(ダムドール)4
四.
僕は牧多に問うた。
「水越さんの今日までのことはある程度分かったけど、それが、僕や牧多にどういう関係があるんだ? 何故、牧多は、僕をここに連れて来たんだ?」
僕と牧多は、礼命会の信者なのだ。水越賀矢が牧多の行きつけの服屋の店長であっても、彼女の神がかりと僕らに何の関係があるのだろう?
すると、牧多に代わって、水越賀矢が僕の質問に答えた。
「今日、牧多君と杉原君に来てもらったのは、私を礼命会会長青沢礼命氏に紹介して欲しいからなの。そして、私は礼命会の信者になり、この店を礼命会ダムドール支部として、青沢礼命会長に認めてもらわなければならない。それが神命の大きな一つだから」
僕は、あまりに突拍子のない彼女の話に自分の耳を疑った。でも、牧多は、水越賀矢の話を聞いて頷いた。今の話も既に知っていたのだ。
その時、僕には牧多に対して、ある基本的な疑問が湧いた。
「牧多。水越さんは神がかりになったんだぞ。つまり、水越さんは、神様と同じなんだ。だから、水越さんが礼命会に入会したら、礼命会の中に二つの神様が存在することになる。そのことは分かっているのか?」
僕は尋ねた。
牧多は答えなかった。
代わりに、水越賀矢が答えた。
「実はね、そのことで相談があって、杉原君に来てもらったんだけど、説明する前に、あなたは気づいていた。鋭敏かつ明晰な頭脳の持ち主である証拠ね。頼もしい存在。やはり、来てもらって良かった」
僕は無闇に褒める彼女に警戒した。
「警戒しないで。私は若者を救いたい。それだけなの」
彼女はそう言った。しかし、僕は警戒心を解かずに尋ねた。
「神がかりのあなたが、若者を救うためにすべきことは、普通なら、あなたが教祖として宗教団体を立ち上げることだと思うんですが?」
「その通り。私も神様の声を聞いた時、嘘かと思った。でも、それから、じっくり考えて、こういうことだと思ったの」
「せっかく神様の声が聞こえるのに、神様は神命を全部は教えてくれないんですか?」
「与えた神命について自分で考えろってことよ。でなければ、本当の信仰の実践にはならないから」
水越賀矢は答えた。
僕はそれに対して、
「若者を救うのが喫緊の課題なら、全部、あなたに伝えてすぐに実践させるのが、本当の神様ではないですか?」
と言おうとした。でも、それはやめた。
水越賀矢は、
「神様が、何故、礼命会に入信しろと私に仰ったか? 私はこう考えている。私が、今、教団を開いて若者を集めても、そう簡単に人は集まらない。何故なら、誰も知らない宗教団体だから、怪しい、あるいは、恐いと思われる。それに比べて、礼命会は、特にこの地域では十分に認知されている。だから、神様は、私が二つの神を信仰する矛盾を承知で、礼命会に入信するように仰った。それが、若者を集める最善の方法だと神様はお考えになったから」
と、独自の論理を展開した。独自の論理というのは僕の皮肉だ。何故なら、これは神の意志というより、彼女が考え出した手っ取り早い信者獲得の方法だと思ったからだ。
だから僕は、かなり露骨に彼女にこう言った。
「礼命会の信者として勧誘活動をすれば、入信した信者は、当然、皆、礼命会の信者になります。つまり、全て礼命会の実績になります。神様はそれでいいとしても、水越さんはそれでいいんですか? 惜しい気がしませんか?」
「杉原。水越さんに失礼だぞ」
牧多が僕を注意した。
すると、水越賀矢は僕に訴えた。
「本音を言えば、杉原君の言う通りかもしれない。でも、これは神命なの。私は神命に従うしかない。どれだけ批判されても、私にはこのやり方しかない。だから、杉原君。協力して欲しい」
水越賀矢は真剣だった。
僕自身、礼命会に入会するまで知らなかったことがあった。彼女の言った通り、礼命会が随分と地域に根づいていることだった。先生は高額の寄付を集めて、一体、何に使っているのだろうと、僕は疑問に思っていた。ある日、その疑問が解けた。先生は、地元の福祉施設や老朽化した市の美術館や図書館の改修工事に教団から寄付を行っていた。僕は新聞の地方欄に、改修する美術館の前で、先生が市の関係者と一緒に写っている記事を見つけた。家を出る数日前、朝刊を読んでいた時のことだった。
「宗教法人礼命会会長青沢礼命氏から、この度の市立美術館改修工事に寄付の申し出があった。礼命会は、これまでにも、福祉施設、図書館などの改修工事に寄付をしている。同会の地域貢献に対して、現在、市として表彰を検討している」
記事を読んで、僕は、先生を見直した記憶がある。高額の寄付を何か良からぬことに使っているのではないかと疑っていた。でも、違った。そして、写真や記事の大きさから、礼命会の地域での認知度が伝わって来た。だから、水越賀矢の言うことにも、一定の説得力があった。
そこで、僕は尋ねた。
「協力って具体的に何をすればいいんですか?」
それを聞くと水越賀矢は、さっと近づいてきて、
「杉原君。協力してくれるのね。これで神命が果たせます」
と、僕の手を強く握った。痩せているのに強い握力だったので驚いた。そして、この瞬間、僕は彼女に協力することになった。
「杉原なら、協力してくれると信じてたよ」
牧多は屈託のない笑顔で言った。
僕にしてみれば、狭い店内で、二対一で協力を迫られて断れるはずがなかった。牧多にしてやられたと思った。だが、本当のところ、二人に迫られたからという理由だけで、僕は協力を約束したわけではなかった。教会の書斎で読んだばかりの「神がかり」が、実際に、目の前に現れた。僕は、これは、神の力によるものだ、というような考え方はしない。でも、この時は、何がしかの力を感じたのかもしれない。だから、僕は協力を約束した。
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