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バイトの方は毎日出勤していたから、こうして欠勤の連絡をしても特に咎められる、ということはなかった。欠勤の事由として、単純な体調不良というものにしたのだけれど、実際に二日酔いで頭が痛かったりしたから、声音でその証明もできたような気がする。
さて、とりあえず日常についてやるべきことは行った。翔ちゃんたちの結婚式をやるための準備段階、その準備をするための時間を確保することはできた。突発的に今日休んでしまったけれど、それくらいの勢いがないと結婚式は成功しないかもしれない。明日は流石に出勤するつもりではあるけれど、とりあえず今日休んでみて、色々なことに取り組んでいこう。
「ということで……」
「……何が、ということ、なんですかね?」
私の言葉に、困ったような笑顔を浮かべるきょんちーの姿。私はそんな彼女に「細かいことは気にしないのだ!」とあからさまにとぼけるふりをして、目の前にあった建築物を眺めた。
今日、彼女にどのような予定が入っていたのかはわからないけれど、それでも私はバイトへと連絡を終えた後、次に彼女にも連絡をしていた。
一人でうだうだ考えるのも悪くはないけれど、それでも痛みに溺れている頭ではなかなか思考がはっきりしない。だから、なんとか人の手を借りたうえで、いろいろなことを考えられないか、と私はそう思ったのだ。申し訳なさ、というのはあったけれど、それについてはもう開き直ったし、万が一、私個人が考えて行き詰まってしまった場合には元も子もない。その上で、友達だからこそ、迷惑をかけても自分自身が許される気持ちになる相手であるきょんちーを、私は呼んだのだった。
「それにしても、なぜここに?」
目の前にある建築物を眺めながら、きょんちーは思い当たる節がないように呟いた。
「ほら、結婚式の相談とかをしたいなぁって」
「いや、それはわかります。わかりますけれど……」
そうして彼女が見上げたものは、──昔懐かしの、我らが母校であった。
「いやあ、結婚式をやるうえで会場とかを考えないとなぁ、って思ったんだけど、なかなか思いつかなくてねぇ。ライブをやる、っていう前提を考えたとしても、ライブハウスをレンタルして結婚式をするのも、なんか窮屈に感じたから……」
「……だから、学校?」
「そう、そうなのです」
元気なふりをして彼女の言葉に返事をするけれど、その明るさに自分自身が振り回されて、どうにも頭痛が頭を苛んでいく。腹痛については何とかなったけれど、それでも立っているとその重さが唐突に響いたりするから、なかなかきついものがある。
「学校ってシチュエーションの上でも完璧じゃない? だって、翔ちゃんもさっちんもここで過ごしたわけだし、ライブをやるっていう前提なら、体育館とかを使えばいいし。今朝、動画サイトで結婚式を見てみたんだけど、ほら、思い出のスライドショーとかをやるってなったらプロジェクターだってあるし」
「まあ、確かに、そうですけど……」
私の案はなかなかいいものだと思ったので、すぐにきょんちーの肯定を得られると確信していたけれど、私の予想に反して、どこかきょんちーは不安そうな顔だった。
「なんか、ダメかな?」
「いや、めちゃくちゃいいと思うんですけど。……あの」
うう、ときょんちーは苦い声を吐き出しながら、言葉を続ける。
「翔也くんと皐ちゃんが兄妹だってことを、学校関係者の人が知っていたら難しいんじゃないかな、と……」
「……あー」
確かに、それも懸念する事項ではある。そもそもこの結婚式は翔ちゃんたちが兄妹で結婚式を挙げられないからこそ、このように母校やライブハウスなど、それらしい場所を探しているのだから。
……でも。
「大丈夫、じゃないかな?」
私の言葉に、えっ? ときょんちーは返す。
「きっと、事情を話せばわかってくれると思うんだ。……昔の先生がそのままいたらわかってくれるよ」
「……いなかったら?」
「その時はその時でお話しするよ。それでも断られる、っていうのなら、その時は私たちの方が願い下げです、って伝えてやるし」
……兄妹の恋愛が禁忌であることは、きっと大人になったすべての人が知っている。だけど、そうであるのならば、許容される場所があってもいいはずじゃないか。
大人であるというのならば、禁忌に対する寛容さを持つ要素も必要なのではないか。
私はそう思う。私はそう思えて仕方がないのだ。
──翔ちゃんやさっちんが転校したのは、禁忌を犯していると自覚している彼らに対して、揶揄するような視線が止まらなかったからだ、と本人たちからそう聞いている。
けれど、だからこそ、学校という公的ともいえる場所で、彼らの愛が本物であるということを証明したい。そんな視線を向けてきた輩よりも幸せな時間を、翔ちゃんとさっちんには過ごしてもらいたい。
そんなことを考えている。そんなことを考えている私がいる。
「……そう、ですね」
私の言葉に、きょんちーはしばらく静かに考え込むようにした後、深く頷きながらそう返す。
「とりあえず、何事もやってみないとわかりませんよね」
「そうだよ! だから、やってみよう!」
きょんちーの言葉に、私も深くうなずきながら返す。どのような反応が待っているのかはわからないけれど、それでもやってみなければわからない。
そうして、私たちは母校の校門をくぐることにしたのであった。
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