(選良)3
三.
初めての集会が終わり、少し日が過ぎて、クリスマスも近づいたある日のことだった。朝から、水越賀矢は牧多の車で街に出ていた。その間、僕は支部で留守番をしていた。商店街には冷たい風が吹いていた。空は暗くて陰気な日だった。商店街はクリスマスセールもしていない。しても誰も来ないからだろう。風は、ダムドール支部の中にも吹き込んできた。服屋の時代からの引き戸をそのまま使っているのだが、古くなって隙間ができている。その隙間から、冷たい風が入ってきた。僕は、支部の真ん中に置いてある石油ストーブの前に座っていた。ダウンジャケットを着てマフラーまでしていたが、それでも寒かった。部屋には演台と握り手様の絵を置いた台座、それに事務机があるだけだった。赤く燃えるストーブの火を一人でぼんやり眺めながら、僕は、ダウンジャケットのポケットから、アクセサリーを取り出した。安物の銀色のペンダントだった。ペンダントトップは、蜘蛛らしいのだが、単価を下げるため、デザインを簡略化しすぎて、蜘蛛に見えなくなっていた。かといって違う何かにも見えなかった。僕が、今、ペンダントトップを蜘蛛だと分かるのは、服屋から教会に改装している時に、水越賀矢から教えられたからだった。ペンダントは、彼女が、パンクファッション専門店の『ダムドール』を経営していた時に、仕入れた品物だった。彼女自身、後になって何故、こんな売れない商品を仕入れたのか不思議に思ったと言った。仕入れ値が安かったこともあるが、商売をしていると、時々、勘が狂う時がある。その実例だと言って、僕と牧多にこのペンダントを見せた。ペンダントもリサイクルショップに売ろうとしたが、神の声が聞こえ、売らないまま、二階の押し入れにしまってあると彼女は言っていた。牧多が、「何個ぐらい残っているんですか?」と尋ねたら、「五百個ある。今、押し入れの一角を占領されている」と彼女は答えた。
僕は、その話を思い出しながら、改めて、ペンダントトップを眺めていた。
「蜘蛛っていうより、ヤツデの葉みたいだな」
そう呟いてから、僕は、ペンダントをポケットに戻した。
それから、もう一度、呟いた。
「売れなかったものを、もう一度、売ろうとしても、売れないだろう」
午後から第二回目の集会がある。昨夜、水越賀矢が信者二十人に支部に集まるように連絡をしたのだ。僕は、午後からの集会で、彼女が、若者信者たちに何を話すか知っている。何故なら、昨日、水越賀矢と牧多が本部を訪れ、先生とそのための話し合いをしたからだった。僕は、昨日は風邪気味だったので、話し合いを欠席して、書斎で休んでいたのだけれど、話し合いが終わってから、先生が僕のところに来た。そして、話し合いの内容を教えてくれた。というより、先生は、僕に愚痴を言いに来たと表現したほうが正確かもしれない。
僕が、ソファーで横になっていると、話し合いを終えた先生が書斎に入ってきた。夕方になっていた。水越賀矢と牧多が教会を訪れたのが昼過ぎだったから、随分長い時間、話をしていたことが分かった。先生は、アンティークの椅子に腰かけた。そして、スーツの内ポケットから、ペンダントを取り出した。チェーンを持って、ペンダントを揺らしながら、
「これ、どう思う?」
と僕に尋ねた。
「それ、知ってます。賀矢先生が服屋の時代に仕入れたけど、売れなかったペンダントですよね」
僕がそう答えると、
「それを若者信者二十人に売って歩かせるんだって」
と先生は言った。そして、顔の前で揺らしているペンダントを眺めていた。
「まさか、信者を使って、売れなかった在庫をはかせるつもりですか?」
「そんなことはしないさ。そうじゃなくて、彼女曰く神命だ。修行の一つだそうだ」
先生の答えを聞いて、あの時、神の声が聞こえたから、ペンダントを売らなかったと彼女が言ったのは、このことかと思った。
話し合いで、水越賀矢は先生に修行の必要性を訴えた。先生は、「その種の修行は、精神主義、根性論に該当するのではないか」と指摘した。しかし、彼女に譲る気配がなかったため、先生が折れた。
次に、実際的なことを話し合った。売って歩くなら、いくらでこのペンダントを売るのかを話し合った。
「彼女も、長年、服屋を経営していただけあって、値段には慎重だったよ。法外な値段で売って歩いては、礼命会のイメージが悪くなる。一旦、イメージが悪くなると、取り返しのつかないことになるかもしれないと言っていたから」
先生は、そう言った。
「で、いくらで売ることになったんですか?」
僕は、肝心なことを尋ねた。
「一個。三千円」
「高すぎる。そんなペンダントが三千円なんて。誰も買いませんよ!」
僕は、水越賀矢がいないこともあってか、思わず大声で本音を言った。
「そこが大事な点だと彼女は言うんだ。『売れないものを売る苦労を信者は買うのだ。若いうちの苦労は買ってでもしろと言うように。これこそが修行なんだ』って力説したよ。やっぱり、根性論だと思ったけど、それを言い出すとまた長引くから」
「先生が折れたんですね」
僕が言うと、先生は、ため息をついて頷いた。
それから、僕を見てこう言った。
「それにしても、君は、賀矢先生とずっと一緒にいるけど、変わらないね。話がしやすいよ。牧多君は、随分、賀矢先生に傾倒している。彼女の隣に座っている姿は、秘書兼ボディーガードみたいだった」
「普段は、以前と変わりませんよ。賀矢先生の運転手までしているし、責任感でそうなっているのかもしれません」
僕の言葉を聞くと、先生はほっとしたようだった。
そして、
「牧多君のことをよろしく頼むよ。彼とは長い付き合いだから。それとダムドール支部のことも、気になることがあったら、僕に教えて欲しい。彼女の立場もあるから、あまり僕が立ち入り過ぎるのも良くない」
それだけ僕に言うと、先生は、書斎を後にした。
去り際に、
「これ、明日の集会で使うだろうから、持って行きなさい」
と僕に蜘蛛のペンダントを渡した。
僕は誰もいなくなった書斎で、ペンダントを眺めていた。そして、水越賀矢と先生の間に、早くも微妙なズレが生じてきたことを感じていた。
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