第4話 魔物を倒したから恋バナしてみる
脳みそがポワポワする。瞼を開けることすら億劫だった。
「あっ……もう石ない」
絶望に満ちたヴェロニカの声が聞こえた。
もう石がないってどういう状況なんだ。気になるのと同時に眠気による脳内を覆っていたモヤモヤが晴れる。
ふぁぁあっと気の抜けるような欠伸を挟んで、目を開く。
私の視界に入ったのは私を守るように戦闘態勢をとっているヴェロニカとその向かいに存在している魔物であった。
キングウルフ。狼を何倍にもデカくしたようなサイズ感。猫がライオンなら狼がキングウルフって感じ。とにもかくにも非常に危険な魔物である。……いや、待て待て待て。危険な魔物である、じゃない。なんだこれ。
「ヴェロニカさん、これどういう状況なんです?」
私には戦っているようにしか見えないのだが。
「起こしちゃった。ごめん」
「いや、それは構わないんですけど。それよりもどういう状況なんです?」
謝罪よりも状況説明が欲しい。
「私には戦っているようにしか見えないんですけど」
「そう。戦ってるの……でも私じゃ倒せない。誰かを助けることはできるけれど、傷付けることは専門外だから」
とりあえずこのキングウルフは私たちを襲う魔物である、ということはわかった。
だがしかし。
「ここって魔物あんまりいないんじゃなかったでしたっけ」
ヴェロニカが言うにはそうであるはずだった。スライムやゴブリンといった弱い魔物であるのならまだしも目の前にいるのはキングウルフというそこそこの強さを誇る魔物である。ヴェロニカの認識が間違っていたのか、それともなにか異変が起こっているのか。
「そのはずなんだけど……じゃなくて。カミリアちゃん。ごめん。起きたなら手伝って」
「すみません。そうですよね」
状況の把握に努めようとし過ぎて、キングウルフを倒すという根本的なことを忘れていた。
火力を引き上げ、魔法を射出する。ぼわっと出てきた炎の玉はキングウルフへ目掛けて飛んでいき、直撃する。キングウルフは一瞬で炎に包まれ、そして焦げ臭さが周囲に漂う。木霊するキングウルフの呻き声。自身に被弾した炎を消そうと、そして痛みに抗おうと、ジタバタ動き、地面を這いずる。だけれど適度に火力を調整したのに加え、キングウルフの毛量の多さが相俟って体を包む炎は消えない。徐々に動きは鈍くなり、やがて動かなくなる。
「相変わらず強いね〜。さすがSランクパーティの魔法使い」
「元、ですよ。元」
今はもうSランクパーティの冒険者ではない。ただの無職。
「にしても、なんでここにキングウルフがいるんだろう? しかも一匹だけ。群れで行動してるはずなのに」
「やっぱりおかしいですよね」
「おかしい。おかしいよ。明らかに異常。ただ他になにかいるような気配はないし、偶々はぐれたキングウルフがここまで彷徨ってきちゃった……と考えるのが妥当なところかなぁとは思うよ」
異常性を指摘しつつも、冷静にありえるであろう可能性を分析している。さすがヴェロニカだ。私が好きになった相手なだけある。そういう冷静沈着なところも好き。
「というわけだから、カミリアちゃんまた寝てて良いよ」
「そう言われましても……」
さっきの戦闘で完全に目が覚めてしまった。魔法を使って興奮状態になってしまったのだ。今はい寝てどうぞと言われても中々寝付けない。
「いや、私さっき寝てましたし、今度はヴェロニカさんが寝て良いですよ」
「私は良いかな。眠くないし。ほら、カミリアちゃん。寝る子は育つって言うでしょ?」
「だから寝ないと……ってことですか」
「そうそう」
「私、もうそういう年齢ではないんですけど。もう色々と成長止まってるんで」
身長もこの胸も。成長見込みはない。あるのは体重だけ。なんとまぁ世知辛い。
「それに私も眠くないので」
「奇遇だね」
「戦闘するだけしてすぐに眠れるのはある意味才能だと思いますよ」
普通は戦闘後に眠くなんてならない。
「それじゃあお話でもしようか」
「お話……ですか?」
「うん。明るくなるまでここを出発できないし、時間潰しのためのお話」
彼女はぐーっと背を伸ばしてから、つかつかと焚き火の方へと向かう。焚き火の近くまで歩くとしゃがんで暖を取る。
「どう? 親睦を深めようよ。せっかくできた時間だし」
こてんと首を傾げる。
「じゃあしましょう」
断る理由はなかった。むしろヴェロニカとお話なんて大歓迎。
「じゃあカミリアちゃん。こっちおいで」
ひょいひょいと手招きをする。
「わかりました」
彼女の元へ向かう。
とんとんと隣を叩く。じーっと叩かれた地面を見つめる。それからゆっくりと視線を上へ持っていく。不思議そうな表情を浮かべているヴェロニカと目が合った。
「なんでずっと立ってるの? 座りなよ。ほら、ここ」
またとんとんと叩く。
どうやら座れ、のジェスチャーだったらしい。
こくりと頷き、隣に座る。するとヴェロニカは肩をごつんとぶつけてきた。そのまま頭もこつんとぶつけてきて。びっくりして硬直する。緊張した。
「同じパーティだったのに私カミリアちゃんのことよく知らないな〜って思ったんだよね。だから教えてよ。カミリアちゃんのこと」
「教えるってなにをですか……」
いざそう言われるとなにを話せば良いのかわからなくなる。
「うーん、そうだなぁ。じゃあカミリアちゃんの好きな人とかは? あ、もちろん。恋愛的な意味で好きな人だよ?」
なにを話そうか必死こいて考えていると、見かねたヴェロニカが話題を提供してくれた。話題を提供してくれたこと。それ自体は非常にありがたいわけだが、まさかの恋バナだった。
「……」
もちろんヴェロニカが好きだとは言えるわけもなく……ってそりゃそうだ。本人に好きって言うのはそれはもう告白だもん。
「私だってこう見えても乙女なんですからね。恋の一つや二つ、しますよ」
どうしようもなくて、抽象的に話を広げる。
「こう見えてって……カミリアちゃんは女の子女の子してるし、可愛いし、恋してそうだなぁ〜とは思ってたよ」
「かっ、かわ、かわわわわ、可愛い……」
「だってこーんなにも可愛いんだもん。可愛いに決まってんじゃん」
ヴェロニカは私の頬をむにーっと優しく摘む。
「そういうヴェロニカさんはしてるんですか? 恋」
「聞いちゃう?」
「聞いちゃいます。だって気になりますもん」
チャンスだと思った。ヴェロニカに好きな人がいるのかどうか聞く絶好のチャンス。ピンチをチャンスに変えてこそ一流の冒険者というものだ。
「気になるかぁ、そっかぁ」
「はい」
頷くと、彼女は真剣に考え始めた。
質問内容は好きな人がいるか否か、である。そんなに難しい質問であるとは思えない。少なくとも眉間に皺を寄せて考えるようなものではない。
「……秘密」
人差し指を唇に押し当てて、ふふっと笑う。
「酷くないですか。私だけ言っちゃってずるしいじゃないですか」
「あーあーあー聞こえない聞こえない、聞こえませーん」
耳を塞いでキャッキャウフフする。
むくーっと頬を膨らまし、不満をアピールするけれど。同時にわけわかんないくらい幸せを感じていた。
夜はあけ、朝がやってくる。私の心も、空も。
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