(選良)5

五.

牧多は演台から離れると、木箱を抱えて信者たちの席を回り始めた。そして、木箱からペンダントの入ったビニール袋を取るように指示した。信者たちは、目の前に立つ牧多の姿を眺めながら、恐々とペンダントの入ったビニール袋を手にした。

水越賀矢は信者の様子を見ながら、

「一つの袋にペンダントが二十五個入っています。全部で五百個あります。このペンダントを街に出て、皆さんが売るのです。これが、あなた達の修行です。ペンダントの値段は一個、三千円です」

と言った。

「これが、三千円? 高くないか?」

思わず、石本が呟いた。その呟きは、静まり返った部屋によく響いた。

彼は慌てて、

「すみません。僕はアクセサリーとかつけないので、よく分からなくて」

と言い訳をした。

僕は覚えている。以前、彼女が、このペンダントを僕に見せてくれた時のことを。「あんまり売れないから、仕入れ値を割ってでもいいから、最終的に、一個、三百円で売った。それでも、売れなかった」と彼女は言った。

水越賀矢は三百円でも、売れなかったものを、十倍の三千円で若者信者たちに売って歩かせるつもりなのだ。


牧多がペンダントを全ての信者に配り終えた。そして、演台のところに戻ってきた。

牧多は水越賀矢に一礼した。

彼女は並んで立つ牧多の肩に手を置き、

「宮村氏子の言う通りです。牧多氏子のように、皆さんにタフになってもらいます。厳しい社会を生き抜くには、綺麗事だけじゃ生きていけない。泥にまみれてみて、初めて、分かることが沢山あります」

彼女の言葉に、皆、牧多を見た。

革ジャンに坊主頭のパンク青年のようになることが、タフさを意味することではない。それは分かっていた。それにしても、あまりにも棲む世界の違う牧多のようになれと言われて、信者達は、皆、戸惑った。


その時、一人の女子学生の声がした。

「ペンダントを売って、そのお金はどうするんですか? 教団の資金にするのでしょうか? 私は、そのペンダントの原価は、とても安いように思います。ペンダントを一個三千円で五百個全部売った場合、総額百五十万円になります。決して、少ない金額ではありません。しかも、原価が安いのだから、高い利益を得ることになります。その利益を教団の資金にするのだとしたら、それは許されることなのでしょうか? 所謂、霊感商法のような詐欺行為に該当するのではないでしょうか?」

僕は声のするほうを見た。P大学の森野香々美だった。

「さすが、神様に選ばれた一人、森野香々美氏子です。仰るとおりです。でも、教団の資金にはしません。最高で百五十万円になる売上げは、日頃から、慈善活動をされている青沢礼命先生にお願いして、児童養護施設に寄付してもらいます。だから、森野香々美氏子も、他の皆さんも、安心して、このペンダントを売り歩いてください。教団の資金稼ぎではありません。これは慈善活動です」

水越賀矢は、そう説明した。

だが、

「それにしても、原価より高すぎるものを売るのって、何だか、やましいな」

と男子信者の声がした。

「そうだよなあ」

と同調する声が複数聞こえた。

すると、水越賀矢が、

「あなた達。私の話、つまり、神様のお話を聞いていたの? 綺麗事だけじゃ生きていけない。泥にまみれてみて、初めて、分かることがあるって言ったでしょ? 理屈は要らない。泥にまみれなさい!」

と、彼らの迷いをピシャリと封じてしまった。

更に、

「ヒヨコのままでは、社会に出られないから、今、あなた達のお尻にくっついている殻を取ってくださると、神様が仰っています。それとも、それを拒否して、お尻に殻をつけたヒヨコのままで、厳しい社会に出るつもり? そうしてもいいけれど、あなた達、きっと、厳しさに耐えかねて、死ぬわよ。誰かを助けたいと思うなら、まず自分が強くなること。そのためには、多少ダーティーなこともしなければならない。人生とはそういうものなの」

水越賀矢の言葉は、無垢な若者信者たちの心を突いた。

「そうだな。強くなるためには、多少ダーティーなことも必要だ」

僕の傍にいる石本が呟いた。


若者信者の納得した様子を見て、牧多が、水越賀矢に代わって、再び話し始めた。ペンダントの売り方の具体的な説明だった。

牧多は説明を始めた。

「必ず三千円で売ること。もし、もっと高くで買う人がいたら、その金額で売ってもいいけど、まず、いない。それより、売れないからといって、勝手に値段を下げない。それと、期限は来年の二月末まで。売る地域は、どこでもいい。この町を出て、日本中、世界中を売り歩いてもかまわない。要は、売れさえすればいい。やり方だって、売れさえすれば、何をやってもかまわない」

そこで水越賀矢が、

「さすが、牧多氏子。言うことにリアルな響きがある。でも、売り方は慎重に。逸脱した行為は、礼命会の信用を損うことになります。だから、あくまでも、常識的な範囲で」

と訂正した。

信者からも声が上がった。

「売る期間も、常識的じゃない気がします。このペンダント二十五個を二月末までに売るなんて無理です。残り、二カ月と少ししかありません。しかも、ペンダントは一個、三千円ですよ?」

G大理工学部三年の藤野道江だった。

その声に対して、水越賀矢は、逆に問うた。

「藤野氏子は、確か大学院へ進んで、研究員になるはずだけれど、あなたは、常識にとらわれていて、画期的な研究成果が出せると思う?」

「確かに研究に関しては、常識にとらわれていてはいけない部分があると思います。でも、今は、ペンダントを売る話をしています」

「あなたが、将来、研究者として、大きな成果を出すためにこそ、このペンダントを二カ月で売るのです。不可能を可能にしてこそ、人間は大成する。それは、研究者でも企業人でも同じ。皆さん。常識を捨てなさい。神様を信じなさい。二カ月で売れると信じて売れば売れるのです。振り返って考えてみなさい。私と牧多氏子、杉原氏子は、あなた達、二十人を一カ所の勧誘場所で必ず一人ずつ勧誘しました。複数人でもなくゼロ人でもなく一人。そして、皆、入信しました。その期間も二カ月だった。奇蹟です。私たち三人は奇蹟を起こしました。あなた達にも、奇蹟は必ず起こせます。さあ、御託を並べるのは終わりにして、ペンダントを売りに今すぐ町に出なさい!」


若者信者二十人は、水越賀矢の迫力に気圧されるように、町に出て行った。引き戸を開けると、冷たい風が吹き込んできた。僕は、ずっと石油ストーブの前で暖まっていた分、吹き込む風をより冷たく感じた。時刻は二時半だった。水越賀矢と牧多は、開け放たれた引き戸の所に立って、それぞれ思う方向に歩いて行く若者信者を見ていた。僕は二人の後ろ姿を見ていた。黒の長いチェスターコートを羽織った水越賀矢と、バイカーズジャケットを着た牧多が並んで立っていた。若者信者の中には、どこへ向かえばいいのかを二人に尋ねようと戻って来る者もいた。水越賀矢も牧多も黙っていた。その様子から若者信者は、自分で考えて行動しろと促されていることを理解した。そして、再び町に向かった。

「みんな、この修行で社会の厳しさを知りなさい。ヒヨコのまま人生を終わりたくないなら」

水越賀矢は呟いた。

その声には、それまでと違い、多少なりとも、若者信者を気遣う彼女の心が感じられた。集会の時、若者信者を追い詰めた彼女の言葉は十分に論理的だった。しかし、言葉に心はこもっていなかった。そのため、僕は、彼女の呟きを聞いて、ようやく安堵した。


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