トリの妖精

杉野みくや

トリの妖精

「はじめまして!私はナナ!呼んでくれたのは君かな?」


 青い羽をパタパタはためかせながら、小さなトリの妖精がこちらを見つめている。


 これは、夢なのか?


 言葉を失った俺は手元の本に目を落とした。

 神保町の古本屋で買ってきた『トリの降臨』という魔導書。謎めいた店主から薦められるがままに買ってしまったが、まさか本当に召喚できてしまうとは。


「お前は、なんでも願いを叶えられると聞いたが、本当か?」


 おそるおそる尋ねると、ナナは少し困ったような顔を見せた。


「なんでもはちょっと難しいかな。私はまだ見習いだから」

「なっ、じゃあ今すぐ億万長者にしてくれって言ったら」

「30円が限界」

「面倒な仕事を無くせって言ったら?」

「文字打ちをちょっと早くすることならできるよ」

「……豪華な飯を用意してくれって言ったら?」

「ちっちゃい子どものお茶碗ぐらいの量だったら頑張れるかも」


 思わずため息をついた。

 あの店主、魔神のランプのようなものが手に入るとか抜かしやがって。


「で、でも、小さな幸せなら届けられるよ!」

「ほんとか?」

「もちろん!私に任せてよ!」


 ナナは小さい胸をどんと張って見せた。


 それから数日が経ち、俺はたしかに小さな幸せを享受していた。

 例えば、肩凝りが少しだけ改善し、いつもより寝癖がつきにくくなり、なんとなく買った10円ちょいの駄菓子で10円分のおまけを手に入れた。さらにこの前返ってきた健康診断の結果では、γ-GTPの数値もわずかに下がっていた。


 地味だ。あまりにも地味すぎる。


「もしかして、嬉しくなかった?」

「いや、嬉しいは嬉しいよ。けど、なんかこう、もっとさ、あるじゃん?伝わる?」

「うーん」


 ナナは眉をひそめながら首をかしげた。そのまま止まり木でゆらゆらしているとだんだん眠くなってきたのか、くちばしを大きく開けた。

 近くのペットショップで買ってきた安物の鳥かごだが、意外と居心地は良いらしい。かごの隙間から指を伸ばして頭を撫でてやると、気持ちよさそうにウトウトし始めた。


「青いトリは幸せを運んでくる」とはよく言うが、こいつの運んでくる幸せはいまいちぱっとしない。心の中で文句を垂れつつ、無防備なその寝顔をしばし見つめていた。

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トリの妖精 杉野みくや @yakumi_maru

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