犬の妖精
烏川 ハル
犬の妖精
「うちにはね、犬の妖精がいるんだよ」
クラス替えで同じクラスになったばかりのゆうこちゃん。
一緒に学校から帰る途中、彼女が突然そんなことを言い出したので、みんなびっくりしました。
「えっ、犬の妖精?」
「花の妖精ならわかるけど、花じゃなくて犬なの? なんだかピンとこないなあ」
と返す人もいましたが……。
確かに、妖精と言われてまず思い浮かべるのは花の妖精。人型だけど小さくて可愛いらしいのが、背中から羽を生やして、花の周りを飛び回る姿でしょう。犬の周りを飛び回ったり、逆に妖精の方が犬の形で飛んでいたりするのは、イメージしにくいかもしれません。
でも私は、お姉ちゃんから聞いたことがありました。イギリスの伝承に出てくる黒い亡霊犬が「不吉な妖精」と呼ばれて妖精に分類されていたり、逆に良い方の「番犬」的な犬の妖精としてクーシーというのがケルト神話に出てきたり。
特に後者の「クーシー」に関しては「クー」が犬で「シー」が妖精を意味するとか。ゲームなどで有名なケットシーの「シー」と同じで、そちらの「ケット」はキャットつまり猫の意味。つまり外国では、動物の妖精という概念も一般的なのだそうです。
とはいえ、花の妖精にしろ動物の妖精にしろ、概念のみで実在はしないはず。「うちに妖精がいる」という発言は、ちょっと信じられないのですが……。
「ああ、ゆうこの家で飼ってるココちゃんね。うん、私も見たことあるよ」
のりちゃんが何気ない口調で、ゆうこちゃんの言葉を肯定しました。
ゆうこちゃんとのりちゃんは、前からずっと同じクラス。だから今ここにいるみんなの中で、のりちゃんはゆうこちゃんについて誰よりも詳しいはずです。
そののりちゃんが言う以上、ゆうこちゃんの「うちに妖精がいる」は本当なのかも。そう思ったのは私だけでなく、みんなも同様だったのでしょう。
明日の土曜日みんなでゆうこちゃんの家へ見に行こう、という話になりました。
――――――――――――
「いらっしゃい、みんな。ほら、これが『犬の妖精』のココだよ!」
玄関まで出迎えに来てくれたゆうこちゃん。顔には満面の笑みが浮かび、隣には一匹の犬がちょこんと座っています。
「ワン!」
と可愛らしく鳴いているので、自分が紹介されたのを理解しているようです。
そんなゆうこちゃんたちとは対照的に……。
「えっ、これが?」
「なんか思ってたのと違う……」
みんなは少しがっかりした感じ。おそらく妖精という言葉から、もっと小さなイメージだったのでしょう。
ゆうこちゃんから紹介されたココちゃんは、体長30センチくらいの白いトイプードル。小型犬なので犬にしては小さい方だとしても、一般的にイメージされる妖精と比べたら、はるかに大きな生き物です。
一応は妖精イメージそのままの、白くて薄い羽が背中に生えているのですが……。
それだって、体から直接ではありません。ココちゃんは犬用の洋服みたいなものを着せられていて、その衣装に羽が縫い付けられているだけでした。
「私もね、初めて見せられた時はそんな反応だったよ」
みんなの後ろで、のりちゃんが小さく呟いています。ゆうこちゃんには聞こえないくらいの、本当に小さな声でした。
ちらりと振り向くと、のりちゃんの顔には苦笑いが浮かんでいます。
そんな彼女の様子を見て、私はふと思うのでした。
ゆうこちゃんは「犬の妖精」と言ったけれど、これは妖精の格好をした犬。むしろ逆に「妖精の犬」と呼ぶべきではないか、と。
(「犬の妖精」完)
犬の妖精 烏川 ハル @haru_karasugawa
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