(勧誘活動)3

三.

十月一日の今日、水越賀矢と牧多と僕はV大学の近くにいる。理由は、彼女のメモに従って、つまり、神命に従って、そうしているからだった。

水越賀矢が、若者層信者を二十人集めると宣言したあの日、勧誘の具体的な方法を知りたいと先生が言った。だが、彼女は教えることはできない。神命だからと拒否した。先生は戸惑った。しかし、すぐに「青年部は賀矢先生に任せたのだから」と了解した。そして、先生は帰った。


その後、彼女は、牧多と僕に一枚のメモ用紙を見せた。

彼女の手書きのメモは、こんな感じだった。


・10月1日13時15分から20分間。V大学西門付近

  ↓

・10月30日16時01分から30分間。駅前広場

・11月4日9時47分から10分間。Q公園

  ↓

・11月22日11時42分から20分間。G大学東側道路付近

・12月1日12時10分から15分間。~


こういう風に、日付、時刻、場所が書かれていて、数えたら二十個あった。最後は、十二月一日だった。

「賀矢先生。これは何ですか?」

牧多が聞いた。

「このスケジュール通りに勧誘活動をする。そうすれば、必ず、二十人の若者が集まる。そして、その若者たちは、必ず、礼命会に入会する」

彼女の話を聞いて、僕は改めてメモを見た。二十カ所あるということは、一カ所で一人の若者が勧誘に応じ、入会するということだ。僕は、すぐ疑問に思った。そんなに簡単に勧誘から入信に至ることなどあるのだろうか? それに、一カ所で、必ず、一人だけということにも疑問を感じた。勧誘できたとしても、人数はランダムになるのではないか? 僕は水越賀矢に尋ねた。

彼女は確信を持って答えた。

「全ては神の御業です。神に不可能はありません」

僕は、彼女がそう答えるのを分かっていて聞いた。実際に、勧誘活動を始める前に、言質を取っておきたかったのかもしれない。


牧多の小型車はV大学の西門の近くに止めた。牧多は、大きな紙袋を右手に下げていた。中には勧誘のビラが入っていた。昔、先生が勧誘活動の時に使っていたビラを再利用するのだった。支部で話し合いをしている時、牧多が本部にビラが残っていることを思い出し、使おうと提案した。その時、僕に疑問が湧いた。『水越賀矢が、先生から勧誘の具体的な方法を尋ねられても、教えられないと断った。それにもかかわらず、ビラは先生が作ったものを使う』。何だか都合がいい気がした。僕は釈然としない表情をしていた。牧多は僕に言った。

「勧誘活動費は全額本部が負担してくれる。だから、残っているビラを使って、少しでも経費を抑えれば、先生に負担をかけなくて済むぜ」

「なるほど、そういう考えなら」

僕は彼に従うことにした。


本部から持ってきたビラは、青空の写真と礼命会の文字しかないシンプルなデザインだった。十年ほど前に印刷したもので、教会が建つ前だったから、載せるものがなくて、青空の写真を使ったそうだ。先生は、講演会の開催場所と日時を、その都度、手書きで書きこんでいたという。先生にも、そんな苦労の時代があったのだと僕は思った。

僕たちも三人で、ビラに「ダムドール支部、住所、電話番号」の三つを書き込んだ。


西門付近まで来ると、

「じゃあ、一人、百枚で」

と、牧多が紙袋からビラを取り出し、三等分して、水越賀矢と僕に渡した。

西門は小さな出入り口で、正門と違い警備員もいなかった。僕らは、そこで待つことにした。十三時十分だった。

「十三時十分だと、午後からの授業が開始されたばかりで、学生はみんな教室の中です。現に今、構内に学生の姿が見えない。この状況では勧誘活動はできません」

僕が言った。

「大丈夫よ」

水越賀矢が言った。

また、神の御業があると彼女は言うのだろうと思った。そして、西門に近い学舎のほうを見た。学舎から、学生がどっと出てきた。軽く百人はいた。P大学と違ってV大学はマンモス大学だった。

そのまま、西門に流れて来る学生がいた。

「神の御業よ」

彼女が言った。

僕は驚いた。

牧多は、

「さあ。勧誘開始だ!」

と学生にビラを配り始めた。

キャンパスの真ん中にある時計台を見ると、十三時十五分ちょうどだった。

「杉原君も開始して。二十分しかない。時間厳守で。時間オーバーしたら、神の力が消える」

水越賀矢もビラを配り始めた。

「時間をオーバーしたら、カボチャの馬車にでも戻るのかな?」

僕は、そう呟いてからビラを配り始めた。

P大学でサークルのビラを渡されそうになっても、僕があっさり断っているように、僕らが配るビラもあっさり断られた。牧多は、敏捷さを活かして、西門付近にいる学生に次々と、ビラを渡そうとしたが、皆、断られた。水越賀矢も同様だった。僕は、学舎から流れて来る学生を見ていて、あることに気づいた。皆一様に機嫌が悪いのだ。何故だろうと観察していると、こんな会話が聞こえてきた。

「講義が休講になるなら、事前に掲示板に貼っておいてくれよな」

「講義が始まるのを待ってたら、事務員が入ってきて、教授は急用で今日は休講です。こんなの初めてだ。病気だろうか?」

「知らねえ」

男子学生二人がそう話しながら、僕の前を通り過ぎた。

突然の休講、普通なら講義中でいないはずの学生の集団。僕は休んだ教授が急病だったら、気の毒だと思った。しかし同時に、これだけ多くの学生がいるなら、勧誘が成功するかもしれない。そして、偶然にしては、あまりにも出来過ぎている。これが、神の御業なのかと思った。


その間も、牧多は走っていた。

「俺みたいに幸せになれますよ」「俺も俺の家族も貧乏から抜け出せたから」「オヤジも天国で喜んでると思う」

牧多は、極めて個人的な体験に基づく勧誘の言葉によって、学生にビラを渡そうと奮闘していた。

水越賀矢も、「みんな、一度、読んでみてください」とビラを渡そうとした。だが、誰も受け取らなかった。

あっという間に時間が過ぎ、十三時三十四分になった。

水越賀矢は、マズいと思った。残り一分しかない。

僕は、この事態は、やはり偶然だったのかと思った。

その時だった。

牧多が、「騙されたと思って、一度、ダムドール支部においでよ」と一人の学生にビラを渡そうとした。相手は男子学生だった。彼はビラを受け取った。そして、ビラを見た。

「ダムドールって前はパンクファッション専門の服屋でしたよね? 今、礼命会の支部? 行ってみようかな」

その瞬間、時計台の針が十三時三十五分を指した。


彼は、この日の夕方、支部を訪れ入信した。礼命会ダムドール支部の信者第一号になった。これまで、僕は、水越賀矢が自らのことを神がかりだと言うことに対して、内心、彼女の強い思い込みだろうと考えていた。しかし、この時から、その考えが揺らぎ始めた。


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