第28話 手段は選ばない

「なんだって!」


 九条が驚きを隠せず、席から立つ。


「ですから、成海瑠美菜も一緒にステージに立たせると言っているのです」


 仁は毅然とした態度で言い放つ。


「やはり貴様は成海瑠美菜の肩を持つのか。知っているだろう。今の成海瑠美菜じゃアイドルとしての価値がない」

「ええ、でもそれは単体での話です」

「なに?」


 九条は席に座り、眉間に皺を寄せる。


「姉妹で売り出しましょう。社長」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。成海瑠美菜は例の計画があってこその価値がある」


 例の計画。

 それは、聖城の言う天国への母のために輝くアイドル。

 それこそ馬鹿馬鹿しい計画だと仁は鼻で笑う。


「そんなことはありません。視点を変えましょう」

「視点だと?」

「いっそのこと、成海瑠美菜の事情を観衆に知らせるのです。病気の母のためにアイドルになる。それも悪くないのでは?」

「…………」


 九条は手を組み、考える。


「納得、できませんか」

「それでは、弱い」

「では、こうしましょう」


 仁は新たな資料を鞄から取り出す。


「なんだそれは」

「事務所の財務資料です」

「なにっ!? どこでそれを」

「それは言えません」


 本当は他行の知り合いから事情を話し、財務資料を受け取った。

 九条のアイドル事務所のメインバンクはその他行にある。

 仁の務める丸壱銀行にはその資料がない。

 法的にはグレー、というかブラックだが、そんなのは仁の知ったことではなかった。


 仁は金を手に入れるためには手段を選ぶ。基本的には。

 例外はある。


 それが、桐生仁のやり方だった。


「なかなか、財務状況が厳しいようで」

「……そんなの、関係ないことだろ」

「いえ、大きく関係あります。成海胡桃を私が担当する以上、そこに所属している事務所についても知らなければなりません」

「こんなこと許されると思うか」

「取引をしましょう」

「なに」

「財務状況を改善するために、我が丸壱銀行が九条アイドル事務所に尽力いたしましょう」

「それは、どういう意味だ?」

「メインバンクから先日、融資を断られたと風のうわさでお聞きしました」

「貴様……」


 九条の顔が怒りで赤くなる。

 仁は融資の謝絶のうわさなんて聞いていない。

 ブラフだ。

 会社の財務資料を見て、賭けで言っただけだ。

 だが、ビンゴだ。


「ですから、その融資をウチの方でやらせていただければと」

「なんだと」


 九条は自分の会社がどれだけ厳しいかをわかっている。

 その中で、融資の提案をされることは予想していなかった。


「そこでお願いがあります。条件として、成海瑠美菜をアイドルとして事務所で雇い、胡桃と共に売り出してください」

「……貴様、若造のくせに俺にそんな提案をしやがるのか」

「成海瑠美菜と胡桃のユニットを組ませていただければ、そこで掛かる費用もこちらで用意します。そして、今の自転車操業の事務所の分も回収できるかと」


 自転車操業。

 借金を返すために借金をし、なんとか会社を維持すること。


 それを仁は財務資料を見て、感づいた。

 いやむしろ、そこに気づかなればバンカーではない。


「その条件を飲めば、本当に融資が通るのか。その確証はあるのか」

「尽力致します。お願い致します」


 仁はソファから立ち上がり、頭を深々と下げる。


「……くっ、わかった。その条件に乗ろう」


 九条は顔を歪ませながら言う。


「ありがとうございます。それでは早速、胡桃と瑠美菜のユニットについて話しあいましょう」


 仁は用意していた資料を鞄から取り出す。

 その様子を見て、九条は舌打ちをする。


「生意気なガキめ」



   ×    ×



 ライブ前の数日に戻る。


「えっ」

「だから、お前がアイドルになるんだよ」

「でも、私、オーディション落ちちゃったし……」

「そんなことはどうでもいい」

「どうでもいいって……」


 瑠美菜は目を細める。


「そのぐらい、俺がどうにかするからどうでもいいってことだ」

「どういうこと?」

「お前を事務所に所属させた」

「えっ! どうやって!?」


 瑠美菜は目を見開き、驚く。

 仁はため息をつく。


「色々だ。そのぐらいバンカーには余裕なんだよ」

「……」


 瑠美菜は押し黙ってしまう。


「お前は、アイドルになるんだ」

「私が、アイドル……」

「実感はないだろうがな、嫌でも実感してもらう。数日後、胡桃のライブがショッピングモールで行われる。そこにお前も出るんだ」

「え、いきなりそんな!」

「やるんだ。それがお前にできることだ。なんでもやるんだろ?」

「でも、踊りとか歌とか全然練習してないし」

「音源や踊りの動画はお前の講師に渡してある。後は気合いでどうにかしろ」

「気合いって……」


 瑠美菜は戸惑うものの、少しずつ嬉しさがでてきた。


「本当に、私がアイドルになれるの?」

「そうだ。俺ができるのはここまでだ。お前が、お前自身を本物のアイドルにしろ」

「……そっか、そうだよね。頑張らなきゃ! 頑張れば、お母さんを救えるんだよね?」

「確証はない。お前の頑張り次第だ」

「わかった! 頑張る!」


 瑠美菜は両手でガッツボーズをとる。

 そう、確証はない。

 胡桃と瑠美菜のふたりで売り出しても、個人株の価値はふたりで1000万にたどり着くのは、正直、厳しい。


 でも、それが、それだけが唯一瑠美菜の夢を叶える方法だった。


「ああ、頑張れよ」


 そして、仁は瑠美菜を送り出す。



 私がアイドルなんだ。

 まだ実感はわかないけど、そうなんだ。

 頑張らなきゃ。


 仁に衝撃な事実を言われた帰り道、瑠美菜は喜びとプレッシャーの両方が織り交ざっていた。


 私が頑張れば、お母さんを救える。

 でももし、失敗すれば、救えない。


「……やってやる」


 瑠美菜は胡桃に連絡する。

 そして決めた。

 ふたりの輝きを届ける。

 ふたりのユニット名。

 ルミナス。



   ×    ×



 ライブが始まり、仁は裏から見守っていた。

 同時に、胡桃と瑠美菜の個人株を出品する。

 どうにか、届いてくれ。

 仁は願い、出品した。


 ライブは順調だった。

 ライブで歌う曲は3曲。

 少ない練習時間で瑠美菜は精一杯頑張った。

 しかし、どうにも胡桃には劣っていた。

 それでも一所懸命に歌って踊る姿は輝いていた。

 

 太陽と月。


 ふたりが合わされば、きっと願いは叶えられる。

 見ている観客には太陽のように輝く胡桃が眩しいだろう。しかしそれだけじゃない。月のように美しく舞う瑠美菜を見て希望を抱く人もいるはずだ。


 少なくとも仁はそう思っていた。

 太陽と月があってこそ、初めて両方の輝きの美しさを実感できるのだ。

 太陽を見て、笑顔になる人もいれば、

 月を見て笑顔になる人もいる。

 胡桃と瑠美菜はふたりでひとつだ。


 歌は3曲目に入った。

 疲れが見え、汗が滴る中、ふたりは精一杯歌って、踊った。

 しかし、それは突然起こった。


「あっ」

「お姉ちゃん!」


 瑠美菜が躓き、転ぶ。そしてそれに反応し、胡桃は瑠美菜に駆け寄る。

 観衆がどよめく中、曲は流れ続ける。

 ふたりの時間は止まっているかのように、動かない。

 仁は駆け出しそうになったが、ぐっと堪えた。


 立ち上がれ。

 お前ならできる。

 諦めるな!


 仁の願いが伝わったのか、なんとか瑠美菜は立ち上がる。

 曲に合わせて再び、歌い、踊る。

 そしてライブは終わった。

 ライブが終わった後、瑠美菜は泣いていた。

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