(ダムドール)2

二.

僕が家を出てから、教会の一室で生活することになって、もう半月が過ぎた。今、先生の書斎にある本を読んでいる。他にすることがないからだ。週に一回の集会の日以外、誰も訪れない。おそろしく静かだ。壁一面を占める本棚には、様々な専門領域の本がある。先生は初めて会った日、自分は病気でほとんど学校に行っていないと言った。もし、それが本当なら、独学でこれだけの量の本を読んだことになる。凄まじい努力だ。でも、学校に行っていないというのは本当だろうか? 僕は先生を知るにつれ、どこまで信じていいのか分からなくなった。

本棚には特に宗教関連の本が沢山ある。仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などの本から、『○○教祖の生涯』という新興宗教の本まである。僕は『○○教祖の生涯』という本を少し読んでみた。


「明治三十年△△県の農家に次男として生まれる。早世した長男の代わりに家業を継ぐ。十八歳の時、二つ年下のさとと結婚。四男三女をもうける。三十歳の時、作農の最中、神がかりになる。以後、○○の力を頼り、村人の相談が絶えなくなる。巨岩を軽々と持ち上げ、村のものを驚かせることも度々あった。三十五歳の時、○○教を興し教祖として布教に励む。五十歳の時、流行り病に倒れるも、この時、二度目の神がかりになる。病抜けた○○の神力は増々大きくなる。信者大いに増え、いよいよ教会において祀り事行えなくなり、神殿の建築に取りかかる。全国より神力を頼って来る人々により、○○は、ご神さまと呼ばれ、九十歳にて病没するまで広く崇められる。後世においても、その神力は……」


僕は、そこまで読んで、神がかりって何だろうと思った。本には、神がかりについての説明はない。僕は自分のスマートフォンを取り出して、神がかりを調べた。色々な意味があったけれど、この文脈で適当なのは、「神が人に乗り移ること。そして、その人を通して神の意志を伝えること」だろうと思った。本には、当たり前のように書かれているけれど、神がかりなんて、本当にあるのだろうかと思った。


その本を戻して、また本棚を見ていると、心理学の本、精神医学の本、そして、マインドコントロールの本があった。僕は、反射的に富裕層の信者が、先生の話を聞く時、放心したような表情になることを思い出した。富裕層の信者は、先生にマインドコントロールをされているから、ああいう状態になるのではないかと思った。だが、集会の時の先生の話に魅了されて、皆、ああいう状態になることもあり得る。確認のため、本棚からマインドコントロールの本を取り出して読んでみた。「マインドコントロールとは、言葉、行動、態度で人の気持ちをコントロールすること」とあった。専門家ではない僕には、その判断はできなかった。だから、何とも言えなかった。そこで、僕自身のことを思い出してみた。先生と出会ってからのことだ。僕は、マインドコントロールをされたとは思えなかった。あるいは、本には洗脳についても書かれていた。「洗脳とは、暴力、罵りなど恐怖を伴うことがあり、人の考えや思想を根本的に変えること」とあった。先生が僕を洗脳した場面も思い浮かばなかった。かなりステレオタイプかもしれないけれど、例えばこういうことだ。先生が僕を暗室に閉じ込めて、恐怖映画のような映像を流しながら、耳元で「杉原さん。礼命会を信仰しなければ、あなたは地獄に落ちます」と押し殺した声で囁いているような、そんなエピソードは先生と僕の間には無い。では、牧多はどうだろう? と考えた。彼も無いはずだ。この時、僕の頭の中に牧多が登場したことから、僕の考えは、突然、違うところへ移った。寄付のことだった。牧多は高額の寄付をしている。その点で、富裕層の信者と共通している。僕は寄付をしていない。寄付をしてないのは僕だけだ。けれど、先生は僕に寄付を求めない。何故だろう? 初めて会った日に僕が先生に言った通り、僕も僕の両親も金欠だからだろうか? それで、先生は僕を憐れんで寄付を求めない。もしそうだとすれば、僕は少しみじめな気持ちになった。僕は、そっと本棚に本を戻した。マインドコントロールから寄付のことまで僕の頭には色んなことが思い浮かんだ。理由は、僕が暇だからだ。することがないから、色々と考えてしまうのだ。


その時、教会のほうから声がした。

書斎を出て教会に向かうと牧多がいた。

「先生から聞いたよ。お前、教会に住んでるんだってな。随分、熱心な信者だぜ」

牧多は僕をからかった。

「教会に住んでるわけじゃないんだけど。でも、生活してるんだから、住んでるのか」

僕は笑った。牧多が、からかってくれて気が楽になった。実は、一人でけっこう悩んでいたのだ。

牧多は、僕に差し入れを持って来てくれた。大きな紙袋を僕に渡した。中を見ると、カップラーメン、パン、飲料水、菓子など食料品が沢山入っていた。僕は牧多を書斎に案内した。先生から、僕以外は誰も書斎に入れないようにと注意されていたが、牧多ならいいだろうと案内した。牧多も、教会の奥にこんな部屋があるのかと驚いていた。

それから、書斎で話をした。

しばらくして、牧多は言った。

「実は、車を買ったんだ。新車だよ。今日も、その車でここまで来たんだ」


僕たちは、教会の広場に止めてある牧多の車を見に外に出た。

僕は、牧多は兄の店の売り上げをピンハネ-そう言っても差し支えない-しているだけに、高級なヨーロッパ車でも買ったのかと思って表に出た。

広場に牧多の車が止まっていた。ヨーロッパ車ではなく国産の小型車で、地味な紺色のハッチバック車だった。

僕は、牧多も僕と同い年の若者であることを改めて痛感した。僕たちは、生まれた時から、世の中にお金のない時代を生きている。お金は富裕層信者のような一部の人間だけが持っている。僕らは贅沢を知らない。だから、牧多のように、いざ、お金が入っても、どう使っていいのか分からないのだ。彼も兄からピンハネしているお金のほとんどを貯金しているのだろう。僕らには派手にパッと使うという発想がない。

牧多が運転席に座り、僕は助手席に座った。

「どうだ。いい車だろう」

「堅実で、いい車だ。経済の循環が良くないのが分かる」

「難しい話しをするなよ。それより、このまま行きたいところがあるんだ。いいか?」

僕は、軽くドライブをするのだと思って、「いいよ」と言った。

だが、牧多の行きたいところとは、軽い気持ちで遊びに行くところではなかった。彼は、今日、初めから、僕をその場所に連れて行くために車で迎えに来たのだった。

彼は僕と同じように不況の世の中に生まれ育った若者だ。しかし、彼は同じ世代であっても、僕と違って、実の兄からピンハネをするズル賢い若者だった。僕はそのことを忘れていた。牧多は僕を助手席に乗せると、目的の場所に連れて行くべく、急速度で車を発進させたのだった。

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