第2話 心のないラブソング
ナンパの動機は中学男子の悪ノリだった
クラスメイトの男子がよく分からない遊びをしており「何か面白そうなことが起こらないかなぁ~?」という軽い感覚で混ざった結果…見事に俺が負けた
その罰ゲームとして、誰かをナンパしてこいと言われ、町をブラブラしている訳だが…
「…ふーん」
俺はナンパをしたことがないが、1度はしてみたいと思っていた。そのため、今回の罰ゲームもそれほど嫌ではないのだが…
端的に言うならば、孤立している女性が1人もいない。みんながみんな、入る隙のない雰囲気のようなものを醸し出している
「…ん?」
そんな人だかりの中に1人、違う意味で目を引いた少女がいた。下を向いて歩き、周囲に目を向けようとしない少女…
彼女を見て、俺は「寂しそう」と思ったのだ。それだけでも、俺が動く理由には十分だった…
うちの中学の制服を着ているので、どこかで顔を合わせたことがあるかもしれないし。何より、学校という間近で成長を観察できるかもしれない
俺は、自分以外の人生…『物語』を近くで観測するのが大好きなのだ
そして、俺の観察眼から見るに、彼女は「何か」を抱えている。そして、それを乗り越えるための1押し…物語が足りていないのだと思う
それを、提供してあげたくなった。作家志望として、誰かの心を動かしたかった
普通、知らない人に声を掛けるのは緊張するはずなのだが、彼女に声を掛けるさいに緊張は感じなかった
どんな感情も感じられなかった。無機物に話しかけているのかと錯覚した。感覚的には、壁に話しかけているのと同じような感じだ
◇◇◇◇
私は荷物を置いて、カラオケのソファーに腰かける。私をナンパしてきた少年は、タブレットとマイクを机に置いて、タブレットを操作し始めた
ここがカラオケ…初めて来た
「何か歌いたい歌とかある?」
「ない」
…会話終了。私はいつもこんな感じだから、自然と人が離れていった
けど、大抵の人は、私が社長令嬢だから話しかけてくるだけで、本気で友達になろうとしている人なんて1人もいない
けど、彼は私が社長令嬢だということに気づいていないのか、はたまた知らない振りをしているのか分からない
「にしても、孤独な令嬢様が、こんな簡単に男についてくるとは…」
「私のこと、知ってるの?」
「これでも、噂話とか、学校内での話題を、全部頭に入れているからね。いつ、どの話が芽吹くか分からないし」
「変なの」
いちいち噂話や話題を覚えておくなんて…噂や話題は時間と共に簡単に移り変わる
今の流行を覚えるのには意味があるが、過ぎた流行を覚えておくのは無駄に思える
そんなことを考えていると、曲の導入が流れた。彼の入れた曲は、明らかに世代ではないロボットアニメのOPだった
あの時代のアニソンは、作品の内容に関係なく、とにかく「愛」を歌っている印象がある
それも、現代の「愛」とは解釈が違う「愛」をだ。しかし、それがどう違うのか、説明できるほどの「愛」を私は持っていない
強いて言うなら…現代の恋愛ソングは、暗い側面にスポットをあてているものが多いいとは感じている
「…♪」
少年は楽しそうに歌っている
しかし、音程は全くあっていない。テレビモニターには赤い棒が量産されている。けど、少年は気にせず楽しく歌っている
カラオケって、こういう場所なのだろう。上手さとかではなく、楽しく歌う場所…
だとしたら…私の居るべき場所ではない
だって、私は…「楽しい」がもう分からない。だから、それができない。分からない…
私は自然とうつ向いてしまった。そんな私に、彼はマイクを差し出してくれた
「初めてだし、俺とのデュエットで慣れていこう」
彼は優しく微笑んでいる。それを否定したら、きっとその笑顔を崩してしまう…それは、なんか可哀想だから、私はそのマイクを手に取った
曲のイントロが流れる。昔からある王道のラブソングだった。これなら、うる覚えだけど、なんとか歌える
「…~♪」
音程に合わせて声を発する。完璧な音程で、1小節ずつ綺麗に歌っていく…
そして、歌い終えて、得点がモニターに表示される
「…おぉ」
「…」
90.5点。初めてでこれは、相当凄いらしい。しかし、私が最も目を向けた場所は「総合得点」ではなく、「AI判定」の部分だった
0.04点。AIは私の歌に対して、そう評価した
そして、モニターに映るコメントの部分にも「もっと感情を乗せて歌ってみましょう」と書かれている
現代のAI技術は凄いなと思った。私の感情が枯れているのを見抜いたのだ
確かに、私は何も思わずに歌っていた。いや、何も思えなかった、共感が全くできなかった
喜に共感できなかった
怒の存在が分からなかった
哀の感情が正しいとは思えなかった
楽になんてなれなかった
そんな灰色の歌は、たとえ音程が完璧だったとしても、人の心に響かせる『歌』にはなりえない
少年が、私の視線がAI判定に向いていることに気がつき、私にフォローをくれた
「気にしなくていいでしょ、これはカラオケ。所詮は自己満足なんだし」
そう言って、少年は再度タブレットを操作し、曲を入れていった。ほとんどが有名なデュオ曲で、私も一緒に歌った
楽しかったのかな。記憶に残らなかったから、いつも通り『灰色』だったのかも…
「ちょっと休憩~」
喉の疲弊もそうだが、私はずっと座っていたのに対して、少年は立って歌っていたのでより疲れたのだろう
「奇跡さんだっけ? 歌うの上手いね」
名乗った覚えはないけど、一応学校では名が広まっているので不思議はない。私のことも、1噂話として知っているのだろう
「皮肉…私が上手いのは『カラオケ』でしょ?」
少年は同意することもなく、ただただ私のことを見つめていた。私に一目惚れしたのだろうか?
そんな、あり得ないことを考えていると、次の曲のイントロが流れ始めた
その後も、2人で一緒に歌って、休んで、軽い軽食を食べて、歌って、気づけば時刻は6時を越えようとしていた
2時間があっという間だった。それは楽しかったからか、つまらなかったからかは分からない
私はタブレットを操作して、今までに歌ってきた曲を眺める。その中の1曲を開き、歌うことはなく歌詞だけを眺めていた
歌詞の内容はコテコテの恋愛ソング。恋に悶々とする思春期の女子をモチーフとした曲だった
曲の中で、恋は、思春期の女子に多くのものを与えていた。喜び、怒り、悲しみ、楽しさ…それをが輝くように綴られていた
そして、ラスサビの最後の1小節。そこ書かれていた歌詞が目についた…
『恋が、私を彩った…』
本当に、そうなのだろうか。恋をすれば、灰色の私にも新しい色が宿るのだろうか?
恋は、本当に
本当にそうだとしたら、私も恋をしてみよう…
荷物をまとめていた少年の裾を掴む。少年は、不思議そう顔で「ん?」という声を発した
そうなるのも無理はない。カラオケに来てから、私の方から何かしたのは、これが初めてだったからだ
私は少年の顔をまっすぐに見つめ、こう言った。それを聞いて、少年は目を丸くした…
「私と…付き合ってください」
恥じらいも緊張もなく、感情の無い淡々とした告白が、カラオケルームにこだました
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