(ダムドール)7
七.
僕には、腕組みをして目をつむっている先生の心の中が見えるような気がした。実は、先生が何に悩んでいるかについて、僕は既に知っていた。水越賀矢に初めて会った日から数日後に、牧多が教会の書斎に遊びに来て僕と話をした。その時、牧多が、先生が、水越賀矢と初めて会う日に悩むであろうことを予想した。中学三年の時に入信して以来、長い年月を先生と過ごしている牧多には先生の考えることが分かった。
「先生は世間の目を必要以上に気にする人だ。だから、最近、知名度が高くなってきた礼命会に、若者信者がいないことを気にしている。高齢富裕層ばかりを信者にして食いものにしていると思われることを恐れているんだ。半ば事実なだけに、よけいに心配している。だから、若者受けしそうな水越さんの入会の申し出には、きっと心を動かされるはずだ」
牧多は、その日、綺麗に刈った坊主頭を撫でながら、さっぱりした顔で言った。
「先生は若者の勧誘が苦手なの?」
「それ以前に、若者の勧誘なんてしたことがないんだろう。俺たちは例外。だから、特別な氏子だ」
「何故、若者は入れないんだろう?」
「それは知らないけど、とにかく、世間の評判を上げるために、寄付をしていたら、予想以上に知名度が高くなってしまった。そこで、今度は、若者層の入信を考えなければならなくなった」
牧多の説明に僕は言った。
「先生って意外と苦労性なんだな。やらなくてもいいことをやって、やらなくてもいいことを増やしている」
「はっきり言ってその通り。そこで問題は水越さんの入会を、根が真面目な先生が認められるか? 神がかりを入信させるという掟破りを先生が自分に許せるかだ」
僕は牧多の頭の良さに感心した。同時に、その頭脳をピンハネではなく、もっとまともなことに使うべきだと思った。
水越賀矢を真ん中に挟んで、向こう側にいる牧多を見た。彼は、にやにやしていた。彼の予想が当たったからだった。
長い沈黙の後、先生はようやく目を開くとこう言った。
「私にも神の声が聞こえました。あなたの礼命会への入会を認めよと、たった今、神の声が聞こえました。あなたが神がかりになっていようとも、若者たちを救うため、礼命会に入会させよという神の声が聞こえました。水越賀矢氏子。今日から、あなたは礼命会の信者です。さあ、世界の幸せのためにともに信仰の実践をしましょう!」
先生は立ち上がると、面談室のテーブル越しに彼女に笑顔で頷いた。僕がこれまで見た中で、最も噓っぽい先生の笑顔だった。当然だった。どう考えても神の声ではなく、先生が自分で出した結論を話しただけなのだから。それと先生の嘘っぽい笑顔から、僕は、もう一つ、あることに気づいた。先生は、本当は水越賀矢を入会させることに抵抗がある。でも、若者層の信者欲しさに先生は折れた、ということだった。その感情を隠すために先生は笑顔を見せた。かえって、不自然になったけれど、先生としては、この場合、そうせざるを得なかった。
「ありがとうございます。きっと青沢先生なら、ご理解くださると思っていました。いえ、きっと礼命会の神様からのお声が届くと思っていました。世界の幸せのためにともに信仰をさせていただきます」
水越賀矢はこうなることを知っていたかのように冷静に言った。
礼命会への入会の手続きが済み、水越賀矢は礼命会の信者になった。僕も同じだったが、礼命会の書類の手続きは簡単だった。氏名と住所と電話番号を書くだけだった。家族構成や学歴、職歴などは一切書かない。牧多が理由を教えてくれた。家族構成などを細かく書かされると家族や職場にも勧誘があるのではないかと信者に敬遠されるからだということだった。僕はその意味を知り、適切な配慮がなされていると思った。同時に、必死で信者を獲得する必要のない礼命会の財政的余裕の表れだとも思った。
先生に案内され、僕たちと一緒に水越賀矢は教会を見学した。午後から彼女の入会式がある。
正面にある握手をしている絵を見た彼女は、
「あの絵は御神体ですか? 何を表しているのでしょうか? 助け合い?」
と先生に尋ねた。
先生は、「御神体です。何を表しているかは信者様の解釈のままに」としか答えなかった。
僕も、改めて、握手の絵を見た。握手の絵なのだから、彼女の解釈が妥当な気がした。
絵をしばらく見ていた彼女は、突然、振り返って先生に言った。
「礼命会の神様も、私の入会を歓迎してくださっていることが、今、天から伝わってきました」
彼女は、それまでの虚無的な表情とは違い、くしゃくしゃの笑顔をしていた。その笑顔を見て、先生は、水越賀矢を入信させた自分の判断を肯定した。
それから、午後になり、水越賀矢の入会式が行われた。神がかりの入会式である。何か不測の事態が起こるのではないかと思った。でも、何事もなく入会式は終わった。気づいたことと言えば、富裕層信者が、毛色の違う信者の入会に驚いたことぐらいだった。
入会式が終わって席を立とうとすると隣に座っていた牧多が、
「おめでとうございます」
と呟いた。
僕は驚いて牧多を見た。
牧多は目を閉じて、正面に立つ水越賀矢に向かって手を合わせていた。牧多は、既に水越賀矢を神として崇めていた。元々、パンクスという共通項があったにせよ、「神がかり水越賀矢」に牧多は、ここまで傾倒していた。じっと拝んでいる彼に僕は声をかけられなかった。僕は彼の左耳の天狗のピアスを見た。鈍い銀色が重苦しく輝いていた。僕には、その輝きが、何かを暗示しているように思われた。
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