第2話 ご飯屋エリーゼ
カンタレア宿場町というのは、通称に近い。正確には補給基地・005(ゼロゼロファイブ)。それが二つの巨大な赤い岩に守られた集落の名前だ。谷の底には馬車止めや流通のための場所となっており、それから上は宿屋、宿屋、飯屋、宿屋、飯屋、服屋……とにかく訪れた人間のための店が看板を連ねている。
バーンとリアスは無事配達人から受け取った依頼料を持って、岩から削りだしたような無骨な階段を上りながら飯屋を探していた。歩きながらちゃりちゃりとコインを袋から取り出して数えるバーンに、リアスはそわそわして落ち着かない。
「落とすなよ」
「大丈夫だって……あッやべ」
「言ったそばからお前は」
かつーん、と階段を跳ねるコインに、二人は慌ててそれを追いかけた。簡単にすり抜けられるざっくりとした柵のほうへ近づいていくコインは、次の瞬間、ぱん! と軽い音とともに小さな手の中に捕らえられる。
「捕まえた!」
見知らぬ少女が、人懐っこい声で言いながらほっとした顔で彼らを見上げた。二人は階段を降りて少女からコインを受け取りに行く。
「ありがとう、うちのバカがすまない……」
「ごめんなぁ~」
「ううん、下まで落ちなくてよかった。はい、どうぞ」
二人と年もそう変わらないその少女は、そばかすのある肌に赤毛のポニーテール、チェック柄のシャツとジーンズの上にエプロンをつけていた。片腕に下げている空のバスケットを見ても、どうやら冒険者ではないようだ。
「君はここの住民?」
「あ、そうだよ! 私の家はレストランで、今は出前を届けに行ってたの」
彼女が言いながらエプロンの生地のはじをつまむ。そこには共用語で『ご飯屋エリーゼ』と刺繍がされていた。
「私はエリーゼンテミュー。へへ、お父さんが店に私の名前をつけたんだ」
「エリーゼ、オレたちちょうど飯屋を探してたんだ! そこで食わせてもらえないか?」
バーンが言うとエリーゼはぱあっと目を輝かせて「本当⁉」と声高に言った。
「ぜひうちに来て。案内するよ!」
彼女が大歓迎といった感じで二人を先導して歩き始める。案内を受けながら、二人はエリーゼへ自己紹介をした。
「オレはバーナゲート。バーンって呼んでくれ」
「ボクはリアスだ。リアスアラル。この二人で冒険者をしてる」
「冒険者! じゃあ、たくさん食べなきゃね。任せて、うちは冒険者向けの店だから!」
赤い岩の階段を上り終えると、今度は鉄板や木材など様々な素材で作られた通路に切り替わる。岩から突き出るか、内側に埋まるようにして建てられた建物たちは独特な街並みを作っていた。
「ここには依頼があってきたの? それとも、〝開拓〟目的?」
「一応依頼を受けて来たけど、そのあとは、」
「開拓に決まってるだろ、男のロマンだ!」
「あ、えへへ、そっか」
エリーゼにお手本のような愛想笑いをされてしまうのに、リアスは自分の発言じゃないのになにかの責任を感じながら言葉を続けた。
「……ここを拠点に開拓を始めるつもり。だから多分、これからエリーゼには世話になるよ」
「それじゃあ二人もすごく強い冒険者なんだね! 最近、有名なパーティーがどんどんここに来てるらしいし」
「おう! さっきだって、二メートル級のマンティコアをすぐに倒しちまったんだぜ!」
それまで明るく笑っていたエリーゼが、拍子抜けしたような顔をする。
「マンティコア? その、Cランクモンスターだよね?」
失言を察して、エリーゼはあっと声を漏らした。バーンは電源が切れてしまったような顔になるし、リアスも雨に濡れる捨て犬みたいな顔になるから、彼女は「しまったぁ~」とおろおろしながら二人の顔を覗き込む。
「わ、わかんないよ、マンティコアで苦戦しないならもっと強い魔物が出てきても勝てるってことでしょ!」
「でもボクたち、マンティコアと小さい羽のついた魔物を追っ払ってるうちに魔力を使いすぎたし……」
「魔力を使いすぎた⁉ それじゃ早くご飯食べないと!」
エリーゼは急いで二人の後ろに回り、二人の背中を押して進ませようとした。しかし、無気力になった男子二人の体は重く、彼女は全体重を乗せて彼らを一歩一歩進ませる。体が揺れると、ほええ、はええ、とバーンがアホの声を漏らした。
「んんんん~っ! ねぇっ、お願いだから歩いてよ~~~!」
エリーゼと同じ町民だろう人にクスクスと笑われつつ、のそ……のそ……と一歩ずつ歩くのをひゃっぺんかそれ以上繰り返す。ぜえぜえと肩で息をして、エリーゼは不意に二人の前に立った。
「ふう……いらっしゃいませ、ご飯屋エリーゼへ!」
彼女の明るい声のあとに、いらっしゃっせぇー! という声の揃った掛け声が店内から響いてくるのに、バーンとリアスはびっくりして顔を上げた。木材でできた部分と岩肌をくり抜いて作った部分のあるこの街らしい建物の玄関には、『ご飯屋エリーゼ』と書かれた大きな看板がかけられている。
「こほん! 二名様ですね? ご案内いたしまーす!」
『店員モード』というように口調を変えて、エリーゼが正面扉を開いて二人を店の中に招きいれる。店内から漂ってくるおいしそうな……大食らいに効果てきめんな匂いに、バーンがすっかり機嫌を取り戻して相棒の手を引っ張りながら扉をくぐる。
「こちらの席へどうぞ~」
案内されたのは窓際の四人席だ。席に置かれているメニュー表をエリーゼが開いて机に置き、一旦離れるとグラスに水を入れて三人分持ってくる。
「へへへ、私もいまお昼休みなんだ。相席してもいい?」
彼女はいたずらっぽく肩を竦めてにっこりと笑った。
「おう! ついでにうまいメニューも教えてくれ」
「まっかせて~!」
バーンが席を詰めるのに、エリーゼは嬉々としてその隣に座った。そういえば、町民はどちらかというと親世代以上の人が多くって、若者に当たる人間は見かけなかった。冒険者も三人よりもう少し年上の人が多いから、彼女は同年代と出会えることが少ないのかもしれない。
「ボク……なんでもいいから……」
まだしょげ返っているリアスに、エリーゼが「だめだめ!」と立てた人差し指をふりふり怒る。
「冒険者がなにも考えずに食事するなんて、ケガのもとだよ! きちんと自分の戦い方と栄養を考えて食べなきゃ!」
「栄養⁇」
バーンがきょとんとして単語を繰り返すのに、彼女は信じられないものを見たような顔をした。「冒険者なのに栄養のことも知らないの?」「ほかの場所では魔法のことは教わらないの?」「二人とも、ここまでよく来れたね」ととんでもなく切れ味の鋭い発言を心底不思議そうに放つ。しかしこの危険地帯の住民ともなると、自然と最新の危機感や知識が身につくのだろう。
「ボクは本で読んで知ってる……バーンは独学で魔法を身につけたんだ」
リアスが机を見つめながらぼそぼそと答える。エリーゼは彼のことを根に持つタイプだと思った。
「そもそも故郷じゃまともに魔法が使えるほど食えるやつがいなかった。学校は……いい家の子どもじゃないと行くのが難しい。バーンは『炎魔法』しか使いたがらないから、『脂っこいもの』を食えば済むんだ」
リアスが語るのに、彼女は不意にきりりと表情を引き締めた。
「バーン、それじゃ〝開拓〟なんてする前に死んじゃうよ! 私が魔法のことを教えてあげる!」
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