第3話 宝石練り込みハンバーグ……?

 エリーゼはエプロンのポケットから注文を取るための小さなメモ帳を取り出した。新しいページにくるりと円を描き、上に『マナ』と書きつける。


「まず、私たちは『マナ』を消費することで魔法を使う。マナは自分の中にもあるんだけど、それだけを使ってしまうと自分の体を消費してしまうことになるんだよ。だから色んな食材から得たマナを余分に蓄えておくことで、自分の体には負担をかけずに魔法を使うの。

 でもね、そもそも『マナを余分に体に蓄える』っていうのは、びっくりするぐらい大食いじゃないとできないんだ。例えば私も魔法を使うことはできるけど、一瞬腕力を強化したり、小さな泥だんごを生成するだけでも皮と骨になって倒れちゃう。冒険者になれるような人たちはそれだけですごいんだよ」


「へへ」


 バーンが得意げに鼻の下をこする。


「それじゃあ、バーン、魔法の種類を言ってみて」


「えっ?」口を鯉のようにぱくぱくして動揺したあと、自分の指をひとつずつ折って数える。「うっ……炎魔法、水魔法……あとは体魔法! それと、……か、雷魔法?」


「属性魔法ならもうひとつあるよ、土魔法」


 エリーゼはそこそこの成績を出した生徒に頷き返して、先ほど書いた『マナ』円の中を五分割した。ブロックのそれぞれに『炎・水・土・雷・体』と書き込む。


「この五つは、比較的簡単に使える『属性魔法』だよ。『炎属性』には『脂』、『水属性』には『塩』みたいに、それぞれ属性と対応する栄養素(マナ)を摂らないといけないの」


「だからリアスはいつも塩飴を持ってるのか!」


 マンティコアに先制を取ったとき、氷ツバメを放つためにリアスは塩飴で水属性マナを補給していた。バーンはその習慣の理由に初めて気づいて、思わず大声を漏らす。エリーゼがそれぞれ円の中のブロックに、『炎・脂』『水・塩』『土・パン、砂糖』『雷・野菜、果物』『体・肉』と書き加えた。


「こんなふうに考えながら、自分の体調や戦い方にあった料理を選ぶの。もちろん、それとは別にバランスよく食べるのも強い冒険者として大切なことだよ」


 エリーゼがバーンの促し方をすっかり掴んで、『強い』というところを強調しながら言った。メモ帳とメニュー表を並べ、三人でよく見れるようにする。


「さ! ごめんね、長く話しすぎちゃった。一度料理を注文してみよう!」


 前菜のサラダやスープ、メインの肉料理やピザ、パスタ、ドリンクメニューまで多種多様に揃ったメニュー表をめくったり戻ったりしながら、三人はわくわくと——リアスは未だ拗ねつつ、注文するメニューを決めた。


「オレはステーキを五人前! この表の中なら、脂と肉だけ摂れればいいな!」


「めっ」


「ひゃん」


 エリーゼがバーンの額を弾いた。


「野菜もちゃんと食べて! バーンは炎魔法を使うって言ってたから……蒸し鶏サラダ? ううん、こっちのサーモンサラダならドレッシングにオリーブオイルを使ってるから、こっちにしよう。お水は無料だからどんどん飲んでね」


「野菜……やだ……」


 バーンがうーっと唸りながら訴えるけれど、「だめ!」の一言で一蹴される。


「リアスはなににするか決めた?」


「……ボク、『野菜たっぷり塩だれサラダ』と……あとは……」


「はぁい」


 エリーゼがメモ帳に注文を書きつけながら次の注文を待つ。メニュー表を持ち上げて頭を隠してしまいながら、リアスがしばらく黙り込む。


「……『宝石練り込みハンバーグ』と『魔物の血割りワイン……」


「ほ、宝石練り込み……⁇」


 冗談を言われたような顔でおうむ返しにするバーンに、メニュー表を下ろしたリアスとエリーゼは目を見合わせた。


「私、注文を厨房に出してくるからお願い」


「わかった」


 その瞬間、二人が仲直りしたということだけはバーンにもわかった。なにか置いていかれているらしいと気づいて、バーンは精いっぱいかわいい顔をしながら相方をうるうると見つめる。


「ほら、来しなに、ボクは氷ツバメで魔物と戦っただろ」


「うん」


「あれは『水魔法』で水を生み出して、『念動魔法』でツバメの形を維持しているんだ」


「ネンドウ……」


「そう、『属性魔法』とは違う、『構成魔法』の中の『念動魔法』」


 どんどんと新しい単語が出てくるのに、バーンは頭から湯気を出して机に突っ伏してしまった。エリーゼのように図で書いてやるとわかりやすいかと思いついて、リアスは荷物の中から読み古した本を取り出すと、その見返しの部分に鉛筆を走らせた。『マナ』円改め、『属性魔法グループ』円の隣に、『構成魔法グループ』と書いて、その下に箇条書きで『念動=宝石類』と書く。


「『念動魔法』は『鉱石』から得たマナを使う」


 本を差し出して茶髪をつつくと、バーンは風邪を引いているような表情で顔を上げて大人しく本を受け取った。


「でも、普通石なんか食べても人間は消化できない、だろ?」


 こく……と相方が哀れっぽく頷くのを見て、リアスはなんだかかわいさ余って加虐的な気持ちが湧いてきた。


「そこで、『魔物の血割りワイン』だ。ボクら人類には石を消化することはできないけど、魔物にはそれができる。人類はそれに気づいて、いつの時代か魔物の血や内臓を食することで『融和魔法』、鉱石などの無機物を消化させる術を得たんだ。ちなみに、酒や毒類は『回復魔法』のマナでもあるから、この飲み物は一石二鳥なんだよ」


 リアスがバーンから本を奪って、『融和=魔物の血・内臓』『回復=酒、毒』と書き加える。その下に、続いて『結合=水』とまたバーンの知らないことを書いた。


「お前が飲んでいる水だって構成魔法のもとのひとつだ。お前は無意識でそれをわかっているみたいだけど」


「水? 水は、普通に飲んだって消化できるよな?」


「うん。だけど、水だけじゃ魔法は使えない。水は二つ以上の属性魔法を同時に使うときに必要な『結合』マナが含まれている。お前が炎魔法を使っても火傷一つしないのは、同時に体魔法を使っているからだ。そういうとき、体の中では『結合魔法』が働いてる」


 体では理解しているんだろうけれど、脳では理解できなくて、バーンは声にならない唸り声を漏らした。


「あとは『創造魔法』っていうのがある。魔法を組み合わせることで、新しい作用をする魔法を使うことができる魔法だ。これはボクも使ったことがない。『土・砂・泥』を食べなきゃいけないんだ」


「……石も似たようなもんだろ……」


 バーンが一応ツッコむけれど、リアスは「水晶は味がないから、ギリギリ」と返事をした。料理に使われやすいのは安価な人口水晶だけれど、あれはその欠片だけを噛んだりしなければギリギリ気づかないので、山椒のような存在感を想像すれば近い。


「よし、こんな感じ」


リアスは書き込み終わった表をバーンに見せた。


属性魔法グループ

炎・脂

水・塩

土・パン、砂糖

雷・野菜、果物

体・肉


構成魔法グループ

念動=宝石類

融和=魔物の血・内臓

回復=酒、毒

結合=水

創造=土・砂・泥


「うーむ」とそれを覗き込んだバーンは悩ましげな声を漏らした。


 そんなテーブルに、ガチャガチャと慌ただしい食器の音が近づいてくる。エリーゼが山盛りの料理を両手に抱えて二人のテーブルにたどり着いた。

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