第6話 山の異変





「この道、荒れすぎ」


 先頭を歩いていたシャオーネは、目の前に広がる鬱蒼とした山道に対して愚痴を吐いた。


「本当に大丈夫なの? これ」


 少し奥へと進めば、もはや獣道ですらない。草が生い茂り、木々が雑多に立ち並ぶ、急な傾斜があった。


「迷わない?」


「大丈夫です。……多分」


「たぶん?」


「ウイウイノ山脈が右手に見えてる間は、迷うことはないでしょう」


 シャオーネは、言われて右の方を向く。


 そこには、鬱蒼とした木々が立ち並んでいるだけであった。強いて言えば、木々の隙間から青い空がのぞいている程度である。山脈のかけらも見えない。


「見えたらいいな」


「いざとなれば、木を登ればわかります」


「誰が?」


「……ここは交代制、ということで一つ」


「……はぁ」


 ミレナって時々、どこか抜けてる時あるよね。などと考えているシャオーネだが、自らが人のことを言えないことを自覚しているのである。タチが悪い。


「木を登ったせいで、変なのがやってこなきゃいいけど……」


 シャオーネの脳内では、今朝のことが思い出された────



「へぇ〜、狩人だったんですか」


 宿屋でたむろしていたあのがたい男たちは、れっきとした狩人だった。


「まぁ、ね。これでも高級鳥なんだよ」


 朗らかな笑みで答えるのは、鍵を渡してくれたおじさんである。確かに、よく見てみると粗野ではない、ような気もする。


 と、口にしたら怒られても仕方のないようなことを考えるシャオーネ。


「この森では、ランツっていう、小さいリスみたいな奴がいるんだ。そいつらを捕まえることが俺たちの仕事ってわけだ。まぁ、それだけじゃないんだが」


「それだけじゃない、とは?」


「いやぁ、そればっかはね。教えたら、どうなることか」


「えぇ、そんな重要なんですか?」


「そうなんだよねぇ」


 誇らしげに、ニコニコと笑っている。


「へ〜」


 これ以上何か言っても聞き出せないだろうな、とシャオーネは見切りをつけた。その時、


「あぁ、言い忘れていた」


「……?」


「君たちは、これからあの山に入るんだろう?」


「そうですが……」


「やっぱり、そうだよねぇ。ちょっと今はおすすめできないんだよねぇ」


「なぜ?」


「うん、ちょっと前から、ここら辺の魔物たちが騒がしいんだ」


「騒がしい、ですか?」


「あぁ、なにか、山の奥で何かがあったらしい」


「具体的には?」


 聞き捨てならない、とミレナが身を乗り出す。


「さぁな。まぁ、おおかたどこぞのはぐれた魔物か何かがいるんだろうな」


「あなたたちはどうしているんですか?」


「あぁ、俺たちは山奥にはいかないことにしてる。山の近場でできる仕事だけに限定してやりくりしてる、ってのが現状だ。まぁ、効率が悪いだけで、できないわけじゃないからな。とは言え、山奥に行ってないから、ほとんどの奴らが暇になるんだが」


「そう、ですか」


「おう。現に、今ここにいる奴らで、全員なんだぞ」


 シャオーネは、周りを見渡してみる。全ての席に2〜3名ほどが座っており、皆一様にして酒か何かを飲んでいる。


「まぁ、これから大半の奴は眠るんだが」


「は、はぁ」


「ん? あぁ、今やってる仕事だと、夜の作業が大半だからな。昼夜逆転の生活さ」


 なははは、と笑う男。


 とてもではないが、笑えないと感じるのシャオーネとミレナ。夜の山で作業なんて、それが近場であったとしても想像したくないと思ったのだ。


「では、山の中に入らないほうがいいのですか?」


「う〜ん。なんとも言えないな。少なくとも、おすすめはできないな。なにせ、原因はよくわかってない。ただ、この山の生態系が今とても流動的になってるってのは本当だ。だから、俺たちも今森の中がどうなっているのか、想像ができないってのが正直なところだ」


 これ、本格的にヤバいやつでは? ミレナはそう思わざるおえなかった。


 対してシャオーネは『まぁ、大丈夫でしょう』とたかを括っていた。


「ところで、君たちは山を登るつもりなら、一応覚悟はしておいたほうがいいと思うよ」


 迂闊に入ると、死ぬかもしれないしね。とそう付け加えて、男は朗らかに笑った。



 ──そして現在。


「静か、ですね」


 ミレナは山の現状をそのように評した。そしてまた、シャオーネもこの意見に賛成であった。


 なにしろ、まったく鳥の声が聞こえないのである。


 音と呼べるのは、風で揺れた木の葉の擦れる音と、シャオーネとミレナの足音、ただそれだけである。


「ちょっと、急いだほうがいいかな?」


「……急いだ場合、どうしても足音が大きくなるので、あまりお勧めできませんね」


「あぁ、確かに、それもそうか」


 こいつは、本当、なんでに冒険者になったのか、とミレナはシャオーネを見つめる。しかし、そこにはシャオーネの呑気な顔があるだけだった。


「けれど、少し急いだほうがいいかもしれませんね」


 少し足を早める。駆け足気味に、けれど足音が大きくなりすぎないように気をつけて。


 ミレナが足を早めたことで、シャオーネも、それに釣られて早足になる。


「はぁ、私が疲れない程度でお願い」


 弱音、とも取れる言葉をこぼすシャオーネ。


 呆れてものも言えないミレナ。そのまま無言で、スピードを上げた。


 それを見たシャオーネは、面倒臭いやつ、とげんなりした顔をする。それでも、おいていかれるわけにはいかない。


「はぁ……」


 ため息をつくも、急いで後を追う。


 なんとも、グダグダな、二人旅である。



 それから、太陽が空のてっぺんにあるころ、二人はようやく山頂へと辿り着いていた。


 木々はなく、ゴツゴツとした岩と少しの雑草。あたりを見渡せば、昨日出てきた街が、遠くに見える。


「そろそろ、立入禁止区域に着きます」


「ここからが大変なんだけどね」


 全くもってその通りであると、ミレナは頷かずにはいられなかった。そしてまた、お前が言い出したんだけどな、とも思った。


「それで、どうするんですか? いつまでも景色を見ているわけにもいかないと思うのですが」


「そうだね。やっぱ、立入禁止区域の奥に遺跡があると思うんだよね」


「それはいたって普通の考えだと思いますが」


「けど、裏を書いて近場にあるってのも否定できないんだよね」


「……はぁ?」


「それで、だけどね。この崖の下あたりから立入禁止区域だったから、ここを降りたら遺跡が見つかる、かもしれないよ」


 ミレナは、思わず崖の下を見つめる。


 ゴツゴツとした断崖絶壁の崖があり、その下に緩い傾斜を挟んで、木々の生えた森、視線を地平線へと移動させれば、ウイウイノ山脈が見える。立入禁止区域は、この崖の下からウイウイノ山脈までの間。あまりの広大さゆえに、人々がこの奥へと入ることはほとんどない。


 また、ウイウイノ山脈が、強大な魔物が跋扈すると言うことは、歴史にも記されている。わざわざそのような場所を開拓する技術を、現代の文明は持っていない。


 それゆえに、ミレナは思うのだ。


「そんな都合よく行きますかねぇ」


 と。


 そうは言っても、今のところ二人にこれといった指針があるわけでもなかった。なので、ひとまずはシャオーネの言葉通りに崖の下へ降りよう、と言う方向で話は決着した。


 できるだけ早く、と言うことで道を逸れて急斜面を歩いて降りていく。


 時折、元来た方角を確かめながら、間違えてしまわないよう、二人は降りていった。


 岩場から、なだらかな傾斜に入る。


 乾燥した肌色の土が、まるで砂漠のように足を取る。


「それで、遺跡はありませんでしたが、どう思いましたか?」


「……まだ傾斜を降ってるんだから、崖の下にはカウントしないとおもうのだけど」


「そうですか?」


「そうよ」


「誰がそのように決めたのですか?」


「もちろん、私がき」


「?」


 シャオーネが、唐突に、崖を振り返った。


 つられるようにして、ミレナもシャオーネの視線を追う。


 それは、二人の頭上にいた。


 あまりの巨体。


 ゆっくりと、それは崖から飛び降りてきていた。


 影が、二人を通り越す。


 ──そして、轟音。


 振り返った二人の目の前で、ゆうゆうと立ち上がった。


 それは、家ほどの大きさもある、《熊》であった。




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