第1話 パーティ組もっか
「でもカミリアちゃん?」
歩みを止めた。つられて私も足を止める。横に並んだ。かと思えば、ヴェロニカはつかつかと刻むように細かく足を動かし、私の前に回り込む。それから顔を覗き込む。
ヴェロニカに下から見上げられるのは新鮮だった。今までこんなことなかった。パーティメンバーだったとはいえ、聖女という職種も相俟って、ヴェロニカは神聖なものであり、遠くで眺めていれば良いと思っていたから、積極的に関わろうと思っていなかったし、行動もしてこなかった。だからこの距離感は初めてで、恋する乙女みたいにドキドキしてしまう。って、恋する乙女なんだけれども。
「……なっ、なんですか」
動揺していた。目を逸らし、真っ赤になっているであろう顔を隠すように天を見上げる。
パーティに居る時では考えられないようなシチュエーション。妄想では何度も経験してきた。こうやって顔を近付けて見つめ合うとか。言葉を交わさずに通じ合って、熱い口づけをかわすとか。……。あーもう、あーもう。ダメダメ。とにかく、こんな状況パーティに居る的には妄想の世界でしかありえないことだった。それが現実世界で引き起こされている。そりゃ動揺するし、頬に熱も帯びる。
「本当にそれでよいの?」
「というのは?」
「あのリーダーが気に食わない……というのはわからないとは言わないけれどね。やっぱり人生設計を考えた時に、短絡的にSランクパーティから抜ける……っていうのはどうなのかな、と」
「ヴェロニカさん……」
「私はね、カミリアちゃんにこんなことで人生を棒に振って欲しくないの。あの人のことだから、自主的に抜けたカミリアちゃんのことも悪く言ってるだろうし」
「……」
それは大丈夫ですよ! そう啖呵をきりたかった。きれれば良かった。できなかった。
「今からならまだ間に合うよ。私が脅して脱退させただけだってことにすれば、きっと元に戻れる。きっとカミリアちゃんを庇ってくれる人だっている。あのパーティ全員が全員悪人ってわけじゃないしね」
提案してくれたことはとてもありがたい。将来的なことを考えるのなら、ここで感情的になってこのパーティを抜けるなんて絶対に間違っている。だってこのまま普通に魔法使いとして生きていくのなら人生安泰だったのだから。富も名誉も手に入れることができる。なんなら上手くやれば冒険者引退後もギルドに登用されて、権力さえ得られるかもしれない。
上級国民へのフリーパスを手に入れたようなものだった。
だけれど私はそれを破り捨てた。破り捨てたと自覚した上で、それでもはっきりと言える。
今の選択に後悔はないと。例えそれが失敗だったとして、破滅の道に進むとしても。
だって私にとって富よりも名声よりも、明るい未来よりも、今、好きな人と一緒にいること。それがなによりも大事であった。
「それでも私はヴェロニカさんと一緒に行きます」
「……」
ヴェロニカは黙って私のことをじーっと見つめる。また恥ずかしくなって目を逸らそうとする。だが、それを彼女は許してくれない。両手で私の頬を挟み、むぎゅっと顔を固定する。
色々と恥ずかしくして死にそうになっていると彼女はゆっくりと手を離す。そしてニコッと柔らかい笑顔を見せてくれた。
「本気なんだね」
「もちろんです。私はいつだって本気ですよ」
「うんうん、そうだね。いつも真剣に戦ってたね」
うんうんと何度も頷く。
ヴェロニカにとって私はパーティにいる便利なやつ、くらいの認識だと思っていた。実際リーダーには戦闘で役立つ便利なやつくらいにしか思われていなかったはず。だから私のことちゃんと見てくれているだという嬉しさでどうにかなっちゃいそうだった。
「じゃあさっきの話」
「さっきの……」
「パーティ組もうかって話」
「あ、はい!」
「じゃあ、カミリアちゃん。改めてになっちゃうけれど。今度は私から……。カミリアちゃん、パーティ組もっか」
ヴェロニカは手を差し出す。握手を求められている。
私は自覚できるほどににまーっと口角を上げた。いや、意識して上げたんじゃない。無意識のうちに上がった。勝手に上がった。
「もちろんです!」
嬉しくて、本当にただただ嬉しくて、私は思いっきり握手する。
あまりにも勢いが強くて、ぱちーんっというおおよそ握手で鳴らして良いはずのない音が響く。音が鼓膜を響かせてから、遅れてじんわりと痛みが走る。
「あはは、元気だ。よろしくね? カミリアちゃん」
「はい、お願いします!」
「気を遣わせてるんだったら……その、ごめんね?」
「ヴェロニカさん。違います。私、ヴェロニカで良いやって誘ってるわけじゃないんです。私、ヴェロニカさんが良いんです!」
「え、あ、うん……そっか。よ、よろしく……ね?」
興奮しすぎて、詰め寄りすぎてしまった。ヴェロニカをドン引きさせてしまった。
やっぱりパーティ組むのやめようとか言われちゃうかも……。
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