第4話 スライディング・エリーゼ

「おまちどおさま! こちらが、サーモンサラダと塩だれサラダになりまぁす」


 大皿にたっぷりと盛られたサラダは、すでに冒険者専用の〝一人前〟サイズだ。これはメイン料理も期待できそうだと思いながら、二人はさっそく前菜にフォークを突き立てた。


「んむ……サーモンで野菜を包んだら……食えるかも……」


 苦手な食べ物も出されたからには残さない、というのが座右の銘であるバーンはもしゃもしゃウサギのように菜っ葉類を頬張りながら渋い顔をした。


「ステーキ五人前、どうぞー!」エリーゼがまたすぐ戻ってきて、ハムの原木かと空目するようなバカでかいステーキが乗った丸皿を机に届ける。「ハンバーグとワイン、お待たせいたしましたー!」次にちかちか肉と肉の間がきらめくハンバーグと、普通よりドロリとしたワインを専用の瓶とワイングラスで届けた。


 全ての商品を届け終えると、彼女は再度厨房に引っ込み、自分の分の昼食をトレイに乗せて二人のところに戻る。


「……ん~っ、いい食べっぷりだね!」


 冒険者のような大食らいたちの食事風景は、どこで見ても同じ迫力を見せる。彼らのするすると料理を流し込んでいくような食べっぷりは、どんな料理人も喜ばせる爽快感があった。


「むぐ、もがもが」


 あ、ごめんな、と言いながらバーンが皿を動かしてエリーゼの昼食を置くスペースを空けるのに、彼女は礼を言いながら席についた。自分は売れ残りのベーコンエピと小さなサラダを食べながら、ステーキやハンバーグが切り分けられては二人の口の中に消えていくのを眺める。貪るようでもありながら下品さはまったくなく、むしろスポーツを観戦しているような見ごたえがあった。


「……ふう」


「ごちそうさま! うんまかったぜ!」


 やがて二人はあれだけあった料理を全て食べつくしてしまって、大満足で息をついた。エリーゼを見ると、彼女は咥えたパンを慌てて咀嚼して口を開く。


「ぷはっ、チェックですね! 少々お待ちください!」


「いや、そんなに急がなくていいから」


 リアスが慌てて立ち上がったエリーゼに言うけれど、彼女はバタバタと伝票を取りに駆け出していった。その結果、店を出て行こうとしていた客に激突してズサーッと床をスライディングしていく。


「「エリーゼーーーっ⁉」」


「店員さーん‼」


「お嬢ーーーッ‼」


「走るなって言っただろ、エリーゼーーー‼」


 リアスとバーンだけでなく、間違えて吹き飛ばしてしまった大男や、ほかの店員、はてにはキッチンからも悲鳴が上がる。看板娘がこの街に愛されているのがよくわかる一瞬だった。


「あは、大丈夫です、すみません」


 彼女は慌てて立ち上がり、周囲へぺこぺこと頭を下げる。すぐにキッチンに引っ込むと、息を切らせながら二人の席の伝票を持って戻ってくる。伝票とそろばんを机の上に置き、自分は机のそばにかがんで客を見下ろさない気遣いまでばっちりだ。


「えーとお会計が、」


 なかなか派手な転び方をしておいて、それをなかったことにするかのように仕事を進めるので、二人は慌てて「「いやいやいや」」と首を横に振った。


「ボクたちなんか急いでないんだから、一旦座りなよ」


「ケガしてないか? お前、細っちょろいんだから無理してると骨とか折れるぞ」


「な、大丈夫だよぅ。ちょっと転んだくらいでケガしないってば!」


 冒険者には念を押し釘を刺すのに、なんだか本人はそのうちぷちっと死にそうな危機感である。


「……また来るときにもいてくれよ?」


「え、縁起でもねえこと言うなよ、リアス……」


 きょとんとした顔のエリーゼに、二人はそれ以上なにも言わずにお金を支払って見送られながら店を出た。さて、とにもかくにも、次の依頼である。

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