第3話

 夢を見ていた。空は星で満ち満ちている。文明の影が存在しないように澄み切っている。柔らかに伸びた草が足に触れた。足元を見れば、全身が目に入る。脱いだはずの上着を着ている。寒さなんて微塵も感じず、ただくすぐったい感触を肌に刻んでいた。

 夢だと分かりながら、辺りを見回す。佇むものが居た。それは炬燵だった。蜜柑が籠に積まれ、側には皮が何枚も置かれている。

 歩を進めると、炬燵に誰か入っているのが見えた。頭を天板に突っ伏し、暖かさに呑まれる人物、それは紛れもなく優空だった。私は側に近寄り、炬燵に潜り込んだ。やはり暑さも感じなかった。ただそれは暖かいものだという感情だけが湧き上がった。彼女の頬に触れた。優しい感じがした。目を覚まさない彼女が愛おしくて、哀しかった。炬燵から逃れ、立ち上がり、ポケットからスマホを取り出す。空の写真を撮った。目が痛くなるほどに煌めく画像は、それでいて虜にする美しさを持っていた。メッセージに写真を送る。時間は表示されていない。場所だってどこか分からない。然し返信だけは来る。皆、星を見ているのだ。感想や写真を送ってくる者が、居た。生活の端々が写真に残っている。確かに存在しているという感じがした。やはり同じ時を過ごしているのだと思えた。こんな夢の中の、知らない世界でも、一様に星を見ている。送られてくる写真たちは、私のものと何ら変わりはない。時間の流れが差異ないものだとは言えないが、等価なものであるとは言える。部屋の隅が見えるもの、珈琲片手に座るもの、草原の上、独りで空を眺めるもの、怠惰に蜜柑を食べながら、窓の先を撮ったもの。全てが等価に時を生きている。行為、年齢、全ての要素に左右されず、ただ時間が存在する。それに不満は一つもない。

 一人返さぬ者が居た。目の前で呑気に寝ている者である。穏やかな寝息を立てながら、髪の毛を天板に擦りうねらせる。彼女から返信はなかった。当然であるが、私と彼女の過ごす時がまるで等価ではなく、同時に別次元で過ごされているようにすら思えた。手を伸ばせば触れ合うことができるのに、彼女は全く別の場所に居た。おかしな話である。

 炬燵の側に座り込む。流れ星が降る瞬間が視界の端に映る。私は眺めるばかりだった。願いを唱える気なんてなかった。夢が覚めるまで、退屈な時を過ごすのみである。蜜柑くらい食べようかと、籠に手を伸ばし、すぐに引っ込めた。彼女はただ気持ちよさそうに眠りについていた。

 目を覚ませば朝だった。初日の出は何時間前に終わったのか、短針は九時を指している。

 スマホには連絡が溜まっていた。幾つもの写真がメッセージ欄に表示される。昨日の夜中に送られたものもあれば、今朝送られたばかりのものもある。時間は同様に過ぎるものだと思っていたが、決してそうとは限らないのかもしれない。スマホの電源を落とし、机の上に置いた。正月はやけに静かである。私は一階に下りた。我が家に台所の休息は存在せず、今新たに作られたばかりの雑煮が机に並べられている。昨日のまま、微かに汚れた感覚のあるまま、初夢を終えた。縁起の良いものは存在しなかった。その上心に靄が残っている。雑煮の味はどんなものであろう。餅はパリパリと音を立てながら、柔らかさを感じ、相反する食感が同時に生きている。然し味は分からない。申し訳ない気がした。楽しそうに会話する二人を羨ましく思った。

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