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「結婚式の件についてはわかったよ」と中原先生は言った。それに対して、私は食い気味に「本当ですか?!」と呟いてしまうけれど、それを落ち着けるように彼は手で制してくる。


「ただ、校舎を使う件に関しては、僕からすぐにいいよと答えられるものでもなくてねぇ。ほら、僕ってそこまで偉い先生でもないから」


「……そう、ですか」


 中原先生の言葉に、きょんちーは少し落ち込むようにしながらそう返す。でも、そんな彼女の様子を見て、少しだけ慌てた雰囲気で「そんなにがっかりするものでもないよ」と先生は付け足していった。


「別に、できないって話じゃないからね。きちんと手続きを済ませていくよ、っていう話だから。……本当にもしかしたらできない可能性だってあるかもしれないけれど、きっとここの先生方なら協力してくれると思うんだ。だから、そんなに落ち込まないように」


 フォローするような言葉の付け足しだと思った。その言葉だけで希望が持てるのだから、心の負担については軽くなっていくような感じがする。そして、実際にきょんちーの表情についても明るさが見えて、私たちは二人して中原先生へと頭を下げた。


 まあ、まだ実際に決まったことではないけれど、それでも目処のようなものはだんだんと筋道が立って、綺麗に歩けるようになってきているような気がする。そんな地盤の安心感。


 私は胸をなでおろして、そうっと息を吐いた。





「よかったですね」ときょんちーは言った。


 中原先生との会話の後、学校を探検したいような気持ちになったけれど、流石にその衝動は抑えることにした。中原先生の教え子という手前、何かしら問題を起こしてしまえば彼の顔に泥を塗るようなものになりかねない。せっかく翔ちゃんとさっちんの結婚式が前向きに進みそうな予感がするのに、それを崩すことをするのは子供でもなく馬鹿でしかないからだ。


「ぜんぶ、きょんちーのおかげだよ」と私は言った。


 私から言葉を吐き出せればよかったけれど、大半の言葉はきょんちーが主導して、その上でお願いすることに繋がっていった。以前の彼女を思えば、その姿は中原先生の言うように成長していることを実感させるものであり、だからこそきょんちーのおかげだと、何度も繰り返して彼女に伝えたくなる。


「そんなことはないですよ」


 きょんちーは謙遜としてそんな言葉を返してくるけれど、それでもその表情は綻んでいて、いかにも嬉しいという感情を覚えていることだけは何となく理解できてしまう。こういった素直に感情を表す彼女も、出会ったときの彼女と比べれば雲泥の差と言えるかもしれない。


 昔は人を怖がって、その上で会話をするときには吃ることが大半だった。表情は髪で隠して、目線さえ合わせようとしなかった彼女が、きちんと言葉を使って、そして顔を使って、その感情を伝えてくれているのだ。


 そんな彼女が成長したように、私にも何かしら成長した部分があればいい。まあ、そんなことを言及してくれるような人はどこにもいないし、まずは自分を見つめなおすことしかできないのだけれど。





 とりあえずきょんちーとは別れることになった。特に何か互いに用事があるわけでもなかったけれど、今後のことを考えたうえで、これからは私が主体として行動しなければならないと実感したのだ。


「本当に大丈夫ですか?」ときょんちーは別れ際に何度も聞いてくる。


「大丈夫だって」と私が返せば「でも、一応バンドメンバーのことですし」と更に返す。


 私がこれから会いに行こうと思っていたのは、高校時代に作り上げていたバンドメンバーであり、きょんちーの言う通り、確かに彼女を連れて行った方が話はまとまるのかもしれない。


 けれど。


「あのバンドを作ったのは私だからさ、なんというか、私だけで話してみたいんだよね」


 自然と解散をする流れを辿ったバンド。それが現実として形になることはなかったけれど、それでも私が主体で作り上げたバンドだからこそ、きょんちーにはそうっとしておいてほしい気がする。いや、きょんちーも主体になってくれた部分はあるんだけど、そうじゃなくて、最初の始まりが私からだったからこそ、これからのことについても私がどうにかまとめてみたい。そんな私のひとつのわがまま。


「そうですか……。でも、必要になったらいつでも呼んでくださいね? いつでも駆けつけるので!」


 彼女の言葉はどこか母親のように過保護で、それほどまでに私が子供っぽいのかな、とか一瞬だけ曇ってしまう。だが、それはただ単に彼女の優しさであり、教師を目指そうとしている彼女だからこその振舞いなんだろう。


「あいさ!」


 そんな挨拶を彼女に投げて、そうして私たちは背を向け合う。別の方向をそれぞれ見定めるような形にして、それから私たちは距離を離すように歩いて行った。


 とりあえず、まずはアプリでも開いて、彼女らの連絡先を開かなければいけない。そもそもアポも取っていないのに、いきなり会いに行くなんて失礼にもほどがあるけれど、彼女たちならそんな私も許してくれそうな気がする。


 私はひとまず会いたいこととその要件についてを軽く文面でまとめていく。そうしてそれらをチャット欄に打ち込んで、しばらく返信を待つことにした。

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