力が低い。その分剣に魔力を流した方が手っ取り早いのだ。


 かちっとトリガーを引くと、銃の先にばちばち! と音を立てながら魔力の塊が形成され、真っ直ぐ的へと放たれる。ズドンッ! と少し重めな衝撃音が響く。シーファの腕は少しブレたが、なんとか反動には耐えきった。腕も痛くない。剣を振り回している時点で腕の心配なんてしていないのだが、一応は淑女である、万が一もあるだろう。


 シーファは予想外の威力に驚きながら、良いですね、これ。と感想を伝える。連射も出来るし、何より給弾する必要が無い。魔力が続く限り撃ち続ける事が出来る。だが、シーファの戦闘スタイルには絶望的に合わないな。


「気に入って貰えて何より。初めてにしてはきちんと真ん中に寄っているな。流石旅人、戦闘には慣れているのか?」

「それほどでもありません。極力避ける方針なので」

「はは、それが良い。あんなのと戦うべきじゃないからな」


 シーファは魔銃を元の場所に戻す。ちょっと楽しい。ここに訪れた当初よりも内心テンションが上がっている。見た事の無い機械ばかりだ。あれはなんだろう。これはなんだろう、と、ヴェルドニア・カイに少し飽きられるくらいにはシーファはこの場所を堪能した。

 見た事が無いのだから仕方ない。彼女の好奇心は留まる事を知らないのだ。だから、決して新しいおもちゃを与えてはならない。もし与えてしまった場合、好奇心が爆発して目的を忘れてしまうだろう。この事は新しくシーファの取扱説明書に書いておかなければ。


 そうしてシーファは実に二時間にも及ぶ長い時間、機械と戯れていた。

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