ユメ・ゼイルグライン/賢者の卵
村を駆け、危機を叫んだ。その声を聞いて皆はふざけるなと言った。
解っていた事だ。村人達はユメの声なんて聞かない。聞くはずがない。シーファに信じてると言った癖に、折角作ってくれたチャンスをみすみす逃した。
危機を理解していない訳じゃない。彼らは本当に心の底からどうにかなると思っている。
英雄が生まれた。だから我々村人には徳がある。今回だって誰かが助けてくれる。英雄がこの村を救ってくれた時のように。
そんな事が起きるわけがないのに。
英雄は死んだ。確かに死んだのだ。それに代わるヒトは居ない。だから奇跡も起こらない。解っている癖に、彼らは英雄の到来を未だ待ち続けている。たった一度の希望が、その後来る絶望の中でも輝いて見える所為で、彼らは目が眩んでしまって現実を観れていない。
ユメはそれでも叫んだ。逃げてと。グローヴメイデンを止めるだけの力は無い。あれは避けるべき魔物であり対抗すべき魔物ではない。自然災害の具現の様なモノだ。当然、退けられるのであればそうしたいが、残念ながら難しいだろう。
ユメ・ゼイルグラインという少女は
確かに獣人と耳無しで可能性は低いが交配を行う事は可能だ。獣人は中でも、猫虎族ならば猫虎族、犬狼族ならば犬狼族といった、同じ種族同士でなければ、著しく可能性は下がり、また、子を残せたとしても、あまり長生きした例は無い。
耳無しとのハーフであれば、長生きはするだろうが、獣人としての力は薄くなっていく。
そんな中でユメは耳無し同士の子として産まれた。先も述べたがあり得ない事だ。それ故、彼女は忌み子として不気味がられた。その忌み子を産んだ母もまた、化け物の親として忌み嫌われた。
それでも、英雄が生まれた村としては、赤子を殺したなんて旅人に知れれば印象が悪くなってしまう。
だから彼女には衣食が与えられた。家はある日、親ごと燃えていた。単純に考えれば村人による仕業だろうが、それを断定する材料も無い。それに、本当に村人が火を着けたのだとしても、問題になる事さえないだろう。寧ろ、忌み子を産んだ者の末路として相応しいと口々に言う。
だけど、それでもユメは村人たちを一度も恨んだ事が無かった。
あたしが悪い。だから仕方ない。生かしてもらっているだけ感謝しなくちゃ。
彼女にとってそれが当たり前なのだ。
「「「「「「「「化け物が」」」」」」」」
ユメにとって村人たちの言葉は絶対だ。だってそうしないと生きられない。生かしてくれない。
あたしは化け物だ。村の皆がそう言うのだからそうなんだと思う。だからおかーさんもおとーさんも死んだんだ。
十歳になる頃、彼女にある転機が訪れた。その日から彼女を化け物だと呼ぶ声はより一層多くなった。それでも彼女は仕方ないと納得したのだ。彼女にとってそれが当たり前で、当たり前というのは覆らないから当たり前なのだ。
例え憎悪を向けられていると解ってしまっても、彼女は村人を恨むのではなく、あたしが悪いからと納得してしまう。
英雄の故郷として村興しのようなモノを計画しては見たが、やはり余所者は危険だ。誰かに監視させる必要がある。そう判断した村長はユメに旅人の監視の役と迫る魔物討伐の役を与えた。
それで初めて村の中での役割を貰って、彼女は無邪気に喜んだ。まるで自分が村の一員だと認められたと感じたのだ。
だから彼女は旅人と話をした。沢山の話を聞いた。
そこで聞く話は、彼女からすればとても不思議に思えた。バランで生きている中では知り得ないであろう事で満ちていて、獣人由来の好奇心は刺激され続けていたのだ。
空を泳ぐ鯨、神聖なる山脈、伝説上の聖剣、地脈溜まりに出来る高濃縮エーテル結晶の美しい欠片、妖精に乗っ取られた国、魔力と科学の力を合わせ新たな一歩を踏み出そうとする者……色んな話を聞いた。
積み上げられていく知らない誰かの旅の話が、彼女の中でどんどん大きくなっていく。楽しい記憶も、まぁ別に辛いと思った記憶も無いが…………あぁ、何も無かったのか。だから余計にその旅を楽しそうだと思ったし、夢に思うようになった。
その中で、あたしは一体何をしているのだろうと何度も疑問に思った。旅に憧れを抱く度にバラン村のヒト達は間違っているのかと疑い始めてしまう程に。でもそんなはずがない。
ユメにとって村人たちが全てだ。監視という役割も貰って、旅人達が滞在している間は殆ど眠れないが、それでも嬉しかった。誰かに求められるというのは初めての経験で、なんというか、心が温かった。
当たり前だと思っていた。村の事も、自分の処遇も。だって誰もそれを間違ってるって糾弾する事は無かった。それが正しいと誰もがそう言った。だからそれが当たり前なんだ。
当たり前、だ。
でも違うんじゃないか?
あたしが猫虎族だから仕方ない。
あたしが忌み子だから仕方ない。
あたしが化け物だから仕方ない。
──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────違うだろ。
沢山の話を聞いた。シーファが語る話にどうしてか惹かれた。
当たり前だと思っていた事が当たり前じゃなかった。シーファが言う当たり前がどんな事かは解らない。解るとは思えないけれど、ユメにとっての当たり前が、もし当たり前じゃないというのなら、それはきっと村人たちの事だ。
そう思うのは怖いけれど、旅人達の話に憧れて、夢を見たんだ。多少都合良く思っても、それはきっと夢の所為。でも良いじゃないか。誰もが楽しそうに旅の話をしていた。誰もが外の世界を笑って話してくれていた。だから憧れたんだ。ずっとずっと、焦がれるように。
あたしは旅に出たい。皆が語ってくれたような旅がしたい! でもその前に村の皆を守らないといけない。役目をくれたのには違いないんだから、それくらいしか、出来ないんだから。
例えあたしが化け物だとしても。
シーファにそう思われたとしてもッ!
「あたしは!」
村人に囲まれていたユメはそれを割る様に駆ける。
「絶対に旅に出る! のでっ!」
巨大な亀が口を開いている。随分と長い時間硬直していたようだが、流石に消費した魔力も戻って来ているだろう。開いた口元に
ユメはその手を仰々しく、そして猛々しく亀へと翳す。まるで見せつけるかのように、これ以上来るなと告げる様に。
「お前なんて怖くない! 誰もあたしの邪魔なんてさせない! だから……ッ!」
彼女の手の先に熱が籠る。蒼い線が綺麗な円を描く。星座を描く点と線の様に幾何学模様を描いていく。
「奔れ、魔法!」
そうだ、これは魔法だ。ヒトには許されるはずが無かった技術の極点。化け物である証。誰もがその在り方を否定しても、どうしても手放す事が出来なかった唯一ユメが出来る事。
流し込む魔力に呼応するように魔法陣が回転を始める。最早止まる事無く全身を奔る魔力の終着点に、彼女は魔力の弾丸を作り出す。
それこそは異端。遥か空より舞い降りた領域外! 星と星を紡ぐ可能性の一部を降ろし、ヒトのサイズに当てはめた
全身を迸る熱に唸り、彼女は叫ぶ。
「マナレス・グレイトウェイッ!」
翳した手を一度引っ込め、大きく振りかぶる。魔法の起動に必要な所作はこの数年で身に着けた。手探りだけど、獣人特有の野性味溢れる良い所作だ。
手を振り上げたのは、勿論魔法陣をぶっ叩くため! 撃鉄を落とせ! 翔ける魔法は星の意思!
「あたしの魔法、見さらせやぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあァァァァアアッ!!」
振り下ろした手が魔弾を放つ。グローヴメイデンが創り出した炎球を掻き消さんと進むソレは紫電の如く周囲を照らす。
ズドォォォォォオン!!
と響く爆発音に、シーファが耳を塞いだ。ユメの魔法は確かにグローヴメイデンに届いた。大抵の魔物ならば一撃で倒せるだろう威力を誇っているが、それでもグローヴメイデンの甲羅を割るには至らない。
自然災害そのモノである相手を魔法一撃で倒せるなんてそんな甘い話がある訳がない。
だが炎球は確かに打ち消した。先ほどの様に長い休息を必要とするはずだ。だからシーファは無言で駆けた。このチャンスを逃さまいと、剣を手に、戻りつつあった魔力を全て剣に注ぎ、彼女は駆ける。
どれだけ硬い甲羅だろうが関係ない。砕いて切り刻め。でなければ、村と諸共死ぬ事になる。
込めた魔力は光となって剣が纏っている。夜空を掛ける流れ星の様なその閃きが、一瞬で過ぎ去っていく。
気付けば彼女はグローヴメイデンの眼前へと迫り、剣を翳す。
「ドゥームブレイカー」
冷徹な声に呼応するように光が幾千の粒となって放たれる。宝石のように煌めいたその全てが魔力を斬撃に変えて放たれたモノ!
ドッゴンッ!
と放たれた全ての斬撃がグローヴメイデンの頭部を切り刻む。その一つ一つが深く抉り続け、やがてその切り傷は首を切り離した。
からんころん、とグローヴメイデンの巨大な頭部が地に落ちる。
「………………………………」
静寂がその決着を報せる。シーファは剣を鞘に戻し、ユメは魔法の反動か動けないでいる。
グローヴメイデンの身体は頭部を失ってその場でぐしゃりと潰されるように伏せた。力なく倒れたそれはただの山となってそこに鎮座する。
シーファは勢いよく振り返り、ユメの元へと走り寄ろうとしている。
「ユメさん!」
「えと、その今のは……魔法……で、あたしは……」
あまりの勢いにユメが驚いた後、すぐに俯いてどうにか弁明を計ろうとする。
もうどうにでもなれって思いで魔法を使った。きっと化け物だって思われただろう。だって魔法は本来ヒトには許されていない技術だ。感染しなければ扱えないはずの代物を彼女は確かに扱い、炎球を掻き消した。
それはつまり、この大陸にパンデミックを起こす原因となり得る存在という事。ヒトの身に余るモノを宿す。そんなのは許されるはずがない。
「えと、その、ね? あたしは……っ」
「夢を叶えに行きましょう!」
「────────え?」
「旅に出ましょう! 私と共に!」
「…………っ、なんで。あたしは化け物……だよ?」
「化け物なんてとんでもない! あの魔法こそ神秘の証! 星の意思の体現なのです! 素敵な力を持つ貴女を化け物だなんて呼ぶ訳がないでしょう?」
「──────────あ」
シーファはユメの手を取る。目を見開くユメを無邪気な笑顔で受け入れ、彼女は継げる。
「私と共に来てください。是非貴女と共に旅がしたい!」
「……いい、の?」
「良いも何も、私が頼んでいるのですよ? それとも私とでは嫌ですか?」
「いやいや、そんな訳! ……でも、あたしは……」
「誰にも邪魔はさせないんでしょう?」
「……ぅ、それは忘れて……。恥ずかしい」
勢いよく叫んじゃったんだ。ほら、大口叩くとそれっぽいだろ?
「解った。行く。行きたい。シーファと旅がしたい!」
「決まりです。共にこの世界を見て回りましょう。私が大好きなヒトが全力で生きたこの世界を!」
瞬間、心がとても熱くなった。化け物じゃなくて、素敵だって言ってくれた事も。共に行こうと連れ出された事も、ユメにとってはまるで夢の様な一時だった。
強引なシーファの誘いに押され、彼女は頷いた。
旅をしたい。旅をして、あたしはやっぱり化け物なんかじゃないって証明するんだ。それで最後に村人全員にこう言ってやる。
「ざまぁみろ! ばーか!」
「あたしはそうやって旅に出たんだ。今でも不思議に思うよ。どうしてかシーファにとても惹かれて、簡単に返事をしてしまったんだ」
「あいつは不思議な奴だからなぁ」
「まぁ、シーファらしくはある。やけに知識が豊富だったり、かと思えば世間の事を全く知らなかったり、めちゃくちゃに強いのに剣術もへったくれも無かったり、その理由が解った今でもちょっと納得いかないくらいだ」
ヴィレドレーナの王都にある小さな宿で三人、語らう。各々がどうやってシーファと出逢ったのか、彼女達は互いに笑いながら、語る。大切な思い出はずっと褪せないモノだ。だからこうしてたまに語らうとあまりに楽しく時間が過ぎて行ってしまう。
「カイはどうだったの? どうしてシーファの旅に?」
「俺か? 俺は……………………」
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