サンジェルマン伯爵の手引きにより、リュシアンたちはカミーユ・デムーランを救い出し、パリの夜を駆け抜けた。追っ手の気配を感じながらも、伯爵が案内した隠れ家にたどり着いた。

パリ市内・とある屋敷の一室

蝋燭の明かりが揺れる薄暗い部屋で、デムーランは疲れ切った様子で椅子に腰を下ろした。

「……一体、何がどうなっている？」

息を整えながら、デムーランがリュシアンに問いかける。

「お前はロベスピエールに疑われていた。処刑される前に助け出す必要があったんだ」

リュシアンがそう答えると、デムーランは渋い顔で天井を仰いだ。

「やはり……」

彼は苦笑しながら続ける。

「マクシミリアンとは幼い頃からの友だった。だが、今の彼は……私の知る男とは違う」

デムーランの目に、一瞬だけ悲しげな光が宿る。

「……礼を言うべきか？」

デムーランは皮肉っぽく笑いながら、リュシアンを見た。

「礼を言われるようなことはしていない。お前はこの国に必要な人間だ。」

リュシアンは肩をすくめる。

「……それにしても、驚いたな」

デムーランは静かにサンジェルマン伯爵へと目を向けた。

「あなたは貴族でありながら、なぜ私を助けた？」

サンジェルマンは微笑を浮かべながら、グラスのワインを揺らした。

「さあ、なぜでしょうね？ 私は、時代の流れを見届けるのが好きなだけです」

「時代の流れ、か……」

デムーランは鋭い視線を向けた。

「私を助けることで、あなたにどんな利益がある？」

「利益など考えていませんよ。ただ、私は面白い人間には関わりたくなる性分でね」

伯爵はグラスを傾けながら、にこやかに答えた。

「……ふむ」

デムーランは納得がいかない様子だったが、それ以上は追及しなかった。

その頃、別の場所では——

ロベスピエールは静かに報告を聞いていた。

「……サンジェルマン伯爵が関与していた？」

「はい。伯爵は偽の書簡を使い、近衛兵を撤退させたようです」

サン＝ジュストの言葉に、ロベスピエールは目を細めた。

「……彼の動きには注意する必要があるな」

ロベスピエールは椅子の肘掛けに指を沿わせながら、静かに言った。

「サンジェルマン伯爵……あの男はただの貴族ではない。しばらく泳がせるが、いずれ正体を暴かねばなるまい」

冷たい静寂が部屋を包み込んでいった——。