アッツ沖の戦い

「上原司令官! 八一五飛行隊所属機から衛星通信にて暗号処理されたデータが送られてきました」


「何だと!」


 かつて自分が指揮した飛行隊、忍者飛行隊からのデータだ。


「直ぐに解読して確認! 分析しろ!」




「<海猫>に告ぐ、今すぐエリアEに向かえ」


「エリアE? ほとんど船団の後方ですよ」


 命令を受けた紀伊のF14飛行隊<鬼武者>の隊長が問い返すと上原は切迫した声で叫ぶように言う。


「新たな脅威の可能性が出た。占領されたアッツ島に未知のドローンを積んだTu160爆撃機を偵察機が確認した」


 <海猫>のリーダーは新たな情報に驚く。

 本当なら連中は自分たちの後ろから攻撃可能だ。

 同時に偽装工作も疑った。

 しかし上原もそのことは懸念していて確認していた。


「攪乱工作も考えられたが、暗号は正規のもので本物と断定。画像解析の結果、こちらが本命の攻撃隊と判断した! 連中はカムチャッカ方面から攻撃を仕掛けるように見せかけ、迎撃機を引きつけ、アッツにいる本命が船団を後方から襲撃させるつもりだ」


 これだけの兵力を整えて襲撃しないとは考えられない。

 本命は、アッツ島の攻撃隊。

 そして、囮とは逆方向から来るはずだ。


「直ちにエリアEへ急行せよ!」


「了解っ! 全機反転っ! 増槽投下後、フルバーナーで急行だ!」


 <海猫>のF14トムキャットは、増槽を落とし、全機が反転。

 直後、アフターバーナーを全開。

 衝撃波を放ちながらマッハ二で急行した。




「攻撃隊全機ミサイル発射せよ!」


 Tu160をはじめとする新生ソ連の重爆撃機部隊がミサイルを次々と発射した。

 発射すると全機は直ちに反転。

 帰路についた。


「これで連中は全滅ですね。今夜のウォッカは格別でしょう」


 副操縦士が明るく言った。

 ソ連時代は西側を叩き潰すために爆撃機パイロットとして訓練を重ねる日々だった。

 だがソ連崩壊後、軍をたたき出されて、極貧生活を営んでいた。

 新生ソ連が生まれ、軍に復帰。

 冷戦時代から訓練し夢見た攻撃を今実現しようとしていたのだから明るい。


「ああ、『北の暴風』作戦は成功だ! これで船団は壊滅だ」


 隊長はもっと明るかった。

 冷戦時代、手塩に掛けて訓練した部隊がソ連崩壊と共に解散させられ人生のほとんどを否定された。

 新生ソ連が自分の元に来て、部隊の復活を依頼されたときは直ぐに飛びつき、かつての部隊を再編成。

 一部は強化して敵を攻撃できるのだ。


「少なくとも船団の四割は沈む! 戦力の三割以上を撃破されて勝てた戦争はない!」




「電波傍受機の画面が真っ白だ!」


 マッハでエリアEへ向かっていた<海猫>のF14に乗るレーダー迎撃士官達は画面を見て叫んだ。

 電波発信源の数が多すぎて画面が白くなってしまった。


「ドローンは既に誘導を開始している!」


「全機! フェニックスを全弾撃ち込め!」


 <海猫>の隊長は部下に命じた。

 一四機のトムキャットが乗せていた八四発のフェニックスミサイルを放ちドローンに向かった。


「誘導段階で撃墜できれば良いが、そのまえに誘導を終えてミサイルの大群が船団に殺到したら拙いぞ」


 隊長は、部下に聞かれないよう無線を切って、ぼそりと呟くがもはやどうにもならない。

 自分たちの放ったフェニックスミサイルがドローンを撃墜することを祈った。




 ドローンは電波を発信するが、周波数を変える、不定期に発信することで、追跡を逃れる機能を搭載していた。

 そうやってフェニックスの電波追跡機能を欺瞞し、レーダーに対してはステルスで対抗した。

 そのため撃墜されたドローンの数は四〇程。

 しかも大半は、ミサイルの誘導を終えていた。

 更にカムチャッカからの攻撃隊、囮とはいえ攻撃用ミサイルを搭載してはいけない理由はなく、こちらも全力で攻撃した。

 トドメに周囲に潜伏していたオスカー級原潜が一隻あたり二四発の巡航ミサイルを発射船団への飽和攻撃を開始した。


「ミサイル多数接近!」


 紀伊のCDCでオペレーターが叫んだ。


「イージスシステム作動! 全力迎撃!」


「了解、オートスペシャルへのモード変更確認! 迎撃します!」


 空母戦闘群三個それぞれに配備されていたイージス艦からミサイルが次々と放たれる。

 しかし、ミサイル全てを撃墜できる数ではなかった。

 迎撃を逃れたミサイルが船団に接近する。


「来たぞ! 全艦、近接防御装置の作動を確認しろ!」


 各船にはCWISが搭載されていた。

 二〇ミリと小口径だが、通常の貨物船の甲板にも特殊な強化などしなくても据え付けるだけで運用できる。

 三〇ミリゴールキーパーは、威力も射程も大きいが、重すぎるため強化が必要だった。

 緊急の際には、手軽に搭載できるが迎撃には力不足だ。

 そのため、一部は撃破に失敗しミサイル攻撃を受けてしまった。

 迎撃を逃れたミサイルは次々と商船に命中。

 致命的な損傷を与えた。


「総員退艦!」


 防御力が低い商船は被弾するとたやすく沈没不可避な状況に陥った。

 各船から脱出が始まる。

 だが、彼らはまだましだ。

 弾薬運搬船など着弾と同時に誘爆し脱出する間もなく消滅したのだから。


「ひでえ、俺たちこれで勝てるのか」


 運良く脱出し救命ボートに引き上げられた船員達が沈没していく多数の船を見て、呟いたのも仕方なかった。




「損害は」


 上原は感情を抑制した言葉で尋ねた。

 船団総司令官の座乗艦、米空母リンカーンが被弾、通信機能が麻痺した。

 通信機能を維持していた紀伊にいた序列が高い上原が臨時に指揮官となっていた。


「撃沈および自力航行不可能な数は三〇に上ります。中破の判定が五隻」


「船団速力一五ノットに追いつけるか?」


「二隻は機関部に被弾し一〇ノット以上は不可能です」


「その二隻は放棄。乗員は他の艦に乗せろ」


「良いのですか」


「時間が無い。予定時刻に到達できなければ無意味だ」


 今劣勢の味方を助けるには予定通りに到着しなければならない。

 上原には苦渋の決断だった。

 ギリギリの数字だったからだ。


「船団の内、脱落したのは三三隻だけだ」


 百隻の内三三隻、三分の一が撃沈されたのは成功を決めるギリギリの数字だ。

 だが失われたのは戦車など装備の半数。弾薬の八〇パーセントと無傷の米海兵師団が残っている。

 作戦には十分参加できる数字だ。

 新生ソ連は作戦成功の最低数字を達成して喜んでいた。

 だが、この数字は


 F14の迎撃で落としたドローンで攻撃に加わるはずだったミサイル。

 そして速水が撃沈したオスカー級から放たれるはずだったミサイル。


 この二つが抑えられ船団の被害を抑えた結果だった。

 その成果の功労者である<蒼龍>の一同と佐々木大尉は自分たちが上げた成果を知らなかった。

 まして、戦争の趨勢を決したとは思ってもみなかったし、戦後も機密のため公表されず、知らされたのはしばらく経ってからだ。


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https://kakuyomu.jp/works/16816927862106283813/episodes/16818622172188682684

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カバードワゴン攻防戦 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou

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