第2話 野宿をしてみる

 「じゃあ行こうか」


 ヴェロニカはそう言ってまた歩き出す。街中をすたすたと。

 とりあえず彼女を追いかけてきただけで、私は彼女がどこへ向かっているのか、なにをしようとしているのか、なんにも知らなかった。改めてどんだけ私必死なんだよと、苦笑する。でも好きな人といるためならこれくらい誰だってする。……するよね。私だけじゃないはず。


 「どこにです?」


 置いてかれないように石畳を蹴り飛ばしながら小走りでヴェロニカの間に生まれた距離を埋める。そして近付いたところで聞かないわけにはいかないなと思って、とりあえず声をかけてみる。


 「そりゃ、私たちのことを知ってる人が少ないようなどこか遠くへだよ」


 大雑把な答えであった。

 隣に並んで歩きながらそれは結局どこなんだろうかと考えてみるのだけれど、答えは上手く出てこない。道端に落ちている石ころをぽーんっと蹴飛ばす。ころころ転がった石ころは回転するごとに勢いを落とす。やがて転がらなくなる。私の思考も徐々に停滞していく。わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、とどんどんわからないが積み上がっていく。思考回路は完全に大渋滞を引き起こし、考えることをやめた。

 ぼーっとしていると。


 「よくわかってない顔だね」


 ヴェロニカは私の横顔を見てくすくす笑う。それからぽーんっと私がさっき蹴飛ばした石ころを蹴飛ばす。パスしたつもりはなかったのだが、結果としてバトンが繋がった。


 「はい……」


 見透かされた私は少しだけ嘘を吐いてそんなきとないですよ、と見栄を張るこど考えたのだが見栄を張ってもなんにもいいことないなという当たり前すぎることに気付いたので自重した。


 「素直でえらい」


 褒められた。頭を撫でられた。くしゃくしゃっと髪の毛を乱された。他の人にやられたら心底嫌だし、多分その人のこと嫌いになるような気さえする。というか絶対に嫌いになる。てもヴェロニカに頭を撫でられ髪の毛を乱されるのは鬱陶しさよりも嬉しさが勝る。というか、そもそも好きな人にスキンシップをとられる。それだかで嬉しい。私の中にある好き好きゲージがうなぎ登りになる。


 「素直だから教えてあげよう……って言いたいところなんだけどね〜」


 転がっていた石はがつんっと砂利サイズの石とぶつかって転がる軌道が変わり、そのまま吸い込まれるように側溝へと落っこちた。


 「残念ながら私にもわからないんだよ」

 「私にもわからない……というのは、たまり……?」

 「どこに行くのか私もわかってないの」

 「え、それって……」

 「今私たちがしなきゃいけないのは、あのリーダーの影響下から逃げること。細々と私たちが活動していたとしても、きっとあの人は……邪魔してくる」


 それはそうだなと思う。あの人は自分の気に食わないことは無理にでも潰そうとする。


 「だから私自身知らないような街にいかなきゃいけないの」

 「な、なるほど」

 「だから……どこに行くかって聞かれたら、私たちのことを知っている人がいないような遠くへ……って答えになるんだよ」


 納得できた。たしかにそういう答えにならざるを得ない。


 「南へ。ずっと南へ」

 「南……へ」

 「そう、南へ。ずっと南へ行けばきっと誰も私たちのことを知らないところに辿り着けるはず……だから」


 私たちは歩き続けた。日が暮れるその時まで。


◆◇◆◇◆◇


 「日も落ちちゃったし、今日はこの辺りで野宿だね」


 パーティの拠点があった街からしばらく歩いた。山の方へ向かって歩いているということもあって、歩けば歩くほど景色はどんどんと自然豊かになっていった。すれ違っていた人たちは徐々に姿を消し、並んでいた建屋は木々に変わっていく。舗装されていた石畳も気付けば未舗装の道になっていた。

 周りにはなにもない。あるのは自然だけ。どこかに宿泊するという選択肢はない。宿泊施設がなにからしょうがない。

 故に野宿しか選ぶことができなかった。


 「わ、わかりました」


 受け入れざるを得ない状況なので、承諾する。内心は嫌だなぁと思うのだけれど、でもこれくらいヴェロニカに着いてきた時点で覚悟できていた。それにワガママ言ってヴェロニカに嫌われたくなかった。


 「それじゃあまずは火を焚こう。燃やせそうな乾燥している枝とか葉っぱを探して集めて……って、ちょっと待って」

 「はい?」

 「カミリアちゃんってもしかして野宿未経験?」


 ハッとした様子で訊ねてくる。


 「ないですね」

 「やっぱり……そっか。ごめんね。配慮が足りなかったよ」

 「いやいや大丈夫です。気にしないでください。謝らないでください」


 謝罪されるようなことでは間違いなくなかった。優しすぎる。


 「ありがとうね。でもそっかー。したことないんだ。野宿」

 「はい。今まで冒険してきた時は日帰りか、宿に泊まってたので」


 あのSランクパーティに所属する前は実家から日帰りできる範囲の依頼ばかり受けていたから野宿する機会なんてなかったし、パーティに加わってから野宿しなくて済むよう宿の位置を調べ綿密に計画を立てて依頼を受けていたから。


 「そっな。そうだよね。それじゃあ、野宿の先輩である私がカミリアちゃんに手取り足取り教えてあげちゃうよ」


 と、なんだか妖艶さを覚える口調と共に笑みを見せた。






 乾燥した枝や葉を集め、炎の魔法を放つ。そうするとボワッと火がついて、めらめら燃える。


 「前から思ってたけど、戦闘系の魔法は便利だね〜」


 バチッバチッと焚き火の弾ける音を掻き消すようにヴェロニカは褒めてくれる。素直に嬉して、えへえへえへへと気持ち悪すぎる反応をしてしまう。それなのに彼女は気持ち悪いと馬鹿にするのではなくて、苦笑しながら流してくれる。


 「私が一人で修行旅してた時は、火打石で火花出して、燃えろ燃えろって祈ってたんだよ。それのなのにカミリアちゃんは余裕そうに一発で燃やしちゃうんだから。凄いね」


 改めて褒めてくれる。そして掻き集めた沢山の乾燥した枝を焚き火に投げ入れる。

 ふと冷たい風が頬を撫でる。寒くて、ぶるりと震える。日中はそんなに寒くないのに、日が落ちると途端に寒くなる。これが野宿の脅威……と、勝手に感心し、畏怖する。


 「寒い? こうすると寒くなくなるよ」


 焚き火を挟んだ向かいにいるヴェロニカは焚き火に向けて手を伸ばす。私も真似をするように焚き火へ手を出してみる。焚き火から発される熱が手のひらに伝わる。じわじわとその熱が全身へ侵食していく。寒くて冷たかった身体は徐々にポカポカしてくる。


 「本当ですね」


 身体だけじゃなくて心もぽかぽかしてくる。不思議だ。


 焚き火と星空を眺めながら、ヴェロニカから野宿の極意を教えてもらう。なんか色々教えてもらえた。野宿の極意と言っていたけれど、多分ただのライフハックである。普通に生きていく上でも使えそうなことばかりであった。例えばそこに生えてる雑草みたいな草は食べられるとか、カエルを焼くと鶏肉みたいでいけるとか、焚き火は適宜枝を追加しないと消えちゃうから注意するとか、雨が降った時は焚き火の種の上に枝で屋根のようなものを作ると火を焚かすことができる……とか。あれ、どれも普通に生きていく上で使わないな。まぁいいや。

 とにもかくにもそれを語らってくれるヴェロニカはとても楽しそうだった。話はへ〜と思うくらいで、きっと明日には八割くらい忘れているのだろうと思う。好きな人がカエル食べたことあるってのはインパクトが強すぎてさすがに忘れないけど。他はどうだろうね。


 「で、これが一番大事」


 と、真剣な眼差しを向けられた。焚き火を挟んでいることもあって、迫力がすごい。


 「これが一番大事……」


 なんとなくオウム返しをする。意図は特にない。反射的にしてしまっただけ。


 「そう。寝る時は交代で見張りをすること」

 「なんでです?」

 「だってここは外だよ。人里近いから魔物が襲ってくる……ってことは無いと思って良いと思うけれど、油断禁物。全く魔物が生息していないわけじゃないし、魔物じゃなくても悪いことを考える人間に襲われる可能性だってある。だから見張りが必要なの」


 それもそうか。なにも警戒せずに眠るとかお腹を空かせた魔物からも、金目を狙う極悪人からも良いカモだ。


 「というわけで、朝になるまで休息タイム。初野宿でもう凄い疲れるだろうし、カミリアちゃんから先に寝て良いよ」

 「え、いや、ヴェロニカさんから先に……」


 疲れていない。そういえば嘘になる。

 なんならヴェロニカの言う通り心身ともに疲労がある。だけれど、私以上にヴェロニカの方が精神的に疲れているはずだった。私はあくまでも自分自身であのパーティから抜け出してきた。でもヴェロニカは違う。自分の意思ではない。外的要因。突然追放されたのだ。あの時も今も飄々としていて、まるでなにも気にしていない。そんな風を装っているけれど、どんな人間であれ、どれだけメンタルが強い人間であれ、ダメージを一切負わない。そんなわけないと私は思う。弱いところを見せたくないだけなのか、それとも心配かけさせたくないという気遣いからなのか。真意はわからない。


 「私は大丈夫なので、ヴェロニカさんが先に。私、強いですから。安心して休んでください」

 「……そこまで言うのなら。お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 怪訝そうな眼差しを向かいからじーっと向けられていたのだが、勢いでゴリ推して、屈させた。彼女は立ち上がってグーッと背を伸ばす。ふぅと息を吐くその表情には疲れが一瞬出ていた。

 あの時彼女は間違いなく崖から突き落とされたような気分だったはず。自分の価値も、信念も、職業も。存在意義でさえも。すべてをあのリーダーに否定されたのだ。一々悲しくないんですかとか聞くのは野暮なので聞かないけれど。

 だからゆっくり休んで欲しいと思う。焚き火があるとはいえ外だし冷たい風は時折吹くから寒いしし、ベッドがないから身体はギシギシになっちゃうし、疲れをゼロにするというのは難しいかもしれないけれど。少しでも減らせるようにと願う。


 ……。


 願った。願った。願ったよ? ヴェロニカがゆっくり心置きなく休めるように私ができることはやろうと思ったよ。だから先に寝てって提案……というかゴリ押ししたし。でも、だけれど。


 「ヴェロニカ……さん、あの、その、なにを……」

 「なにって……膝枕だよ?」


 てへっと笑いながら、私の太ももに頭を預けている。「んー」という甘い声を出す。少し頭を動かすと天使を彷彿とさせるような銀色の髪の毛が私の皮膚をちくちく刺す。擽ったくて、でもそれが本当に今ヴェロニカが……私のその、好きな……好きな人が膝枕をしているという現実を教えてくれる刺激にもなっていて。

 あーてか、もう。いやほんと。もう、な、なんで。なんで私、好きな人を膝枕してんの! やば、これもしかしたら夢なのかも……。

 頬をむにーっとつまむとしっかりと痛みがある。どうやら夢ではないらしい。


 「やばぁ、私……嬉死するかもぉ」


 幸せすぎて、昇天しそうだった。

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