第5話 宿屋




「閑散としている、って感じかな?」


 目の前の、宿屋を見たシャオーネの感想である。なんとも、物悲しく感じさせるコメントだ。


「潰れていないのが不思議ですね」


「た、多分、人気の季節とかがあると思うよ」


 そうじゃないと、本当になんで存在してるのか理解できないし……と、シャオーネはずいぶんと失礼なことを考えている。


「人気の季節、ですか……。前調べた限りでは、そのような情報は見つかりませんでしたが」


「えー、そういうこともあるんじゃない?」


 本人にもわからない。シャオーネは、その場のノリで喋っている。


「はぁ……では、そういうことにしておきましょうか」


 わかってくれるのか、ミレナ……っ! 感激するシャオーネ。


「それより、はやく入んないとね」


 鉄でできた取手を持って、扉を勢いよく開ける。


 むわり、とした熱気。粘りつくような酒気。けれど、陽気な空気は、まったくと言っていいほどない。


 中は、酒場のようだった。机が七つ、その半分以上が埋まっている。閑散とした宿屋、と考えていたのだが、意外と人は多いようである。


 付け加えると、その人たちは、皆例外なく、シャオーネとミレナを“ジロリ”と見つめている。


 とても、剣呑である。今すぐ誰かが殴りかかってきても不思議ではない、張り詰めた空気を二人は感じた。


「客だなんて、珍しじゃねぇか」


 酒場の奥から、のっそりとガタイ体つきの男が姿を現した。


 見るからに、野暮で、粗忽な感じを受ける。


「そう? それより、ここは宿屋であってる?」


「あぁ、間違ってねぇ。ここは正真正銘宿屋だ」


「そうか、なら良かった。今日はここに泊まる予定だったから」


「ふむ? 二人部屋でいいか?」


「それで大丈夫」


「なら、銀貨2枚だ」


「2枚? 安いね」


「普通だろ? 貴族様の泊まる宿でもあるまいし」


「ふ〜ん、そういうものか」


 先ほどまで、貴族様が泊まるような宿屋にいたんだけどね〜、と心の中で突っ込むシャオーネ。


「ほら、鍵だ。無くすんじゃねぇぞ」


 ガタイ男は、懐から一本の、木でできた鍵を取り出して、手渡してくる。


「もちろん」


 無くすなんてドジ、犯すわけがない。などと、比較的楽観視しているシャオーネであった。なお、隣でミレナがジトっとした視線を向けている。シャオーネの抜け具合をよくよく知っているからだろう。


「それじゃあ、早く行きましょう」


 ずんずんと、男どもの間を縫って、階段へと向かっていくシャオーネ。そして、その後をため息を吐きながら追いかけるミレナ。


 一段目を踏み締めた途端、ギシリと音が鳴る。


 ギシ、ギシ、ギシ


 どこかで、バキッとなっても驚かないぞ。シャオーネは、そう思った。もし、宿屋の主人が聞いていれば、ひどい言い草であると憤慨すること間違いなしである。


 二人が二階まで登ったところで、シャオーネは、思わずと言った口調で、かのように言った。


「この宿、これまでの中で一番ひどいかも」と。


「……随分と恵まれた旅をしていたようですね」


 ミレナは、信じられないものを見たような視線をシャオーネに向ける。


「そう?」


 当のシャオーネは冗談だと思ったのか、そのまま話を切り上げて鍵の番号を見ながら部屋へと向かっていた。


「ここかな?」


 部屋の扉には「3」と数字が振ってあった。


 ミレナはシャオーネの持っている鍵を覗き込む。そこにも、「3」の文字が彫られている。


「あっていると思いますよ。と言うか、鍵を差して回せばわかることなのでは?」


「それもそうか」


 鍵を差し込み、ゆっくりと回す。


「うん、開いたね」


 そのまま、鍵を引き抜き、中へと入る。


 中は、なんとも言えない、質素な室内であった。


 真正面に、窓が開いており、青々とした樹枝が見える。右手には、二段ベット。


 以上であった。


「うわぁ、安いわけだ。っていうか、これならもっと安くても良くないか?」


「山の麓にある宿なら、これぐらいが普通ですよ?」


 さっきから、都市の宿を基準とした発言ばかり……とは思ったが、口には出さない。くだらない言い争いが始まる光景が脳裏に浮かんだからだ。


「それに、ベッド自体は綺麗なので、むしろ当たりだと思いますが」


「ふ〜ん」


 おもむろに、布団を持ち上げるシャオーネ。


 汚れがあることでも期待したのだろうか。しかし、残念ながらと言うか喜ぶべきことと言うべきか、ベッドには目立った汚れやしみなどはない。世間一般的には十分当たりであるのだが、シャオーネは気に入らないようで


「当たり、ねぇ」


 と、不満げな様子である。


「文句があるのでしたら、山で野宿をしては?」


 辛辣なミレナの声。


「まぁ、ね。ベッドに関しては我慢してもいいけどさ」


「けど?」


「それより、下にいるあの山賊どもだよ」


 二人は無言で真下を見つめる。


 そこには、床があるだけだ。けれど、二人にはあの、いかにも悪人と言った顔をしていた男どもの姿が目に浮かんできた。


「山賊、というのは言い過ぎな気もしますが」


「いや、団体で全員が戦闘職って、山賊しかないでしょ。しかも、ここ山の麓の宿だよ?」


「いえ、傭兵という可能性も……」


「いったいどこで戦争してるっていうの?」


「……で、彼らが山賊だとして、どうするつもりなんですか?」


「さぁ……?」


「さぁって」


 二人は無言で見つめ合い、頭を捻って現状を変える方法を考え始めた。


「扉に結界とか晴れませんか?」


「魔法で? あんま意味ないと思うけど……」


「なぜ?」


「結界タイプの魔法って、長時間持つようにすると、色々と特殊な素材とか必要だし、なによりこの宿屋の床とか壁に書き込む必要が出てくるんだよね。いちおう、書いても拭いたら消えるみたいなのもるけど、そういうのはお高いから持ってないし……」


 ポリポリと頭を掻き、申し訳ないと言った言葉を口にしている。


「それでは、どうするつもりだったんですか? この宿に泊まる話をすすめたのはあなただった気がしますが」


「いや〜、ここまで来て帰るのが嫌だったから泊まることにしただけだけど……」


「考えていなかった、と?」


「まぁ、そう、なっちゃいますね」


「はぁ〜」


 呆れて言葉もでないとはこのことか、とミレナは嘆息する。


「けれど、人が入ってきたらすぐにわかる魔法、とかなら簡単ですよ」


「すぐにわかる、とは?」


「たとえば、扉が勝手に開いたら、耳元でで大音量が響いた錯覚を起こさせたり、体の一部分に強烈な痛みを走らせたり」


「つまり、強制的に叩き起こされる魔法、ということですか?」


「誰かが部屋に入ってきたら、ね。ま、本来は罠とか嫌がらせに使う魔法なんだけどね。魔法をかける相手をちょっといじくったんだよ」


 だからと言って、安心できる要素はない。


「武器は枕元に置かないといけませんね」


「それはいつも通りじゃないの?」


「いつも以上に意識しないといけない、ということです」


 嘆息するミレナ。


 この調子で大丈夫なのであろうかと、不安が溜まってくる。そもそも、現状からして本来の目的から離れているのだ。


 最初は都市消滅の解明だった。それが今では、第一容疑者の『自分たちの無実を証明してくれ』と言う言葉に従ってあせくせしている。


 なんなのだ、これは。どこで間違ったのか……。流されるまま、ここにいる。


 これでは、シャオーネのことを笑えない。


 などと、本人(シャオーネ)が聞いたら怒り出しそうなことを考えているミレナであった。


「ほい。これでいい?」


 何の話かと、ミレナが視線を向ける先には、誇らしげなシャオーネの姿があった。


「誰かがドアを開けたら、足のつま先を本棚の角にぶつけた時のような痛みを覚える。ほら」


「……ッッッ!!?」


 ミレナに特に理由のない痛みが走った。


「いや、これは痛いね。けど、だいたい5秒ぐらいで治るから大丈夫だよ」


 どこが『大丈夫』だよ。


 ミレナは何度目かのため息を吐いて気を落ち着けようとする。


「秘密の通路から人が入ってきた場合はどのようにするのですか?」


「……こんな宿屋に、秘密の通路?」


 それはないだろ、とシャオーネは思った。ミレナも大真面目にこんなことを言っているわけではない。もしそうだったらどうするのか、という心構えを前もって作っておきたかったのだ。


「いやぁ、それじゃあ、これ敷く?」


 取り出したのは、一枚の大きな布地であった。


 その布には、野宿でよく使われる魔法結界、の魔法陣が描かれていた。


「一応、準備しておいたんだけど」


「……それは使い捨てですか?」


「いや、人が触れてれば魔力を勝手に吸い取って結界を張ってくれる、っていうやつ。だから、特に回数制限とかはないけど」


「それはいいですね」


 そんなこんなで、二人は着々と寝るための準備を完了させていった。


 ──そして、翌日。特に何事もなく二人は、鶏の声で起こされたのだった。



 

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