あこがれた背中

ゆる弥

あこがれた背中

 目の前は火の海。周りの人達は悲鳴をあげながら逃げ惑い、女子供も関係なく押しのけて行く。


 焦げた匂いの中になにか不快な匂いも混じっていて、それが何の匂いなのかは理解できない。


 壊れた家の瓦礫には助けを求める女性がいる。だが、それも束の間のこと。巨大な鋭い爪を生やした足に踏み潰された。


 その足には赤い鱗が敷き詰められ、身体中を覆っている。手にも鋭い爪がギラつき、獰猛な牙を見せつけながら炎を吐き出している。


「なに……これ?」


 目の前に牙を向けられても、体は金縛りにあったように動けない。頭は恐怖に支配されて真っ黒。何も考えられる余裕はない。


 大きく縦に開いた牙は、自分の死を理解させるのには十分だった。


 何かわからない物に食われる。それだけは理解出来た。


 死んだ。


 そう思った時、風が吹いた。

 目の前には大きな背中。振るわれた大剣は、大きな牙の奴を受け止めていた。


「ぼうず! 大丈夫か!?」


 僕はコクリと頷くことしか出来なかった。生きていてよかった。安堵から崩れ落ち、泣きじゃくった。


「もう大丈夫だぞ! 俺様が来たからには、もう安心よぉ! さぁ、凪断なたんよ! 切り裂け! 剛風羅ごぶら!」


 大上段に構えたその大剣は、赤いソイツの頭を一瞬で真っ二つ。


◇◆◇


 俺は、その時の背中を追って冒険者になった。そして、先日Aランクとなったのだ。まだ、あの時の冒険者には会ったことは無い。


 というか、探してもいなかったのだ。もしかしたら、もう国を出たのかもしれない。


 あの時の礼を言いたかったのだけど、そう上手くいかないものだ。


「ようやくAランクだな! シン!」


 ギルドの廃れた酒場で祝杯を上げていた俺たち。盾持ちのガンバがグーを差し出す。同じく差し出しグータッチ。これはいつもの俺たちの挨拶だ。


「明後日、早速グンガラオンを借りに行く」


 そう俺が宣言すると、パーティメンバーが神妙な面持ちで頷いた。Aランクの中でも比較的弱い部類に入る、腕と足の関節部分にある鋼の刃が特徴的な魔獣だ。俺たちなら何とかなるはず。


「大丈夫かなぁ」


 魔法使いのチナが少し怪訝な顔で告げた。不安はみんなある。


「不安もあるけど、狩って弾みをつけようぜ! アッシたちならやれるさ!」


 盗賊のゼンが酒を掲げながら活気をもたらしてくれる。俺たちはそれに応えるように酒を掲げた。


◇◆◇

 

 もう少しでグンガラオンが倒せるというところまで来た。後は、もう少し弱らせてトドメを指す。


 不意に視界が暗闇に覆われた。

 一瞬パニックになる。


 なんだ?

 何が起きた?


 上から訪れた圧倒的な敵意。ソイツは俺達の獲物を食い散らかし。血塗れの口をこちらへ向けた。


「キャー! なんでガーレッドドラゴンがいるの!?」


 チナが叫ぶ。

 俺の脳内には過去の映像が流れている。


 身体が震える。あの時の恐怖が蘇ってきた。剣を握る手が震えている。


 振りかぶった腕が俺へと振り下ろされた。

 鈍い音を立てて何かに防がれた。


「シン! しっかりしろ!」


 頭がようやく起動した。


 俺は強くなった!

 あの時の俺じゃない!

 動けぇぇぇ!


「はぁぁぁぁあぁぁあ!」


 背中に背負っていた大剣を振り下ろす。

 甲高い音が鳴り弾かれる。

 生半可な攻撃ではこのドラゴンには通らない。


 それは、あの時の記憶が物語っている。


 ドラゴンはSランクの魔物。

 AとSの差は圧倒的。


「クッソッ! 俺が前に出る! チナ! デカイの頼む!」


 再び振り下ろされた爪を大剣を横にして受け止める。パワーが凄まじく、押されていく。


 なんとか踏みとどまるが、急に押していた手がなくなりツンのめってしまう。そこを狙っていたようだ。


 くるりと回るとしなったシッポが振るわれた。


「がぁぁぁぁ!」


 圧倒的な力で全員が吹き飛ばされた。

 左腕が持っていかれた。

 もう感覚がない。


 左目の頭の血が流れこんで見えない状態だ。


 こんな所で追われるかよ。

 ふざけんな!


「うおぉぉぉぉ!」


 何とか立ち上がって駆ける。片手で大剣を振るった。

 勢いをつけて振るわれた大剣は油断していたがーレッドドラゴンの片腕を切り飛ばした。


「グルルルルアアア!」


 身を捩り苦しんでいるように見えるドラゴン。


「よしっ」


 喜んだのも束の間。

 またクルリを身を捻った。

 来る!


 大剣を体の前に入れたが、耐えられなかった。

 剣ごと吹き飛ばれた。

 剣はもうどこに行ったかわからない。


 気を失っているチナの元へと歩き出したドラゴン。

 俺には嘲笑って居るように見えた。

 行かせねぇ。


 足を引きずりながら、ドラゴンの前へと回り込む。


「はぁ。行かせねぇ。かかってこいゴラァ!」


 口を開けたドラゴンは鼻息を吐いて俺の頭を……。


「助太刀に来た! 大丈夫か!?」


 これは、幻だろうか。

 いつか見た背中が俺の目の前にある。


「俺様が来たからには、もう安心よぉ! さぁ、凪断なたんよ! コイツを切り裂け! 剛風羅ごぶら!」


 圧倒的な剣気を纏った大剣はガーレットドラゴンの体躯を分かち、一瞬で葬り去った。


 その人の肩には翼の刻印が。


「なんだよ。分かってれば……兵士になったのに……」


 その刻印はこの国、グイン王国の物だったのだ。刻印を掲げているということは、国の兵士だということ。


 あこがれの背中は、国の兵士だったみたいだ。いくら冒険者ギルドを探してもいないわけだ。


「なんか言ったか? あんた、根性あるな。一緒に国を守らないか?」


 俺は、ようやくあこがれの背中を見つけた。

 ずっと追ってきた背中。

 これからは、傍で追いたい。

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