(青天の霹靂)5

五.

僕らがコーヒーショップを脱け出すように後にした、その翌日のことだった。先生は、FT新聞記者の瀬木に電話をした。名刺にある彼の携帯電話の番号に電話をしたのだ。そして、「礼命会のこの度の騒動をお詫び申し上げます」という謝罪広告を載せるべきかどうかを直接、彼に尋ねた。先生は、僕の話を聞いて瀬木を信頼した。瀬木は事件を作って記事にしたいわけではない。彼は、これ以上、被害者を出したくないと僕に力説した。僕からその話を聞いて、先生は瀬木に電話をかける気になった。電話に出た瀬木は、「事態が収束していない今の段階で謝罪広告を載せるのは拙速です。それより、被害に遭った高齢者を割り出して、直接、謝罪と返金に向かうべきです。その際、大切なことは、礼命会代表の青沢先生が自ら率先して行動することです」と言った。瀬木は問題解決に向けてのロードマップを示してくれた。


今、先生と牧多と僕は本部の教会にいた。三人しかいない教会は静かだった。水越賀矢は町のどこかに隠れている。そして、事態の推移を見守っているに違いない。支部の周辺には依然として記者がいる。しかし、本部には、あの日、瀬木が訪ねてきただけで記者はいない。先生の言った通り、教会は絶好の隠れ場所だった。

先生が言った。

「こうやって本部に隠れていられることは、私としては恥ずかしいことでもあります。礼命会全体に責任があるのに、支部だけの問題だと思われているからです。代表の私が責任逃れをしている気がします。記者の目から見れば、本部には目指す宝は何もない。でも、支部は探せば、まだまだ宝が出てくる。露骨に言えばそういうことかもしれませんが……」

その時、牧多が突然言った。

「先生。今の話で大事なことを思い出しました。支部に宝が眠っています。若者信者がペンダントを売った高齢者のリストです。信者全員が、ペンダントを売った相手の情報を支部にメールで送ってきました。それを俺がリストにしたものです。支部のパソコンの中にあります」

「牧多。凄いよ! そのリストがあれば、被害に遭った高齢者のところに謝罪に回れる。でも、若者信者は、どうして高齢者の情報を支部に送ってきたんだろう? そういう決まりでもあったの?」

僕は尋ねた。

「信者には俺から指示した。高齢者の名前と住所だけでもいいから支部に送るように。青年部の活動の記録として保存するからって」

「これで全て解決する。牧多の日頃からの真面目な仕事ぶりのお陰だ。ありがとう」

僕は牧多に感謝した。

牧多は言った。

「活動の記録っていうのは建前で、本当の目的は、嘘つきチェックだったんだ。俺が信者のペンダント売りを監視して手に入れた高齢者のデータと、信者に送信させたデータを突合して、あいつらが、何かズルをしていないか確認する目的でメールを送らせた。正直な奴ばかりだから、一人も嘘つきはいなかった」

牧多は真面目であると同時にシビアだった。


先生が提案をした。

「支部には周囲に記者がいるため、今すぐには行けません。ですから、こうしようと思います。今から、青年部の若者信者が、ペンダントを売りに行った礼命会本部の信者の方々の家にお詫びに伺うことにします。本部の信者の場合は、誰がペンダントを売りつけられそうになったかが、既に把握されているからです。それから、支部に行けるようになってリストが手に入ったら、リストにある高齢者の家にお詫びとペンダント購入代金の返金に伺うことにします」


牧多も僕も先生の提案に賛成した。そして、僕らはワゴン車に乗って行動を開始した。僕は助手席に座って、ダムドール支部神訓を読んでいた。ダウンジャケットのポケットに入っていたのを見つけたのだ。三月も中頃になり、ダウンジャケットを着ているのも、そろそろ暑くなってきた。牧多は後ろの席で、スマートフォンを見ていた。彼は、SNSは拡散していないと言った。だが、どうなるか分からない。

僕は、神訓の「一.苦行から決して逃げるべからず。二.生涯が苦行と思え。三.大いなる苦行によってのみ大いなる楽土あらん」を先生の隣で読み上げた。

先生は僕が読み上げる神訓を聞きながら言った。

「明らかに教義だな。でも、彼女にそのことを言えば、礼命会の教え『ともに生き、ともに幸せになる』の解釈ですと言うだろう。今、行っている修行も、ともに幸せになるためのものだと言うに違いない。彼女は、最初に会った時、経典がないと私が言ったのを聞いて、じっと考えていた。経典がないからこそ、解釈で埋める余地がある。今、思えば、そう考えていたんだ。そして、ある意味で、漠然としたこの教えなら、どのようにでも解釈できると彼女は考えた」


高齢富裕層信者の家々を回ると、誰も怒っていなかった。平村さんも、竹野婦人も、他の信者も、「礼命会の信用を落とさないように」とだけ言って、後は、事態の収拾に奔走する先生を労った。牧多と僕にも同じように接した。

信者たちの余りにも優しい態度に接した牧多が、

「金があると、人に優しくなれるのかねえ」

と、こっそり僕に皮肉を言った。

僕は、お金があれば大学を辞めずに一年ぐらい留年できることを考えた。そして、牧多に言った。

「優しくなれるかどうかは分からないけど、余裕が生まれるのは確かだな」


その後、先生の運転する車は街を離れて、小高い山まで走った。邸を囲む高い塀が見えた。信者の家だった。信者は宗田功佐久という、初代の礼命会信者総代だった。また、高齢富裕層信者の中でも、一番の金持ちだった。宗田に謝罪をすれば、青年部がペンダント売りに訪れた本部信者への謝罪が終わる。以前に、牧多から教えてもらったのだけれど、先生が教会を建てられたのも、それを機に、宗教法人礼命会を立ち上げられたのも、宗田からの寄付があったからだという。教会の建設費の半分を宗田功佐久一人で出したと言われている。夫婦二人で礼命会の会員だったが、数年前に、妻を病気で亡くした。それ以降、あまり教会に顔を出さなくなった。信者総代も辞めてしまったということだった。


インターフォンを押して、門から中に入ると、庭の木は全て取り払われて畑になっていた。小柄な老人が畑仕事をしていた。宗田功佐久だった。高い塀に囲まれているため、外から見た時には、大きな邸が建っていると思っていた。でも、実際には、瀟洒な日本家屋が畑の奥に見えた。僕は広い畑を見まわした。東屋が見えた。庭が畑になる前は趣のある建物だったと思われる。でも、今は、畑の真ん中に不釣り合いな姿をさらしていた。


東屋で僕たちは話をした。宗田も、他の信者と同じように、「礼命会の信用を落とさないように」と言った。牧多はそれを聞いて、退屈な顔をした。だが、宗田は礼命会の創設に大きく関わった人物だけに、それから少し話をした。

「青沢先生。この問題を解決するにあたって、頼れる人はいますか?」

まず、こう尋ねた。

「FT新聞の記者に瀬木という男がいるんですが、彼が今回の新聞記事を書きました。私は分からないことがあった時は、彼を頼るつもりです」

先生は、既に謝罪広告を載せるかどうかを彼に尋ねた。更に今、それ以外のことでも瀬木を頼ると言った。

「非は礼命会にありますが、この問題を世間に知らしめた新聞記事を書いた記者を頼る? 興味深いことです。瀬木という男はそれほど見どころがある人物ですか?」

宗田は尋ねた。

「本部に二名しかいない若者信者の一人。杉原氏子に瀬木記者が言ったそうです。今回の問題に、君は、直接関係していないとしても、同じ教団の人間として責任を感じて欲しい、と。私は、教祖になって以来、常に傍観者的な姿勢を崩さないようにしてきました。生きることに真正面から取り組まないことは、とても楽だからです。私は逃げて来ました。傍観者的であることは、同時に、責任回避でもありました。そして、その生き方こそが、今回の青年部の問題を引き起こしました」


先生の話を聞いた宗田は言った。

「その人物なら大丈夫でしょう。ただ、青沢先生は、もう礼命会の教祖ではいられなくなるかもしれません。あなたは、『傍観者的』と表現したが、礼命会には常に無力感がつきまとう。だから、教祖の心の有り様は、それくらいがちょうどいい。真正面から物事に向き合う心が蘇ったあなたには、礼命会は、ただ、やりきれないだけの宗教になってしまうかもしれません」

「はい。私も、今、そのことを考えています」

宗田は黙って頷いた。二人の話はそこで終わった。


宗田に挨拶を済ませると、僕たちは再びワゴン車に乗った。車は教会に戻るため、先ほど来た山道を引き返した。宗田邸から教会までは、かなりの距離がある。日が暮れ始めていた。先生はアクセルを強めに踏んだ。車は山道を走り抜けた。

「先生。これで高齢信者への謝罪が全て終わりました。いよいよ、一般の高齢被害者への謝罪です」

「そのために、まず、牧多君が作成してくれたリストを支部に取りに行かなければならない。支部周辺の状況が知りたい。記者はいつまでいるのだろう?」

牧多と先生は、早速、一般の高齢者への謝罪について話し合っていた。

その間、僕は、助手席で一人考えていた。

『先生は、もう礼命会の教祖ではいられなくなるのだろうか? だとしたら、そのことは、果たして、僕にとって、どういう意味を持つのだろうか?』

山道を抜けて車が市街地に入ってからも、僕はそのことをずっと考えていた。


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