(青天の霹靂)4

四.

コーヒーショップに先生と僕が入っていくと、牧多は、初めて会った時と同じ奥の席に座っていた。僕たちは彼の向かいに座った。牧多は先生を見て、一瞬、困惑した表情をした。僕は、先生が変装をしているためだと思った。でも、そうではなかった。

牧多は先生にいきなり尋ねた。

「先生の本業は医者なんですか?」

「牧多君。そのことは瀬木という記者から聞いたのか? もしかして、彼は既に支部に訪れた?」

先生は、瀬木の動きの速さに驚いた。

「いえ。杉原が電話をくれる前に、電話がかかってきました。俺は支部に一人でいました。記者が何人かいるから、外に出られませんでした。その時、知らない電話番号の電話がかかってきました。普通は取らないんですが、賀矢先生であった場合を考えて電話を取りました。すると、FT新聞の瀬木と申します。お話を伺いたいのですがという声がしました」

牧多が説明した。

「牧多の電話番号を勝手に入手したんだな」

僕はそう言って瀬木を非難した。

すると牧多が言った。

「でも、知らないことも教えてくれた。先生がG大学医学部出身の精神科医だってことさ。それから質問された。青年部の信者が何かに取り憑かれたようにペンダント売りに取り組む様子は普通じゃない。先生が精神医学の知識を使って、みんなにマインドコントロールをかけたんじゃないのか? あるいは、賀矢先生がマインドコントロールをかけているんじゃないのか? 青沢先生と賀矢先生の二人と親しい君なら知っているはずだって。でも、それより、俺は、先生が精神科医だってことに驚いた。だから、そのことをもっと詳しく教えてくれって言った。そしたら、十年前に大学病院を辞めた。それ以上のことは教えられないって言われた」

「記者のテクニックだよ。全く同じ話を教会に来て、直接、僕にもした。僕から情報を聞き出すために揺さぶりをかけたんだ。だから、牧多にも揺さぶりをかけるために同じことを言ったんだ」

僕は彼に言った。

「俺は別に揺さぶられた感じはしなかった。それに、電話を切る前に取材のお礼だからって、外に出る方法を教えてくれた。君は若くて体力もある。外にいる記者は、日頃から運動不足の中年記者ばかりだ。正面突破すればいい。店を出て一気に走れば逃げ切れるからって。教えてもらった通りやったら、あっという間に逃げ切れた。だから、今、ここでコーヒーを飲めている」

そう言って牧多は笑った。

それを聞いて僕も笑った。そして、注文したコーヒーを口にした。先生はコーヒーを置いたまま僕と牧多の話を聞いていた。

牧多は、先生に質問した。

「先生と出会って、もう五年以上になりますが、ずっと分からないことがありました。でも、瀬木記者からの電話で謎が解けました。初めて会った時、先生は、中学生の俺たちを補導しようとした警察官から助けてくれました。あの時、警察官が先生に頭を下げたのは、礼命会代表ではなく精神科医としての先生に頭を下げたんですね。あの頃、まだ礼命会は今ほど世の中に知られていなかった。先生には悪いけど、無名の宗教団体の教祖に警察官が頭を下げるはずはない。でも、G大学付属病院の精神科医の先生に対してなら、警察官は頭を下げる。G大学病院の医者っていうのは大きな権威だから」

先生は答えた。

「大筋では合っているけど、微妙な違いがある。本当は礼命会代表と名乗りたかった。でも君の言う通り、無名の宗教団体代表の肩書きを名乗っても怪しまれるだけだ。場合によっては、私が職務質問されるかもしれなかった。そこでやむを得ず、G大の精神科医を名乗った。既に辞めていたから、気が引けたけど、補導されそうになっていた君たちを見て、警察官にそう言ったんだ。それから、G大学付属病院の精神科で、今、青少年の心理を研究しています。保護者と学校の了解を得て、仮に、ここにいる中学生が不登校だった場合、どんな心理に基づいて、どんな行動をするのか実践してもらっています。だから、彼らは学校をサボっているのではなく、大学病院の研究に協力している最中です。まるっきりの嘘だったけど、警察官にそう話した。そして、退職してからも、まだ持っていた大学病院の名刺を出した。すると、彼らは納得して帰ったというわけさ。嘘は良くないけど、お陰で、君たちは補導されずに済んだ。あの時のことは、噓も方便ということにしてくれればありがたい」 

先生の答えに牧多は、更に尋ねた。

「先生。その嘘のお陰で、確かに、俺たちは助かりました。でも、何故、そこまでして俺たちを助けてくれたんですか? 勧誘活動の一つだったとしたら、あれだけの危険を冒したのに、礼命会に入会したのは俺だけでした。他の奴らは、宗教は分からないからって帰っていきました。もしかしたら、本当は、先生に神命が下っていたんじゃないですか? 俺を礼命会に入会させろという神命です。だから、先生は、補導されそうになっていた俺を助けた」

先生は答えた。

「私は、賀矢先生のように確信を持って神命を語ることはできない。神命が、あるのか無いのかさえ分からないぐらいなんだ。牧多君と杉原君の二人を、高齢信者しかいない礼命会に入会させたことにも深い意味はないんだ。二人を若者信者の獲得に利用しようとか、そんな考えもなかった。ただ、君たちを入会させれば何かが変わるかもしれないと、内心、思っていたのは事実だ。私はずるい。私自身は、人生に対して傍観者のようなスタンスで生きているにもかかわらず、心のどこかで変化を求めている。高齢富裕層信者ばかりの教団に若者が入会することで、何かが変わるかもしれない。そんな思いがあったんだ」

僕は尋ねた。

「先生。僕たちが入会して何かが変わりましたか?」

「いや。君たちが入会しても何も変わらなかった。それは、君たち二人に責任があるわけではない。私の人任せな考え方に問題があった。そして、私は、その誤った考えに基づいて全てをある人に任せ切りにしてしまった。どんな事態を招くか、少し考えてみれば分かったことなのに……」

「賀矢先生のことですね」

牧多が言った。

「責任は私にある。賀矢先生に任せれば若者信者を沢山獲得できると安易に考えた私が悪い。賀矢先生には、私たちには隠している何か暗い目的がある。ペンダント売りは、そのための手段だ」

先生はそう言った。

その言葉を聞いて、牧多は、「マズいことをしてしまった」と呟いたきり、うつむいてしまった。水越賀矢に協力したことを後悔しているようだった。

しかし、顔を上げると、

「賀矢先生を礼命会に誘ったのは俺だ。俺に一番責任がある!」

と言った。

「牧多の言ったマズいことって、そのことだったのか。僕はてっきり賀矢先生の活動に協力したことなのかと思った」

僕はやや批判的に言った。

すると牧多は、こう言った。

「後悔してるよ。まさかこんなことになるなんて……。でも、考えてみてくれ。もし、俺が賀矢先生を礼命会に誘わなかったら、何一つ起こることはなかった。賀矢先生だって、今も服屋を続けていたかもしれない。そう考えると、俺に一番責任がある」

「牧多。それは君の責任じゃない。賀矢先生の神がかりの力に牧多が呼び寄せられたんだと僕は思っている」

僕は牧多にそう言った。

すると、牧多が先生を見て言った。

「先生はどう思いますか? 賀矢先生を礼命会に誘ったのは俺ですよね?」

先生は牧多の顔をじっと見ながら言った。

「水越賀矢という人には特別な力がある。だから、君に責任はない。君は彼女に呼び寄せられたんだ」

「先生。俺のために無理をして言ってるんじゃないですか?」

「こういう時に嘘をついても気休めにしかならないさ。だから、本当に思っていることを話したよ」

そう言うと、先生はコーヒーカップをようやく手に取り口にした。

「すっかり冷めてしまった」

先生はコーヒーカップを見て呟いた。

その時、牧多が気づいた。

「それだけ長く話し込んでしまったっていうことです。すぐに店を出ましょう」

この時の牧多は諜報係の顔をしていた。彼は店の中に記者らしき人物がいないか確認した。店内にいる客は若者ばかりだった。僕らは店を出て階段を駆け下りた。地下駐車場に人の姿はなかった。素早くワゴン車に乗り込んだ。

牧多が聞いた。

「先生。これから、どうします?」

「絶好の隠れ場所がある。今からそこに行こう」

先生は答えた。そして、エンジンをかけると、静かに車を発進させた。


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