数年ぶりだね ”ようせい”さん

渡貫とゐち

はこびや


「あー……ひさしぶりだな、この感じ……」


 熱も上がってきた。喉も痛いし、なによりもしんどい。

 今は何時だ? 寝ても寝ても眠気が取れない。起きてるとしんどいから寝てしまえばいい、と思って目を閉じると、ふっと意識がなくなる感じ……。

 楽になるけど、長い目で見れば早いとこ薬を飲んで治したい。


 明日も明後日も寝ているだけでいい生活ではないのだ。

 ……かと言って人を部屋に入れることもできないだろう……移してしまう――

 今、しんどいのがよく分かるのだ、同じ目には遭わせたくない。



「よっ! 不用心だな、鍵が開いてたぜ!」

「……あぁ?」


「しんどそーだな。ほれ、ゼリーや栄養ドリンクを持ってきてやったぞ。どうせ風邪だろ? 薬飲んで寝てまたメシ食えば治るんだよ、そういうもんだ」

「おま、……なんでいる……?」


「お前の姉ちゃんから助っ人を頼まれた。合鍵も貰ってきたんだが、鍵がかかっていなかったのは予想外だったぜ? 体調不良で鍵もかけらなかったのだろうってのは分かるけどな――さて、今日はオレに任せろ。お前の面倒を見てやる!」


「お、おとこ、かぁ……」

「お前に恋人がいないのが悪いんだぜ。いればお前の看病をしていたのはオレじゃなく彼女だった――自業自得だ」


 幼馴染の男だ。

 幼稚園から大学まで――ずっと一緒だった。仲の良い友人が違う時もあるが、家族同士の仲が良く、関係が途切れることがなかった。だからこそ、姉さんがこいつを頼ったのだろう。


 ……姉さんがくればいいのに、と思ったけれど、そう言えば姉さんはいま旅行中だったんだっけ……? すぐに戻ってこれない状況で、東京に出てきたおれの面倒を見れるのはこいつしかいないと判断した……母さんたちがくるのも大変だしな。

 合鍵を郵送するくらいなら手間でもない……のかな?


「そっか……サンキュ。でも帰れ……今のおれは、やべえヤツだから……」

「なんだよ、未知のウイルスに罹ったわけじゃないだろ?」

「……コロナだよ」

「うわ懐かしい。まだ罹るヤツがいたんだな」


 数年ぶりだ。

 久しぶり――って感じだ。会いたくなかったけどな。


 当時よりは症状も軽く、薬も出ているとは言え、過去に一度罹っただけで耐性ができているわけでもなかった。いま罹っても普通にしんどい……。

 風邪だって罹ればしんどいのだから差はないだろうけど。


「病院にいったのか?」

「……いったよ、だからコロナだって分かったんだろ。唾液を垂らして分かる簡易的な検査キットじゃねえ。ちゃんと医者に、診てもらったんだ――ぁあ、喉痛い」


「水あるぞ」

「ゼリーがいい」

「わがままなヤツだぜ。飲ませてやろうか? はいあーん」

「…………ぁ、ーん……」

「おぅ、マジでしんどいんだな。悪態のひとつもないなんて……はいはい任せろ」


 ゼリー飲料を支えて、飲ませてくれる親友。

 喉を潤し、少しだけ――気持ちだけだろうけど、楽になった。


 こいつのボケにツッコむ気力もなかった。

 今のおれはされるがままだろう。たぶん顔に落書きされても抵抗できない。そんなおれに落書きをするほど、こいつだって罪悪感がないわけじゃなさそうだけど……。


「医者も久しぶりの検査だったんじゃねえの? びっくりしただろうな……え、今更!? ってな。で、お前は陰性だったわけだ」

「陽性だよ……、ヤバイのが陽性……」

「あー、そう言えばそうだったな。分かりにくいんだよな……、陰性の方が罹った感じがするのはオレだけか? 陽性って言われると明るい感じがするから問題なしに感じるんだよ」


 それはおれも思った。

 昔からどっちがどっちだか分からなくなるのだ。

 だからこそ、おれは分かりやすくするために判断方法を考えたのだ。

 そのままじゃん、と言われたらそうなのだけど――


「陽性……は、”妖精”が運んできた、ウイルスだ、って、思ってる……。この、今のおれの状態を、おれだけだが、”フェアリー状態”って、言うことにしたんだ…………これで分かりやすくなっただろ……?」


「妖精が運んできた、ね……なるほど、分かりやすくなったけど最悪な妖精だよな。しかもフェアリー状態だとお前が妖精になったみたいじゃん」

「おれが妖精に……? 羽が見えるか……?」


「見えないが。……お前はもう寝ろ。しんど過ぎて意識が飛んでるじゃねえか。オレに気を遣うなって。寝ろ、休め、そして回復しろ――いいな?」

「……おれの、移る……ウイルス……」


「気にすんな。実はオレもちょっと体調が悪いんだ……たぶんこれから『でっかい』のがくると思う――だから今だけは、オレは無敵ッ、だぜ!」





 人間には見えない手のひらサイズの妖精が部屋の中を飛んでいた。

 その妖精は青年に近づいたが、青年の首には既に一匹の妖精がいた。

 ……いや、もっといる。

 服の内側からわらわらと、たくさんの妖精が――――


「え、この子、病気ばっかりじゃない……?」

「鈍いのよ。診断結果が出て病気だと発覚しても彼は自覚しない。だから彼が苦しむ前に自然治癒される――なんとなく、運び損な気がするのよ……」


 出された薬のおかげもあるだろうが、重病であっても彼は動き回って普通に過ごすことができる。とっても珍しい人間だった。


「……せっかくきたのに……これどうしよ」

「隣の人間に運んであげれば? 今にも死にそうなくらいにウイルスにやられちゃってるけど……今なら妖精のひとりもふたりも変わらないでしょ」

「それはさすがに可哀そうよ。……いいわ、別の人間を探すから」


 妖精が窓から外へ飛び立った。

 ウイルスを持った妖精が外の世界を飛び回る。


 マスクなんて関係ない。

 彼女たち妖精は人間に触れ、人間の中に入り込み、ウイルスを運び入れる。

 そして、人間たちは彼女を避けられないのだ。



 妖精に通用する薬は、今のところ特にない。




 了

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数年ぶりだね ”ようせい”さん 渡貫とゐち @josho

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