第三章(選良)

一.

僕たちが、勧誘活動を始めた二カ月前から、先生は、僕たちの活動と並行して、ダムドール支部創設の行政上の手続きや、教団幹部への説明を行っていた。先生は教団幹部に相談する前に、水越賀矢の支部創設の申し出に対して許可を出してしまった。そのため、事後承諾になったのだが、先生が、三人の役員に話しをすると、三人ともすぐに了解した。役員は全員、礼命会の信仰の次世代への継承の必要性を日頃から感じていたからだ。これは、信者全体に言えることで、むしろ、先生が若者層の信者を増やさないことに懸念を抱いていた。僕が入信した時に、これから、若者層の信者の獲得を本格的に始めるのだと期待をしたが、僕一人だけで途絶えてしまったので落胆していたということだった。


このことは、僕が日中の勧誘活動を終えて、教会の書斎に帰って来たある日の夜に、先生が訪ねて来て話した。ダムドール支部を訪ねても、僕たちがいないことが多いので、先生は用事があると書斎にいる僕のところに来るようになった。そして、それを水越賀矢と牧多に僕が伝えていた。この日は珍しく先生に時間があったので、用件とは別に先生は僕にこの話をした。

その時、ふと気になって僕は先生に尋ねた。

「先生も、最近、とても忙しいようですが? 何をされているのですか?」

先生は神妙な顔で答えた。

「病気などで教会に来られない信者さんの家を回ってお話をしているんだ。高齢信者の多い教団の教祖として、もっと早く気づくべきだった」

僕は、先生は偉いと思った。でも、すぐに本当の目的に気づいた。先生は、寄付の回収のために信者の家を回っているのだ。百人近くいる信者だが、教会に来られるのは半数ほどである。残りの半数は家にいる。こちらから出向いて説教の一つでもしない限り、全ての信者の寄付は回収できない。要するに、「礼命会の出張サービス」をしているのだ。僕は、ただ先生らしいと思っただけで、それ以上の感想は持たなかった。良くも悪くも、僕はそれだけ先生に慣れてしまっていた。


そんな風に、本部と支部で、先生と僕らが、それぞれ活動をしているうちに、あっという間に十二月一日になった。支部は二十人の若者信者を獲得した。そして、その一週間後、礼命会ダムドール支部において、合同入会式が行われた。支部の中には、演台とパイプ椅子があった。演台もパイプ椅子も、昔、先生が使っていたものを丘の上の教会からワゴン車で支部に運んだ。


礼命会会長青沢礼命、ダムドール支部長兼青年部長水越賀矢、礼命会幹部三名、そして、若者信者二十名が集まり、午後から、入会式が行われた。牧多と僕は、礼命会若者信者の先輩ということで、挨拶をさせられた。僕は、「みんなで一緒に信仰を深めましょう」と心にもないことを言った。牧多は、挨拶の代わりに「パンキッシュな信仰の実践」という短い演説をした。若者信者は困惑した。当然だった。僕でさえ全く分からなかった。

先生は役員の存在を意識して、信仰の次世代への継承について話した。水越賀矢は勧誘活動を通じて、改めて、神の存在を感じたと話した。自分が神がかりだとは言わなかった。そして、二十名全員の入会式が終わり、拍手が起こった。


更に、その後、ダムドール支部における初めての集会が予定されていた。先生と幹部は、青年部のことは水越賀矢に一任したということで、入会式後に退席した。水越賀矢が、教祖代理として二十人の若者信者に話をすることになっていた。牧多と僕は、演台から少し離れたところに座っていた。二十人の信者全員の顔が見えた。

僕は、勧誘活動の間、必死だった。そのため、勧誘した若者信者の顔は覚えているけれど、名前は知らなかった。名前を覚える余裕がなかった。牧多も同じだった。だから、僕たちは、今、水越賀矢が作成した名簿を見ながら、二十人の信者と照らし合わせていた。僕が名簿を手にしていた。


・礼命会ダムドール支部信者名簿

G大学

法学部二年 城戸順次・法学部三年 多河俊作

経済学部一年 村口周治・経済学部四年 大邨哲也

社会学部二年 小沼治美・社会学部四年 杉川美華

理工学部一年 井坂見代・理工学部三年 藤野道江


V大学

経済学部三年 古林達也・経営学部二年 石本信弥・社会学部四年 奥沢賢二

法学部二年 河岸君江・経済学部三年 野崎晴香・理工学部四年 細田須美


J大学

法学部三年 宮村静二・法学部四年 平塚秀尚

経済学部二年 二上利香・社会学部一年 由川千枝


P大学

経済学部二年 森野香々美・社会学部四年 村端謙一


僕たちは、名簿を見てすぐに気づいた。

二十人の信者のうちの約半数の八人が、G大学の学生だった。学部は法学部もいれば理工学部もいたが、勧誘した信者のうち約半数がG大学の学生だった。G大学は非常に優秀な国立大学である。僕なんかは、受験しようとすら考えなかった。それと、世間でよく言われるのは、G大学の学生の家庭は、裕福な家庭が多いということである。受験のために金のかかる塾に通わせ、金のかかる私立の中高一貫の進学校に通わせるだけの財力のある家庭の子どもしか合格できない。これは、エリート大学全般に言えることだけど、G大学はそれが顕著だった。

「G大学って頭のいい金持ちの学生ばっかりなんだろ?」

牧多が、僕が持つ名簿を一緒に見ながらそう言った。

僕は頷いた。

「それと、残りの信者のうちの六人がV大学の学生だ。G大学に次いで多い」

と牧多に言った。

すると、牧多は名簿を見ながら呟いた。

「最初の信者の獲得に成功した大学だ。でも、G大学とV大学、それに、J大学もそうだけど、こんなに同じ大学に信者が集中しているんだったら、一回の勧誘活動で、まとめて八人、六人って信者獲得に成功させてくれれば良かったのに」

確かに、牧多の言うように、まとめて勧誘できていたら、二カ月の期間が短縮できたし、それだけ労力も減らせた。だが、そのことを水越賀矢に言うと、きっと「神命だから」と言うだろうと僕は思った。

そんなことを考えていると、

「V大学の学生も頭のいい金持ちなのか?」

と牧多が尋ねた。

「いや、普通の学生の通う私大だけれど就職に強いんだ。だから、人気がある。マンモス大学の強みだろうな」

と僕は答えた。

ちなみに、僕と同じP大学のあの女子学生は、「P大学経済学部二年 森野香々美」と名簿にあった。彼女は短い髪をしていた。爽やかな印象だった。僕たちから少し離れた場所に座っていた。僕は、同じ学部の同級生にもかかわらず、彼女のことを覚えていなかった。彼女のせいではない。僕が他人に対して関心が低いためだ。社会学部四年の村端謙一は、学部も学年も違う。勧誘の時が初対面だった。彼は、駅前のロータリーで勧誘した。循環バスに乗る寸前に僕がビラを手渡したのだ。彼は、そのままバスに乗って市街地に消えた。数日後、支部を訪れ入信した。


牧多と僕は、そんな風に名簿と信者を照らし合わせていた。

「みんな、健康的で今時の若者ばかりだ。輝いている」

僕は、パイプ椅子に座る若者信者たちを見て、思わずそう呟いた。皆、希望に満ちているのが分かった。

「本当だよな。もっと深刻な表情の奴とか、暗い奴とかが集まるのかと思ってた。俺たち二人が一番、それっぽい」

牧多も言った。

集まった若者信者は、頭が良い上に、皆、清潔で、おしゃれだった。何故、この場にいるのかが不思議だと僕は思った。悩みなど、あるのだろうか? 男子も女子も流行りの髪型に、流行りの服装だった。対して、僕は長年着ている紺色のダウンジャケットに穿き古したジーンズ姿。髪は書斎にある鏡を見て自分で切っている。彼らの対極にある気がした。牧多のパンクファッションは、皆と比較のしようがなかった。


それから、勧誘した若者全員が、大学生だったことに、僕は何かしらの意味を感じた。大学で勧誘した若者は分かるが、雨の日に犬の散歩をしている女の子が、大学生である確率は高いとは言えない。水越賀矢が本当に神がかりなら、その力をもってして、何故、大学生ばかりを集めたのだろう。若者を救うのなら、工務店で働く若者でも、靴屋で働く若者でもいいはずだ。だが、それではダメなのだ。何か明確な目的があるから、大学生二十人なのだ。しかも、エリートで金持ちのG大学の学生が約半数もいる。何故だろう? 例えば、水越賀矢の神様が、実は、エリートばかりを偏重する「選良主義」の神様なのかと考えてみた。でも、違う気がした。では、富裕層の子女ばかりなのは何故か? 彼らに高額の寄付をさせるためか? 礼命会本部に倣っていると言えなくもない。しかし、水越賀矢が金を目的にダムドール支部を立ち上げたとは思えなかった。その時だった。目の前にいる若者信者全員が居ずまいを正した。そして、支部の中の空気が緊張したものに変わった。教祖代理である水越賀矢が演台についたのだった。そして、礼命会ダムドール支部の最初の集会が始まった。


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