(勧誘活動)2
二.
神入れの儀式の後、先生は水越賀矢に、
「只今より、礼命会ダムドール支部長である水越賀矢氏子は、賀矢先生となります」
と、うやうやしく言った。
「入会したばかりなのに、先生とは、おそれ多いことです。ありがとうございます」
水越賀矢は握り手様の絵に向かって手を合わせた。
「賀矢先生か。先生、いいネーミングセンスですね」
牧多が先生を見て言った。
「私が命名したのではありません。神様です」
先生は訂正したが、牧多は聞いていなかった。
先生は水越賀矢に尋ねた。
「今後のことなのですが、賀矢先生は、どれくらいの人数の若者層信者を集めるつもりですか? 支部への活動資金を支給するに際して、勧誘活動の規模により活動費も変わってくるため、事前にお聞きしておこうと思いまして」
「ありがとうございます。資金援助までしていただけるとは嬉しい限りです」
彼女は感激した。
服屋を閉めての転業。しかも、宗教団体である。そのため、彼女は収入が無くなった。感激するのは当然だと思った。それと、この時、僕は、先生の別の面に気づいた。お金のない僕に寄付を求めない。これは憐憫の情だろう。僕の立場からすると、憐みの目で見られているわけだから、実際のところ、辛くもある。でも、それに加えて、今、水越賀矢に躊躇なく資金援助をするという話しを聞いて僕はふと疑問に思った。
礼命会教祖青沢礼命は、拝金主義者だと世間一般に認識されている。事実、高齢富裕層信者に、ごっそり寄付をさせていることから、この認識は正しいと言える。しかし、だとすれば、矛盾する点がある。先生が拝金主義者であるならば、お金への執着は人一倍強い。僕の家庭の事情を考慮して、寄付を免除するようなことはしない。「一円でも十円でもいいから寄付をしろ」と言うはずだ。また、水越賀矢に迷いなく資金援助を申し出たりはしない。支部に関することは、全て水越賀矢に独力でやらせる。
拝金主義者-あるいは守銭奴-の特徴は、お金が大好きなのと、ケチであることだと、僕は定義をしている。けれど、先生のやっていることは、一部その定義から外れる。そして、そこから垣間見えるのは、先生は、実は、それほどお金に執着心がないのではないかということだった。それなら、先生は、何のために礼命会の教祖をやっているのだろう? 先生は、木箱にボンボンと札束が放り込まれるのが無上の悦びだからこそ、宗教家をやっているのではないのか? 僕は、しばらく考えた。でも、諦めた。青沢礼命の本質的な問題だ。そう簡単に分かるはずがなかった。
水越賀矢は、先生に礼を言った後、何人若者層信者を集めるか答えた。
「二十人です」
その答えに、みんな、戸惑った。
「賀矢先生。少ないんじゃないですか?」
と牧多が言った。
次いで先生が言った。
「私も、正直なところ、牧多君と同じ感想なのですが、賀矢先生のことですから、何か考えがあるのだと思います。それをお聞かせください」
僕は何も言わなかった。
ただ、随分長い時間立ちっぱなしでいるので足が痺れてきていた。
すると、牧多がすかさず、
「話が長くなりそうだから、前の乾物屋で椅子を借りてくるよ」
と言って、支部を飛び出して行った。
そして、丸椅子を四つ重ねて持って来た。
「改装が完成するまで、椅子は返さなくてもいいそうです。他にも不自由しているものがあれば、遠慮なく言ってくれって。あの店の大将。良い人ですね」
牧多の言う通り、乾物屋の店主は良い人なのだろう。でも、看板に「礼命会」のブランド名があるから、店主も快く椅子を貸してくれたのだと僕は思った。
牧多が椅子を並べて座った。
水越賀矢が話し始めた。
「何故、二十人なのか? 神命としか言いようがありません。ただ、神命に含まれる意味について、私なりに考えたことをお話しします。支部が狭いことがあると思います。キャパシティの問題です」
「神様が店の面積を考慮したとは私には考え難いですが、現実に、この場所は教会にするには狭い。ですから、本部である丘の上の教会も利用すればいい。教会の収容人数は百名です。今の信者の集会日とは別の日に若者層だけを集めて集会をすればいい。そうだ。ダムドール支部は同時に礼命会青年部にしましょう。そして、賀矢先生は、ダムドール支部長とともに青年部長を兼務するのです」
と、先生は新たな提案をした。
「青年部という案には賛同します。ですが、二十人は神命なので増やせません。あくまでキャパシティは私の解釈です。とはいえ、実際に、この場所は、二十人で一杯になります。人数的な限界は、長年服屋を経営していた私だからこそ分かります」
「礼命会の信者数は、賀矢先生が入会した現在、総人数九十二人になりました。でも、実際に、教会に足を運ぶ人数は、一度の集会に五十人前後です。平均年齢が高いので、なかなか来られない人もいます。そこで、私が考えた青年部の人数は五十人です。毎回の集会に集まる信者数と同数です。どうでしょうか?」
先生はそう提案した。
「礼命会に入会したのだから、私も、先生のご意見に柔軟に対応していくつもりです。ただ、二十人という人数でいきたい。これは、私自身が希望します。本部の青沢先生のお力をできるだけ借りずに、私が、一人の宗教家として、この場所で、どれだけやれるのか挑戦してみたいのです。ですから、若者層の信者数は二十人でいかせてください」
そう言うと、水越賀矢は、先生に頭を下げた。
「分かりました。礼命会ダムドール支部長としての意向を尊重します」
僕は、彼女の中にこれだけの熱意が秘められていることに驚いた。
「賀矢先生。若者二十人なら、俺一人で、すぐに集められます。先生は、ここで待っていてください」
牧多が言った。
「牧多君。ありがとう。でも、勧誘活動は牧多君と杉原君に協力してもらって三人で行いたいと思っています。それと、あらかじめ言っておくけど、二人とも驚かないように」
彼女は、そう言った。
勧誘活動と聞いて、大学のサークルの勧誘活動しか、その時の僕には思い浮かばなかった。だから、驚くとは何だろう? と思った。でも、この後、実際に、三人で勧誘活動を開始して、僕は、彼女の言葉の意味を思い知らされることになった。
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