<蒼龍>の反撃

「キスカが落とされただと」

 

 佐々木大尉は崩れ落ちた。

 これで通信手段を失った。

 遙か遠方を航行する船団に通報する手段がない。

 電波は直進しかしないため、水平線の向こう側の相手には通じない。

 通信所を通して送って貰うにも時間がかかる。

 敵の攻撃に間に合わない。


「敵潜水艦接近!」


「急速潜行!」


 しかも、敵潜水艦がやってきており、通信は不可能となる。

 それでも佐々木は何か手段はないか考えた。


「……衛星通信装置は」


 佐々木は呟いた。

 最近の艦船は全て静止通信衛星との通信装置を載せている。


「当然搭載している。だが、新生ソ連のビーム攻撃を受けたのか機能を失っている」


「昨日、新たな静止通信衛星が上がった。通信可能だ」


 初戦で新生ソ連は西側の衛星通信網を破壊した。

 だがアメリカはすぐさまフロリダのケーブカナベラからロケットを打ち上げ新たな通信網の再構築に成功していた。


「衛星通信を使って艦隊に繋いでください」


「今はダメだ。敵潜がいる」


「新たな潜水艦接近! 三隻います! 今魚雷発射!」


「急速回避!」


「艦長、通信を」


「まずはあいつを黙らせてからだ」


「くそっ」


 佐々木は悪態を吐き捨てる。


「どうしてこんなに敵の潜水艦が居るんだ」


「ペトロハブロフスクを出撃したオスカー級を開戦後に三隻沈めたんだ」


 蕩々と速水は理由を伝える。


「そうしたら護衛のアクラ級が敵討ちとばかりに本艦を追いかけてきてね。逃げ回っていたのさ」


 船団を狙うオスカー級原潜――米機動部隊を攻撃するためだけに二四発の大型対艦巡航ミサイルを搭載している一万五千トンの化け物潜水艦を優先的に狙ったため、同時に沈め損なったアクラ級は放置。

 他のオスカー級原潜を攻撃した結果、生き残ったアクラ級に<蒼龍>は追い回されている。


「そして逃げた先に君がいたわけだ。君の機の爆発音を新たに撃沈された味方と思っているのかもしれない」


「なんてこった」




 その頃、アッツ島の基地から次々とソ連の攻撃機Tu160、Tu22M、Tu95が出撃していった。

 目標はカバードワゴン船団。

 沿海州周辺および北樺太、カムチャッカから飛んでくる飛行隊は囮だった。

 彼らは、船団の防空力をカムチャッカ方面に集中させ、本命の攻撃隊が背後を突こうとしていた。

 そして、攻撃隊本隊より先に出た先行部隊が誘導用ドローンを打ち出した。




「潜行! トリムダウン五! 速力三〇ノット」


「艦長」


 潜水艦<蒼龍>の発令所で更に深度を深める速水に佐々木は詰め寄る。

 情報を味方に送らなければ危険だ。

 しかしそんなことは速水も分かっている。


「敵潜を振り切るのが先だ。大尉。それとこの先は機密だ」


「深度六〇〇……深度七〇〇」


 シーウルフ級は安全潜行深度六五〇を目標に作られた。

 しかし、日本の技術援助により七〇〇まで潜行可能となった。


「深度八〇〇」


 だが日本版の場合、日本の独自技術により更に八〇〇まで安全深度を増すことに成功していた。

 ただし、防衛機密として公表値はアメリカの目標値六五〇とされている。

 そして八〇〇は安全深度としての数値だ。


「深度九〇〇」


 圧壊、水圧に耐えられなくなる深度は安全深度の1.5倍が現代の基本だ。

 つまり<蒼龍>は一二〇〇まで設計上、潜れる。


「深度一〇〇〇」


「シャドーゾーンに入りました」


「よし」


 深度一〇〇〇前後は水圧と水温の関係から音が伝わらないゾーンが存在する。

 それをシャドーゾーンと言う。

 潜水艦の建造目標深度として、そこまで潜れるよう競われたのが冷戦時代だ。

 だが、それを達成したのは、安全深度を半ば無視して行き着いた旧ソ連のアルファ級と<蒼龍>級のみだった。

 他の潜水艦は建造費を抑えるため、浅深度二〇〇程度を安全深度とすることで妥協していた。

 旧ソ連も建造費の高騰に耐えきれず、アクラ級は安全深度を五〇〇程度に抑えている。

 そのため<蒼龍>もアクラ級も互いを見失った。


「スクリュー停止。ソナーブイ上げろ」


 速水は停止させると、音を拾うソナーブイを上げさせシャドーゾーンの外に出した。


「敵アクラ級探知。速力を増して離れていきます」


「よし」


 佐々木大尉は喜んだ。

 離れていけば通信できる。


「無音浮上。魚雷発射管一番から七番魚雷装填、八番はサブロック」


 速水の予想外の命令に驚いた。


「攻撃したら敵潜がやってきませんか」


「ああ、他にもいるだろ。先程の爆発を聞いてやってくる潜水艦が。ここは一隻でも確実に仕留めて安全を確保する。敵潜一隻につき二本ずつデータ入力。七番と八番は待て」


「了解」


 攻撃準備が整っていく


「装填完了」


「諸元入力完了」


「一番から六番撃て!」


 六本の魚雷が放たれ二本ずつアクラ級へ向かっていく。

 追撃しようとしていたアクラ級は、二隻が魚雷に気づかず沈められた。

 だが一隻は仲間の爆発に気がつき、急回頭して回避した。


「七番発射、回避した敵潜に向けて発射しろ」


「了解」


 直ぐに新たな魚雷が発射された。


「続いて八番、指定する座標に撃ち込むんだ」


 敵潜は回避すると新たな魚雷が下から接近してきたことに気がつき、ふたたび急回頭、急浮上した。

 しかし、その先には、海面に落ちてきたサブロックがいた。

 サブロックはサブマリンロケットの略で、打ち出されると一度海面に出て行き、ロケットで飛翔。

 指定した海面に落ちて、敵潜に向かう。

 潜水艦の探知距離が延びたため遠方の潜水艦を仕留めるために開発された兵器だ。

 着水したサブロックの魚雷部はアクラ級を見つけ出し一直線に突進。

 撃沈した。


「敵艦を撃沈」


「よし」


「敵艦魚雷発射、急速接近」


「潜行、深度一〇〇〇につけ」


 床が坂になるほど急角度で潜っていく。

 徐々に魚雷が接近してくるが、速力を落とし、やがて爆発した。


「旧ソ連の魚雷は深深度に対応していないからな。水圧に耐えられず沈んだ」


「では」


「ああ、浮上する。メインタンクブロー! 通信室、衛星通信用意」


 海面に浮上する勢いで速水は浮上させた。

 バラストタンクに圧縮空気を入れ海水を押しだし浮力を増大。

 <蒼龍>は勢いよく浮上していった。

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