(ダムドール)5
五.
僕が、水越賀矢に協力を約束した後、牧多が話しをした。そこには不思議な偶然があった。彼女の神がかりに、わずかだが信憑性を与える内容だった。
僕が、家出をした日のことだった。牧多は、特に用もなかったのだが、『ダムドール』を訪れた。いつもの牧多なら、そういうことはしない。牧多は目的がないと行動しない人間だった。
水越賀矢は、ずっと『ダムドール』に通っている牧多のことは、よく知っていたが、彼が礼命会の信者だとは知らなかった。礼命会の信者は高齢層であることを知っていたから、よけいに牧多と礼命会に関係があるとは思わなかった。
彼女は、神がかりになってから、神命を果たしたいと焦っていた。だが、礼命会との接点が見いだせず困っていた。神命であると同時に、現実問題として、礼命会の協力を得ないと動けないと思った。彼女は、十五年間、パンクファッション専門店の店主としてやってきた。そこから、「神の声により、若者を救う行動」へと飛躍するのは彼女でなくても難しい。だが、彼女は神命に従い店を教会にする準備はした。その結果、店に商品がないまま開店する日々が三カ月続き、客が誰も来なくなった。来なくなった客は、店が倒産したのだろうと去っていく客と、彼女が何をしているのか分からないから怖くて逃げた客の二種類だった。
彼女は空っぽの店内で、うつむいて考えごとをしていた。そこに牧多が来た。彼が来たことは知っていたが、他の客と同じで、すぐに帰ったのだろうと思っていた。すると、牧多の声がした。
「礼命会に入って、俺に奇蹟が起ったんだ。オヤジはポックリ死んだし、俺がアニキの商売を繁盛させて俺も繁盛。礼命会がなかったら、今の俺もない。店長。困っているなら、礼命会に入りなよ」
水越賀矢は、顔を上げずにその声を聞いた。というより、話の内容に驚いて顔を上げられなかった。牧多の顔を見るのが恐ろしかったのだ。『私にも奇蹟が起った』と彼女は思った。
そして、牧多に頼み、礼命会の詳しい話を聞かせてもらった。
僕は、そこまでの話を聞いて、確かに、神がかり的な話だと思った。
「神がかりに懐疑的な僕ですら、偶然ではなく何かの力が作用している、そんな気がしました。ところで、水越さんは、すぐに礼命会に入会すればいいのではないですか? 牧多の紹介だから、すぐに入れます。僕は何故、必要なのでしょう? ここに来て、協力するのが嫌になったということではなくて、僕は必要ではない気がしますが?」
僕は潔いというより諦めがいい。だから、決まったからには、彼女に協力することにためらいはなかった。それより、現実に、僕は要らないだろうと思ったのだ。
「必要なの。杉原君。そして、牧多君の二人が。牧多君に聞いたわ。礼命会に若者はあなた達二人しかいないって。私は、若者を救う神命を果たさなければならない。そのためには、どうしても若者の協力が必要なの。例えば、礼命会の高齢の信者の中に、今を生きる若者と同時代感覚を持った人がいれば、その人にも協力してもらう。でも、それは無理なことだって分かるでしょ? 高齢者と若者。大きな世代間ギャップがある。その他にも、無理な要因は幾らでもある。だからこそ、あなた達二人が必要なの。あなた達二人は特別な存在だから」
水越賀矢の言葉が、先生の言葉と重なった。
先生も、僕たち若者信者二人は特別な氏子だと言った。僕は彼女の話を理解した。
そこで、
「水越さん。それだけしっかりとした考えが、あなたの中で、もうできているのなら、やはり、今から、僕たちと一緒に先生に会って入会しましょう。入会式は後日にして。牧多がそうだったらしいです。まず入会するんです」
僕は、せっかちではない。そうではなくて、この状況は一刻も早く改善すべきだと思ったのだ。開店休業で収入ゼロの状態が続いている。礼命会に入会するなら、今すぐすべきだと思った。
「待って。私も青沢先生なら、きっと分かってくださると思う。ただ、礼命会という既にかなりの知名度と実績のある宗教団体に、神がかりにもかかわらず、宗教者として経験の無い私が入信することは、実は、とても怖い。だから、私が礼命会に入会しても、牧多君と杉原君には、礼命会信者としてではなく、個人として、私を特別に助けて欲しいの。どう、いいかしら?」
最初、彼女の話はよく分からなかった。でも、少し考えて分かった。僕と牧多に、ある場合は、礼命会を無視してでも、水越賀矢を個人的に助けるよう、彼女は求めているのだった。助けるというのは、何かを手伝えということだと思った。危険な気がした。
僕はしばらく考えた。そして、牧多に尋ねた。
「牧多、いいと思う?」
牧多は言った。
「この店、見てみなよ。潰れる寸前だよ。俺は昔の自分の経験から放っておけない」
僕もそれを聞いて彼女に言った。
「そうだな。じゃあ、改めて協力を約束します」
「ありがとう。無理なことばかり言ってごめんなさい」
水越賀矢は頭を下げた。
牧多の車で僕は教会に帰った。車の中で牧多は、あの店で買った中で一番好きなTシャツの話しをした。
「ブラックサバスの『パラノイド』のTシャツなんだ。不思議なデザインだ。俺、自分で自分が、よく分からなくなる時がある。心がバラバラになっていくみたいな……。そんな時に、このアルバムを聴くと落ち着くんだ。俺と似た人たちがいる気がして。ヘヴィメタルとかパンクとか、そういうことは関係ないんだ。つまり、俺は慰められてるのかもしれない……」
興味深い話ではあったが、バンド自体を僕が知らないので、答えようがなかった。だから、その間、適当に相槌を打ちながら、水越賀矢のことを考えていた。彼女の話には嘘がある。あるいは、肝心なことを意識的に話さなかった。僕にも、そのことは分かっていた。でも、悪化していく一方の店の経営状況を目の当たりにして、僕は拒絶できなかった。そして、拒絶できなかったところに、宿命的な何かを感じた。何故なら、宿命とは不可避的なものだからだ。牧多は運転をしながら自分の話を続けていた。牧多の話を聞いていて、ふと先ほどの空っぽの店内を思い出した。すると、僕には、牧多の訴えたいことが、心の空疎さである気がした。
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