カバードワゴン アメリカアジア援助船団
速水と佐々木が言ったカバードワゴン――幌馬車とは、日本へのアメリカ増援船団だった。
西海岸に配備されている第一海兵師団を乗せた両用船団、三個師団分の装備と五個師団分の弾薬、消耗品を乗せた事前集積船団一〇〇隻。
それをアメリカの空母戦闘群二個、西海岸の随伴可能な沿岸警備隊のカッター、西海岸配備の日本の練習空母と随伴艦。
さらに演習でハワイに寄港していた日本の空母紀伊が護衛に加わっている。
総勢一五〇隻に及ぶ、史上最大級の船団だ。
現在ヨーロッパへ向かう救援船団キャルバリーに匹敵する規模であり、同時に運用する国力は、アメリカが超大国である事を如実に示していた。
これらは冷戦時よりアジアで旧ソ連諸国と戦いが始まったとき送り込まれる支援だった。
冷戦が終わっても、維持費が出たため事前集積船団は温存されていた。
これだけの装備があれば、この戦争で大反撃が可能となり、西側の勝利は確実となるはずだ。
逆に言えば、新生ソ連はなんとしてもこの船団を防がなければ、勝利できない。
船団を撃破するの作戦を立てているはずだ。
「その作戦を分析するためにもこの情報が必要なのです。なんとしても送信を」
「そうしたいが、敵潜に追われている。下手に浮上したら送信前に敵に沈められる」
通信可能深度に到達する前に、撃沈されてしまっては意味が無い。
速水は少し考えてから命じた。
「浮上する」
「艦長!」
「トリムアップ五、速力三〇ノット」
<蒼龍>は速力を上げて浮上する。
「敵艦魚雷発射」
「海面すれすれで艦水平へ」
「通信は」
「この速力だとアンテナが折れるし送信する前に魚雷にやられる。通信は敵潜を葬った後だ」
「敵魚雷接近!」
「スクリュー停止。デコイ発射。面舵一杯、魚雷発射管一番、二番に装填」
<蒼龍>は速力を落とし急回頭。
魚雷は<蒼龍>がスクリュー停止で音が消えた上、海面の波の音に紛れたため見失う。
そんなとき、デコイを見つけてそちらに向かって全速力で向かう。
「魚雷、デコイに食いつきました。爆発」
「反撃だ。一番二番発射」
八九式魚雷が発射され、アクラ級へ向かっていく。
オットー燃料Ⅱを使った斜板機関速力は深深度でも五五ノットの速力を生み出し三〇ノットを出すアクラ級にたやすく追いついた。
「命中!」
船体の潰れる音を聞いて敵潜がいなくなったことを速水は確認して命じる。
「これより潜望鏡深度へ浮上する。キスカ島の米軍基地に連絡が出来るはずだ」
キスカ島には潜水艦との通信用設備がある。
そこを経由して通報して貰う。
「潜望鏡深度に浮上。通信マスト上げ!」
「通信マスト出ました」
「キスカ島基地を呼び出せ」
「キスカ基地応答せよ! キスカ基地!」
通信長が周波数を合わせて必死に声かけをする。
「キスカ島基地! 応答ありません!」
通信長の言葉に速水も佐々木も絶句した。
「キスカ島基地応答せよ! キスカ島基地応答せよ!」
カバードワゴンの護衛に当たる空母紀伊が前路情報を求めるためキスカ島と通信を試みた。
だが応答はなかった。
「新生ソ連軍の攻撃を受けて壊滅したようですね」
「我々の目を潰したつもりか」
上原は怒鳴る。
この船団には、在米日軍の兵力も乗っておりパイロット出身のため航空部隊の指揮は上原が執っていた。
航空部隊の司令官は、防空指揮も兼ねている。
敵の空軍部隊の動きが知りたかった。
アラスカのE3Cも新生ソ連の攻撃で破壊され数が足りない。
手のみの綱はキスカ基地のレーダー情報だった。
だが破壊されたら情報が入らない。
「エリアWに多数の機影を確認! 数が多い! 飽和攻撃を受けた場合、処理能力を上まわります」
冷戦中からソ連のミサイル飽和攻撃――防空力を凌駕するミサイルの数を叩き付ける攻撃は西側の悪夢だった。
そのためにイージスシステムを開発し装備したが、最強であっても限界がある。
カムチャッカ方面から来る敵機とミサイルには十分対応できるが、他の存在、例えば、海中に潜むオスカー級原潜、二四発の対艦巡航ミサイルを積み込んだ狂気の存在がミサイルを放ってきたり、新手が攻撃してきたら、処理能力をオーバーしてしまう。
自分の部隊の能力を踏まえた上で、システムが対応できる範囲に収めなければならない。
「エリアEのE2CとF14二個飛行隊を向かわせて対応させろ」
予想される敵の攻撃に対して、上原が早期警戒機を向かわせたのは現時点の情報では妥当だった。
しかもF14全機にはフェニックスを四発搭載を命じた。
通常は燃費などを考慮して二発しか積まない。
だが勝負所だと判断し四発搭載するよう命じていた。
「紀伊で待機中の<海猫>には追加で二発搭載させて飛ばせ」
「良いのですか」
紀伊の第二〇二飛行隊、通称<海猫>はF14J改――米海軍のF14D並みかそれ以上の性能を持つ機体を装備した強力な部隊だ。
F14は最大六発のフェニックスミサイルを搭載できる。
既に四発乗せて待機させていたのに二発追加となる。
六発搭載すると、残存燃料ゼロでも着艦制限重量を超え、制動用ワイヤーを引きちぎって海に落ちてしまう。
発射しなかった場合、着艦前に最低二発投棄しなければならない。
「構わない!」
それは上原も分かっていた。
「連中はそれだけ多い! ここが勝負所だ飛ばせるだけ飛ばせ!」
「はっ」
勝負所とみた上原は躊躇無く命じた。
上原の命令は直ちに実行され、紀伊から新たなF14飛行隊<海猫>、がフェニックスミサイル六発を積んで発艦する。
「いいか必ず敵を見つけ出せ」
上原は<海猫>のパイロットに対し自ら発破を掛ける。
「はい、敵機は必ず見つけ出し撃墜します」
<海猫>も自分たちの任務を理解し、勢いよく答える。
「ああ、敵機もな。だが、もっと重要な目標がいるだろう」
「ええ、中期誘導用のドローンですね」
旧ソ連時代より電子機器が遅れていたロシアのミサイル技術では、遠距離へ飛ばすミサイルの誘導に問題を抱えていた。
発射機から標的が遠くなるほど大きくなる航法装置の誤差。
目標にに到達できず、途中で墜落するミサイルの多さに悩まされていた。
そこで、敵艦隊までの誘導用に精密航法装置を積み込んだドローンを先行させることにした。
勿論、精密な航法装置を全てのミサイルに搭載する努力はなされた。
だが、高額な上に、製造数が少ない。
しかも、誘導装置が大きくなりすぎて、ミサイルに搭載すると弾頭か燃料、攻撃力か射程距離を削られる。
ならば、精密航法装置のみを乗せたドローンを作り、多くのミサイルを誘導する戦術にしていた。
「先行して発射されるドローンは重要であり、それは連中も知っている。おそらく新生ソ連最高のステルス技術で隠しているだろう。だが誘導電波の発信を始めれば探知可能だ。そこを攻撃する。だが時間の勝負だ」
誘導開始から誘導完了までの間に撃墜しなければならない。
「分かっています。連中が一言を発する前に撃墜してやりますよ」
「その意気だ」
絶対に船団を守り切る。
それが上原達の共通目的であり、絆となっていた。
だが、ドローンが誘導する時間はミサイル速度、極超音速で飛んでくることを考えると対応できる時間はわずかだ。
誘導を終える前にドローンを撃墜できるかは、F14の事前配置にかかっていた。
フェニックスミサイルを最大まで乗せたのもそのためだ。
一機でも多くのドローンを撃墜するために最大限乗せたのだ。
しかし、敵の動きが不明すぎる。
上原の背中に冷や汗が流れた。
「連中は本当に本命なのか?」
<海猫>の隊長は疑問に思った。
確かに大した数だが、こちらの迎撃力は知っているはず。
真っ正面から来るとは思えなかった。
何か仕掛けてくると確信していたがそれが何か分からない。
「佐々木なら何か分かるんだろうが」
航空学生を指導していたとき、優秀だった若者を思い出す。
頭が良かったがどうも戦闘機動のセンスがないため、F15に回した。
汎用飛行隊に引き抜かれたと聞くが、こういうとき何かしら意見を言って助けてくれるのではないかと思った。
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