第11話 ごちそうさまでした!

「あっ、んもう、美味しいのだけ食べて~」


 食事が始まると、クレーがリアスの行動に気づいて母親のような注意をした。


「偏食してると大きくならないのよ?」


「……せめて構成魔法の具材は別の鍋にしてほしかったです」


「それが食べづらいなら、ミキサーで粉々にしちゃう? アタシも急いでるときとかにやるわよ」


「うわ、絶対にパーティーが長続きしない理由それですよ」


 もう物怖じしなくなったリアスがズバズバと反論するのに、クレーは多少傷つきながら目を逸らして、ねばつく魔物のモツと水晶を皿に取るバーンをびしりと指差す。


「見てよ! この子を! 自主的に食べてるじゃないの~!」


 えらいっ、てんさいっ、とやたらめったら褒められて、バーンがモツを運んだ箸を咥えたままうねっと恥ずかしそうに体を傾げた。


「今日、念動魔法ってすげえって思ったから……」


「そうね~! 念動魔法は構成魔法の中でも使いどころが多いから、よく食べときなさい。こっちの丸薬はトリカブト毒だから、絶対倍の量のモツを食べてから口に入れるのよ~。そうじゃないと毒が回るから」


 この人、とリアスはバーンに上機嫌に話しかけるクレーにじっとりとした視線を送った。師匠としては百点だけど教師としてはゼロ点どころじゃないな。そう思いつつも、リアスも忠告に従って魔物のモツと丸薬や水晶を取る。


「あとはそうね~、風魔法ならアンタたちにも使えるんじゃない? 一応、砂も食べなさいよ」


「風魔法……クレーが空飛んでたやつか?」


 バーンが思い出しながら言うと、「そうそう」とクレーが鍋をつつきながら答える。


「風魔法はね、創造魔法と炎魔法、水魔法を組み合わせて使うの。飛ぶのは練習がいるけど、扱うの自体は簡単よ~。アンタたちにもすぐできるわ」


 空を飛べるなんて、魔法使いっぽい! バーンとリアスがそわそわしながら泥に箸を差し込んで取り皿に運ぶのに、クレーは「お水で流し込んじゃいなさい」と老婆心を見せた。


「あれっ、もしかして、もう食べ終わるところ?」


 なんだかんだ三人が鍋を順調に食べ進めていると、エリーゼがトレイを持って現れた。その上には、まかないだろうピラフが乗っている。クレーは小さく手を振りながら、口の中のものを飲み込んだ。


「ううん、おかわりしようかしらって思ってたとこ~」


「あっ、それなら私、注文取りますよ」


 エリーゼはトレイをオコタの上に置くと、急いで机の隅に置いてある伝票を取る。


「ええとね、おダシの追加と、お肉全部同じ量で~、あと野菜セットを半分の量で。それと、鍋とは別にデザート見てもいい?」


「はぁい」


 エリーゼは近くの空いている席からメニュー表を持ってきて、クレーに渡した。それを開いてデザートメニューを吟味し、「んと~、『ビリビリトリカブトパインスムージー』」と怪しげなデザートを注文した。


「アンタたち、なんか頼む?」


 頬を鍋で膨らませた二人が首を振ったので、クレーはメニュー表をエリーゼに返す。エリーゼは一旦まかないを置いて厨房に戻り、しばらくすると戻ってきた。


「頼んだのはジオーさんが運んでくれるって!」


 店員の一人だろう名前を上げて言い、オコタに入る。彼女の正面のクレーは足を組んでいたから足同士がぶつかり、そっと足を降ろした。


「エリーゼ、こんなに何度も休憩してていいのか?」


「い、いいもん! これは夜ご飯休憩だからっ」


 あまりよろしくなさそうな返事だが、エリーゼは胸を張ってリアスに言い返した。本当は、友達とご飯を楽しく食べたいからだというのは、恥ずかしいので言わない。


 少しして、不愛想な男の店員が追加の注文を届ける。クレーの毒パインスムージーのほかは、今度は食べられないもののない、普通の美味しい鍋である! 食べ盛りのバーンとリアスは大喜びでただただ美味しい寄せ鍋を味わった。


「あっ、あっちょっと、アタシの分がなくなる!」


「えー! この人、人の取り皿から肉取った⁉」


 あまりの蛮行に、リアスは思わず目の前の光景を全部口に出して叫んだ。


「アンタらこそ、山盛り確保してから食べるのナシ!」


「全部食べるからいいだろーっ!」


 机の上を箸が飛び交い、ダシが飛び散る具材の争奪戦が勃発する。エリーゼは慌てて自分のパラパラが美味しいピラフを持ち上げてダシから守り、机に雫を作るダシにむうっと顔をしかめる。


「三人とも‼ ご飯で遊ばないで‼」


 エリーゼががばりと立ち上がって言うのに、三人は怒らせてはいけない人を怒らせたことを悟って、きゅっと首を竦めた。


「人の取り皿から食べ物取っちゃダメだよね?」


「はい……」


「こんなふうに机汚しながら食べたらダメだよね?」


「はい……」


「周りの人が見てて嫌な気分になる食べ方、しちゃダメだよね?」


「はい……」


 三人はエリーゼから布巾を大人しく受け取り、ダシの飛び散った机を拭く。机を綺麗にし、マナーを守って食事を再開する三人にこくりと満足げに頷き、エリーゼが席に座り直した。


「急に空気壊してごめんね、ねぇ、今回みんなはどんな依頼をこなしてきたの?」


「ああ、その、今回は……」


 リアスとバーンは、気を取り直して今回の冒険のことを彼女に話した。まず依頼文のことを伝えると、え? とエリーゼがすぐさま止める。


「二人がBランクモンスターの依頼を? それっておかしいよ、依頼主は?」


「「……『オードリーカブー』」」


「あーっ……」


 二人が言うと、エリーゼは頭を抱えてしまった。「んふふ」と同じ流れをすでにしているクレーが笑い声を漏らす。


「ごめんね、行かせる前に確認しておけばよかった……。その人の依頼を受けた初級冒険者がいたら止めるようにお父さんから言われてたのに~……!」


「だから、アタシも二人に同行してたのよ~。納得でしょ?」


「納得です……クレーさんがいてくれてよかった」


 ところで、リアスは懐の中の報酬金を思い出した。モンスター一体を狩るのに、二人が一ヶ月暮らせるような報酬というのは、そう法外な値段というわけでもなさそうなのに。


「そんなに釣り合ってないんですか?」


「そう思うから、ルーキーが引っかかるのよ。未開拓地帯で出会うモンスターが一体で済むわけないでしょ~? アタシたちから見たら安すぎなクソ依頼で済むけど、ルーキーには危険度が高すぎてそもそも達成して帰れるかどうかもわからない。アンタたちだってボロボロになってたじゃないの~」


「ふむ」


「たしかに」


 実際、クレーのアシストと回復魔法がなければ、二人は帰ってこられなかっただろう。


「それに、経験を積むとわかってくるけど、必要な装備も食わなきゃいけないものもどんどん増えてくるし~。そのうち、今回のことを思い出して驚愕する日が来るわよ。おれたち、こんな値段で頑張ってたの⁉ て」


 お箸をふりふり、クレーがため息をつく。その姿は、まるで昔の苦労話を語る……


「おば、あっ……クレーはいつから冒険者をしてるんだ?」


「アタシ? アタシも君たちぐらいの年から始めたわね~。懐かしいわ、もう何年前だか」


 どうしてとっさに九年前だと出ないのだろう、と十六歳の三人は勘繰った。


「ああそうだ。あとね、この子たち二人、アタシと組むことにしたのよ~」


 バーンとリアスははっとして、「そうなんだ」とエリーゼに頷いた。


「アタシも、師匠ってやつになったのね~」


「弟子入りでしたっけ」


「師匠~」


 ここは、幼馴染コンビも足並みが揃わない。


「そうなんだ! もうギルドには申請してきたの? クレーさんのところなら、二人もすぐに上級まで上がっちゃいそう」


 エリーゼは最後の一口をスプーンの上に集めながら言った。はむっ、とスプーンを咥える。


「クエスト完了の手続きと一緒にしてきたよ」


 リアスは空になった取り皿に箸を置いて、エリーゼに返事をした。


「明日からはクレーさんの開拓に参加するんだ」


「おう! ついに開拓だー!」


 バーンは拳を突き上げながら言って、そのままタタミの上に倒れ込んだ。けふぅ、とため息をつく。


「だから今日は早く寝なさいよ~、明日も朝ごはんいっぱい食べて出ないと」


 ずこーっ、と音がするまでスムージーのストローを吸い、クレーがカップを机に置く。


「んー、ごちそうさま~」


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでしたー!」


「ごちそうさまでした!」

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魔法は体が資本! 日ノ竹京 @kirei-kirei

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