(勧誘活動)4

四.

僕たちは、メモに書かれたスケジュール通りに勧誘活動を行った。

十一月四日は、Q公園に行った。勧誘活動が、朝九時四十七分から十分間しかなかった。しかも、雨が降っていて、公園には誰もいなかった。僕は絶望的な状況だと思った。十一月の雨は冷たかった。誰もいない公園で、僕たち三人は、傘をさして、ぼんやりと立っていた。残り二分になった。その時、犬の散歩をする女の子が公園に入ってきた。彼女は僕たちを見ると、

「普段は、犬を公園に入れることはないんですが、何故か、今日は、この子がどうしても公園に入りたいって言うので」

と言った。

彼女は、公園内は犬の散歩が禁止されているのに、犬を連れて入ってきたことを釈明したのだった。犬はトイプードルで水色の雨ガッパを着せてもらっていた。水越賀矢が、雨に濡れたビラを彼女に渡した。彼女は僕と同い年ぐらいだった。

「ダムドールが、服屋から宗教団体に変わった?」

彼女もダムドールを知っていた。

興味深そうにビラを見ている彼女に水越賀矢が、

「いつでも遊びに来て。その時、お話ししましょう」

と言った。

水越賀矢のしわがれた声を聞くと、

「はい。そうします」

と、彼女は素直に返事をした。ポカンとした表情で背の高い水越賀矢を見上げていた。彼女は後日、支部を訪れて入信した。ダムドール支部の信者第二号だった。


僕たち三人は、順調に、そして、その都度、神の御業を感じさせられる不思議な勧誘活動を続け、十九人の信者の獲得に成功した。入信した若者信者の男女比は、男十人、女九人だった。そして、いよいよ十二月一日になった。僕たちは、最後の勧誘場所を訪れた。

出発前には、

「二カ月間。順調な勧誘活動ができたのも、全て神様のおかげです」

「その通りです。神様のおかげです」

と、水越賀矢と牧多は並んでダムドール支部の握り手様を拝んだ。水越賀矢は黒のチェスターコートを羽織っていた。牧多は黒のバイカーズジャケットを着ていた。


僕は、紺色のダウンジャケットを羽織って、部屋の隅にいた。支部の中は、陽の光が入らないため、外より寒い気がした。僕は、最後の勧誘場所のことで当惑していた。最初に、水越賀矢がメモを見せた時、見落としていた。最後の勧誘場所はP大学だった。しかも、僕の在籍する経済学部前である。僕は、もう約五カ月も大学に行っていない。この状態で構内には入りにくい。そこで、二人に、そのことを打ち明けた。水越賀矢が、「杉原君は、近くで待機することにしましょう」と言った。


僕は経済学舎が見える東門の辺りで、二人の様子を見ていた。

P大学はV大学のようなマンモス大学ではないこともあり、警備員の姿はない。従って、二人が構内に入っても注意されることはない。ただ、あまり長い時間、構内をうろついていたら、部外者だとバレる。P大学生は大人しい。二人のようなパンクな学生はいない。だから、学生課の職員がやってきて追い出されることになる。


十二時十分から十五分間の勧誘時間だったが、水越賀矢と牧多が、十二時過ぎに経済学舎の前に立つと、一斉に学生食堂に向かう学生が出てきた。牧多は思わずビラを渡そうとして、水越賀矢に止められた。フライングも、もちろんアウトだ。それから、少し待ち、十二時十五分になった。今度は、学生はいなくなっていた。

「誰もいなくなってしまいました。でも、食堂に行けばいます」

牧多は言った。牧多は、いっそ学生食堂に行ってビラを配ろうかと思った。今日の勧誘活動を成功させれば、二十カ所全てで勧誘活動が成功する。彼は功を焦った。

水越賀矢は、突然、学舎の前にあるベンチに座った。

東門付近にいる僕からも、それが見えた。

「牧多君。勧誘活動はやめましょう。そして、空を見上げましょう」

牧多は驚いたが、彼女の言葉に従い、ベンチに座った。

牧多も空を見上げた。

水越賀矢は言った。

「空は広い。でも、空を広くしているのは、空でもあり、空でもない」

「何のことですか?」

「空は心です。心を広くするのも狭くするのも、心の持ち主。あなたの心は、今、どう?」

彼女に言われて、

「狭いです。焦って狭くしていました」

牧多は落ち着いた。同時に、学生食堂に行っていたら、大変な騒ぎになっていたと思った。職員に取り押さえられただけでは済まなかったかもしれない。そう気づいた。

「欲するけど欲しない。この気持ちが大切」

「はい」

その時の牧多には、彼女の言葉の意味がよく分かった。

すると、

経済学舎から一人の女子学生が出てきて、

「すみません。そのビラ、一枚もらえますか?」

と牧多に言った。

「礼命会ダムドール支部って知ってるんですか?」

牧多の質問に、

「いえ。知らないんですが、お二人が、あんまり気持ちよさそうに空を眺めているんで、私もそんな風になれるかなと思って」

と、女子学生は言った。先ほどから、二人を見ていたらしい。

「ありがとうございます」

牧多は立ち上がり、ビラを渡すと女子学生に頭を下げた。

「神は全てを見ておられる」

水越賀矢は呟いた。

僕は東門から隠れるように、その女子学生の顔を見た。知らない学生だった。

水越賀矢が、女子学生に分からないように僕に向かって頷いた。

隠れながら、僕もこっそり頷いた。

女子学生は、その日のうちにダムドール支部を訪れて入信した。

これで、二十人全員の勧誘が無事に成功した。


二カ月間、三人で勧誘活動をし、それが全て成功したことは、僕たちに自信を与えた。信者の男女比は、十人と十人でぴったり同数になった。偶然とは思えない。個々の勧誘活動においても、不思議な体験をした。僕は、深く宗教を信仰する体質ではない。その僕をして、この勧誘活動を通じた神秘的な体験は、神の力ではないかと思わされた。そして、各箇所での短時間の勧誘活動は、神の試練、神による修行だったのではないか。そう思ったほどだった。そして、牧多が、これまで以上に、水越賀矢に傾倒していったのは当然のことだった。


勧誘活動が終わった翌日の午後、僕は一人でダムドール支部にいた。二人は外出していた。率直な感想として、勧誘活動は面白かった。誰かと協力して何かを成し遂げるということが、僕には、とても新鮮な経験だった。そのため、僕は、勧誘活動を宗教活動の主体のように勘違いしていた。勧誘活動が終わった翌日の今日、僕は、ようやくそのことに気づいた。大事なのは、水越賀矢が、これから何をするのかということだった。彼女は、若者を助けよという神の声を聞いて、宗教家に転身した。勧誘活動を通じて、彼女が神がかりであることを、僕は、かなり本気で信じるようになっていた。僕は薄暗い支部の真ん中に丸椅子を置いて座っていた。この場所で一週間後に若者信者の合同入会式が行われる。もしかしたら、何かが大きく変わるかもしれない。入信した二十人の若者だけでなく、僕は、自分自身のことも含めて考えていた。


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