第29話 希望と絶望のカウントダウン
「見込みはあるの?」
「どうでしょう」
ライブから数日後、仁は霞の家に来ていた。
ライブは無事といっていいかわからないが終えた。
泣いている瑠美菜の顔を思い出す。
「私もSNSで見たけど、瑠美菜ちゃん災難だったね」
「俺がもっと成海に練習する時間を与えられたら……」
「何を言っても後の祭り。見守ろう。それに――」
そう言って、霞はソファから立ち上がり、パソコンを開く。
「反響はだいぶあったみたいだよ」
霞はSNSのページを仁に見せる。
そこには多くのコメントがなされていた。
『ルミナス最高に可愛い!』
『くるみちゃんマジ天使!』
『お姉ちゃんも頑張ってた』
『完璧JSにドジっ子JKとか俺得』
中には意味のわからないコメントもあったが、なんとなく喜ばれているのはわかった。
仁もパソコンを開く。
個人株の出品ページだ。
そこには瑠美菜と胡桃の情報が載ってある。
瑠美菜の事情もそこに記載されていた。
『病の母に届くように、頑張ります!』と瑠美菜のコメントと共に。
「今、実際いくらまでいってるの?」
霞は仁のパソコンを覗き見る。
「ふたり合わせて700万かぁ。すごいっちゃすごいんだけどね……」
「1000万にたどり着くか……」
仁は呟く。
事務所には無理やり、ルミナスを押し出すよう脅している。
巨額の広告費に、ライブの連続。
ライブはあれ以降も何日も行われている。
厳しいスケジュールの中、ふたりは頑張っている。
後、仁にできることは見守ることだけだった。
霞が口を開く。
「リミットは来週までと思って」
「そこが、治療できるリミットってことですね」
どこで得た情報だかわからないが霞の情報は信頼できる。
あと一週間で300万。
厳しいか……。
× ×
一週間後。
仁は自宅でパソコンと睨みあっていた。
その後、ふたりの個人株は900万まで上がっていた。
残りのタイムリミットは――――
1分。
50秒。
40秒。
30秒。
「………………足りなかった。俺には、何もできなかった。救えなかった」
残り100万。あともう少しだったのに。
パソコンの画面を何度見ても900万という数字は変わらない。変わったとしても誤差だ。
変わらない。
結局、俺は人の夢を叶える手伝いができなかった。
あいつの夢は潰えてしまった。俺の無力さで、夢は潰え、あいつの大切な存在を守りきることができなかった。
俺は、何のためにバンカーをやってきたんだ。
「くそがあああ!」
仁は部屋でひとり、叫ぶことしかできなかった。
「あいつは誰よりも頑張ってきただろ! どうして誰よりも頑張ってきた人間が報われないんだよ!」
最初は単なる金目的で近づかれたと思っていた。
しかし、あいつには誰よりも強い思いを持って、勇気を振り絞って俺に近づいてきた。
不器用で才能はないけれど、毎日路上ライブをして、母のために、そして自分の夢を叶えるために必死になって努力してきた。
選考のためにあいつと俺で観覧車に乗った。そこで改めてあいつの強い思いを実感させられた。俺は柄にもなく、他人を応援したいと思った。俺なりに本気で取り組み、そしてあいつなりに全力ですべてをやってきた。諦めず、無茶をしてきた。
それにも関わらず、どうして現実はかくも残酷なんだろうか。
自分よりもくるみちゃんの方が才能があると自覚していた。それでも自分で夢を叶えるために腐らず、全力で走った。
上手くいくと思った。でも結局待っていたのは残酷な現実でしかなかった。
あんな……あんなくだらない計画のせいですべてが失われる。あいつの思いも、あいつの大切な存在も。
諦めず、強い希望と夢があるなら乗り越えられるはずだった。
それでも、どうしても現実を変えることはできなかった。
仁は下唇を強く噛む。鉄の匂いがした。
仁は机に拳を振るう。おいていた眼鏡に拳が当たり、レンズは割れる。手から血が出ている。
手に痛みなんてない。あるのは心の痛みだけだ。
どうしようもない、小さな星の光がただただ遠くに離れてゆき、真っ暗な闇しかない。
いくら手を伸ばしても、小さな星の光には届かない。
どれだけ伸ばしても、眼前にあるのは闇だけ。
伸ばす! 伸ばす! ただただひたすら光があった方へと手を伸ばす。
「頼む! 頼むよ!」
この夢を叶えさせるのが、俺のバンカーとしてやりたかったことのすべてなんだ。
これが俺が本当にやりたかったことなんだ! これが俺の心の底にあるバンカーとしての意地なんだ!
親父とかどうでもいい。金なんてどうでもいい!
ただ、あいつの夢が叶えばそれだけでいいんだ!
何でもいい! 奇跡が起こってくれよ!
俺とあいつのすべてをかけてやってきたんだ!
10秒。
9秒。
8秒。
7秒。
6秒。
5秒。
「あ、ああっ」
時は進む。
4秒。
3秒。
2秒。
1秒。
「奇跡、起これよおおおおお!」
0。
「………………………………終わった」
唇から出る血も、手から流れる血も、ただ残酷に時を感じさせる砂時計の砂のようだった。
時が進まなければ、あと少しでも待ってくれれば、叶ったかもしれないのに。
「くそっ!」
再び、拳を振るう。パソコンの液晶画面に血が飛び散る。
血塗られた画面を見つめる。
1000万。
「………………え」
仁はYシャツの袖でパソコンの液晶画面を拭う。
総株資産『1000万円』
どうなってんだ?
強くパソコンを叩いて壊れてしまったのか……?
仁が戸惑う中、スマホが鳴り出した。
非通知と映されている。
仁は恐る恐るスマホに手を伸ばし、電話を取る。
『やあ』
「?」
どこかで聞いたことがあるような声だった。
しかし、判別できない。
『もう忘れてしまったのかい? 悲しいな。僕だよ。聖城だ』
「っ! 聖城!? どうして俺の電話番号をっ」
『そんなことはどうでもいいことだよ。それより、見せてもらったよ。キミ達の夢の輝きを』
「なんのことだ?」
『まさか、成海瑠美菜をそのままアイドルにし、成海胡桃とユニットを組ませるなんてね。しかもユニット名はルミナス。うん、僕好みだ』
「お前の計画通りにはさせたくなかったんでな。だが結局…………」
『キミは何か勘違いをしてないかい?』
「なんだと」
『たしかに僕の計画はとん挫した。でもね、それでもいいんだ。僕は人の夢の輝きを見ることができれば、あの人に見せられれば、それでいいんだ』
「何を訳の分からないことを言っている」
相変わらずつかめないやつだと仁は眉間に皺を寄せる。
『結局、900万止まりだったね』
「…………満足か?」
『目の前にパソコンがあるんだろう? よく見なよ』
総株資産『1000万円』
さきほど見た光景だ。
幻覚、じゃない?
『神様からのプレゼントだね』
「なに?」
『キミは僕を敵だと思っているみたいだけど、そんなことはどうでもいいんだ。本当に嬉しいよ! キミ達は僕の想像を越え、奇跡をおこしてみせた』
「お前は一体、何がしたいんだ?」
『何度も言っているだろう。夢の輝きがみたい。今回は成海姉妹の奇跡を見せてもらった。ありがとう』
「お前に礼を言われる筋合いはない」
『ははっ、まあいいさ。僕はキミにさらに興味を持った。だから、今後も夢の輝きを見せてもらうよ。そのためには、僕はキミの敵にも味方にもなるよ。それじゃ――』
「おい! まだ話は――」
仁が電話口に叫ぶものの、通話は終了していた。
聖城真白。
結局、意味のわからない人間だった。
それでも1000万は達成された。
あいつは本当に、何がしたかったんだ。
何度もパソコンの画面を見る。幻覚じゃない。1000万に到達している。
届いた。届いたんだ。
あいつの夢が叶うんだ。
「っ、はは、」
仁はソファに倒れ込み、泥のように眠った。
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