妖精型感染症

陽澄すずめ

I AM (NOT) LEGEND

 ある新型感染症が流行っていた。

 初めは風邪に似た症状だが、高熱が出て陽性反応が確認できる頃になると、肩の上に謎の物体が現れるという謎の病だった。

 それは小さな人型をしていて、背中にあたる部分からは羽が生えており、わずかに浮遊していた。そう、まるで妖精のような姿のものだ。


 多くの新型感染症と同様に、最初のうちは皆パニックになった。

 だが、病状としてはただの風邪と大差ないこと、陽性者に現れる『妖精』が色とりどりで美しいことから、次第に人々はその病をポジティブに受け入れていった。


 『妖精』は、病が完治しても消えることはなかった。

 当人の動きを真似た挙動をするそれは、『模倣する』という意味のギリシア語『mimeme』より、『ミーム』という通称で呼ばれるようになった。


 今やほとんどの人が、妖精ミームを有していた。

 どの個体も一つとして同じものはなく、羽の形も個性豊かなため、ファッション業界では妖精ミームを含めたトータルコーデが常識となった。

 SNSでは自分の妖精ミームをアイコンにする者、推しぬいやアクスタと同じノリで『ミム撮り』をアップする者も増えた。自身の動きを真似してくれるので、簡単に好きなポーズを取らせることのできる気軽さが若者を中心に受けていた。


 しかし、流行に乗り切れない者もいた。

 ある少年は、昔から免疫力が強く、感染症はおろかただの風邪すら引いたことがなかった。ゆえに彼は、『妖精型感染症』にも罹患しなかったのである。

 妖精ミームを持たない彼は、完全なマイノリティだった。それまで健康体を誇っていた彼であったが、己の頑強さを恥じ入るようになった。

 なぜ自分は皆と違うのか。一人だけ仲間外れを喰らった気分だった。学校でも街中でも、『ミムなし』の彼は肩身が狭かった。


 あれだけ好きだった動画アプリも、今やつまらないものになってしまった。

【ミームと一緒に踊ってみた】

【ミームをかわいく飾り付けしちゃいます!】

【街で見かけた素敵なミームオーナー紹介!】

 どこもかしこも妖精ミームで溢れている。

 彼は【ミームの体重を量ってみた】という動画の途中でアプリを閉じ、以降一切ログインすることはなくなった。


 妖精ミームさえあれば、と彼は願った。

 密かに想いを寄せていた少女は、クールな妖精ミームを持つイケメンと付き合い出したと聞いた。

 勉強にも身が入らず、成績はガタ落ちした。これも妖精ミームがないからに違いなかった。

 人の動きを模倣する妖精ミーム。その模倣をすることすらかなわない自分の不遇を呪った。


 しかし転機は訪れた。

 ある日、天が闇に染まり、異世界から魔王が降臨したのである。


「我が放った傀儡蟲は、この世界の人々に行き渡ったようだな」


 そして妖精ミームは一つ残らず異形へと姿を変え、魔王が人々を操るための媒体となった。

 すなわち今度は、人間こそが妖精ミームの動きを真似る傀儡となってしまったのだ。


 意思を失くし、ただ魔王に従うだけの生ける人形となった群衆の中、ただ一人正気を保ったままの者がいた。

 そう、感染を免れたあの少年である。

 人類の希望となり得る彼は、しかし相変わらず孤独を持て余していた。

 手持ち無沙汰で久々に開いた動画アプリが、【ミームの体重を量ってみた】の続きを再生した。


『ミームを外す前と後、体重計の数値の差し引きは、21グラムでした! これ、魂の重さと同じなんですけど、いったいどういうことなんでしょうね?』


 もう家族も友達もいない。

 魂を操られた人々は皆、虚ろな顔をして魔王にくだった。

 悩むことも迷うこともなく、皆が一様に魔王のために働いている。


 少年の魂はまだ彼自身の体の中にあった。そのことが、とても重く感じられた。

 こうなってもなお彼は、一歩も動くことができなかった。

 どうして自分だけが取り残されてしまったのか、と。



—了—

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