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「……ふむ」
一人だけしかいない自宅、というか兄貴の部屋で私はどうしたものか、という気持ちを含めながらそんなため息を吐いてみる。ため息を吐いたところで何かが解決するわけもないことを私は理解しているけれど、それでも漏れてしまうときは漏れるもので、こらえようもないほどの本能がその息をついては、また吸い込んで、ということを繰り返していく。
結局、私は一度家に帰るという行動をとった。帰りたかったわけではない、勢いだけですべてを進めていければそれでいいな、と思っていたし、帰るつもりなんて毛頭なかった。だが、そうするしかなかったのだ。
元バンドメンバーに大して、内容をまとめて連絡をした。内容、と言っても詳細なものを送ることはなく、とりあえず話がしたい、ということと、何かしらをやるかもしれない、と色々なことを隠しながらの文面。それを個別に送信したのはいいものの、その甲斐はなかった。
ベースを担当していた有川、という少しものぐさで面倒くさがる印象の強い彼女から返信があった。返信はあったものの、その内容については芳しくないとしか言わざるを得ない。端的に「忙しい」とだけ文面が帰ってきたのだった。
もう一人のリードギターを担当した遊田という、几帳面で返信をくれることがすごく印象深い彼女からは、そもそも返信も既読もつくことはなかった。有川とは違って、連絡をすればまめに返信をくれることが大半だったからこそ、一時間ほど経っても連絡がこない時は、なんとも悲しい気持ちになった。一応、ブロックされていないかを確認するために、スタンプをプレゼントする方法でチェックをしてみたけれど、幸いブロックについてはされていない。有川の忙しい、という文面よりも更に忙しいことがなんとなくわかるのが、個人的には苦しいところではある。
ああ、そうだ。本来であれば、きっと私も彼女らのように忙しい環境の中に身を置いていたのかもしれない。
彼女らとはバンドを作る前はバイト仲間であり、相応に一緒の時間を過ごしてきていた。バイトという仲からプライベートでまで関わることになり、そうしてバンドを結成するようになった仲なのだ。
そんな彼女らと私との距離感が、今ではすごく離れているような気がしてならない。いや、気がする、というか実際にそうなのだろう。
きょんちーについては教育学部の方に通って、そうして先生という職業を目指すために尽力している。翔ちゃんは同じように大学へと通っていて、以前現場で働いた経験を活かすべく工業か建築か、どっちかは忘れてしまったけれど、ともかくとしてそんな風に夢というか現実のようなものを追いかけている。さっちんは専門学校に通ってから、そうして今は就職してお金をきちんと稼いでいる、とか聞いた気がする。……うろ覚えだ、お酒の場の中でそんな話をしているから、詳細にそれが記憶にまとまることなどない。
でも、それでも言えることとしては、彼らは彼らで現実に対して向き合っているということ。
高校生を卒業して、きちんと大人になっている。なりきれている。将来の夢があるものはきちんと叶えるための努力を怠らず、その成果を残すように大学であったり、専門学校に行ったりして、夢への過程を道として用意している。そうでなかった道を選んだとしても、それでもどこかにきちんと就職して、その上で真面目に働いている人間もいる。それだって現実にきちんと向き合っている証拠だ。
そんな人たちと比べて、私はどうだろうか。
未だに宙ぶらりんな状態で兄貴の家で同棲し、いつまでもアルバイトから脱却しようとしない。私にはそれらしい夢というものもなかったし、そのための過程を用意することもできていない。いや、バンドでメジャーデビューという夢はあったけれど、あれは夢というか幻想が過ぎるから数えることはできない。ともかくとして、私には夢がなかった。
そうであれば就職の道を辿ればよかったはずなのだけれど、そうする気力というものも存在しなかった。面倒くさがったわけではないはずだ。ただ、時期を逃した、というのが大きい気がする。……これもひとつの言い訳になるだろうけれど。
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高校三年生になって、各々が進路を定める時期、私は何も決めることはできなかった。当時としては本格的にバンドを進めていく、ということを本気で考えていて、そうであるのならば現実的な問題なんて二の次、夢を追いかけるために努力をしなければいけない、と奮闘を続けていた。その奮闘をきょんちーは隣で見てくれていたけれど、彼女は彼女で、中原先生の影響からか高校教師を目指すために大学への勉強を進めていたし、他の有川や遊田については、私の熱量との温度差を感じたのか、だんだんとバンド自体から距離が遠ざかっていった。たまに遊ぶ日はあるにはあったけれど、バンドの話をするとそうっと視線を逸らされてしまう。
それでもバンドのことを諦められなかった私は、高校を卒業するまではその夢を張り続けていた。資金に関してはバイトで賄えばいい。本格的に就職をしてしまえばその空き時間をとることさえもかなわなくなってしまうだろうから、あえてバイトという選択肢を取り続けることにした。
それ故の今だ。
もう高校を卒業して数年が経過しているというのに、そんな現状がいまだに変わることはない。何かしら現実的な問題に対して向き合わなければいけないことを理解しているはずなのに、それでも行動する気力が湧かない。高校の時の熱量が嘘だったように、未だに虚しいだけの気持ちが心の中に巣食い続ける。きっと、大人だ子供だ、と心の中で考えてしまうのは、そんな気持ちが大半を占めているからだろう。
そんな気持ちでいっぱいだ。
そんな気持ちでいっぱいなのだ。
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