第3話 魔法使い
室内はシンプルであった。
木の枠の小さな窓があって、緑と白の壁紙が貼られている。床は薄茶で、家具の全てがそれと同じ色であった。
大きな机があり、その上には本や、書きかけの紙、インク、などなどが乱雑に置かれている。どうやら、研究方面も得意な人らしい、とシャオーネは思った。書かれているメモから彼女が類推しただけだが、一応、彼女は魔法学園を主席で卒業しているため、この予想は信ぴょう性が高い。
対して、ミレナは魔法の知識は少し齧った程度なので、本やメモを見ても彼の技術を判断することができない。変わりに、褐色肌そして特徴的な緑色の瞳から、彼が間違いなくウンム人の特徴と一致すると見抜いた。
そんな二人を前に、イオゥツフは部屋の隅に置いておいた椅子を取り出し、座るように促した。シャオーネとミレナが無言で座るのを確認したのち、自らも椅子に腰をかける。
こうして、男一人と女二人が対面で見つめ合う、謎の空間が出来上がった。
トントン、と足で床を叩く音が、やけにやげに響く。二人は、どう切り出したものかと悩んでいるため、無言。イオゥツフは、二人を足から頭のてっぺんまで、じっくりと眺めている。
それが、一通り終わって、彼はようやく口を開いた。
「俺のことを知りたいって?」
なんとも、淡白である。やる気を感じない、事務処理的な対応、そういった感じである。
ただ、会話を切り出せずにいたシャオーネにとっては渡りに船。
「えぇ、そうなんです」
と、話を始めた。
「知りたいとは、いったいなにを?」
「まず、あなたの名前、性別、出身地、職業について教えてください」
シパシパ、と目をしばたくイオゥツフ。
「……面接か何か?」
「基本情報の確認です」
「そうか……。俺の名前はイオゥツフ。苗字はない。性別は見ての通り男だ。出身地はウンム帝国で」
「帝国?」
ミレナが思わずと言った様子で疑問を口にする。
「……質問は後にしてくれないか?」
「あっ、はい」
「職業は魔法使い。主に魔法強化の研究を行っている。今は、フイロインナ子爵に雇われている……質問の方に関しては、そもそも何を知りたのだ?」
「いえ、勝手に王国だと思っていただけです」
「なるほど、確かに5年ほど前は王国と名乗っていた。だが、現在は帝国と改めている。なにやら政変が起こったらしいな」
「あの、その情報はどこから?」
今度は、シャオーネであった。
「旧友の手紙で知った。なんだ、次は旧友の略歴でも教えてやろうか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
少し寂しげなイオゥツフ。話したかったのかもしれない。
「それでは、次に質問です。あなたは3日前の夜、どこにいましたか?」
「3日前の夜……たしか、ここで仕事をしてたね」
「それを証明できる人は?」
「いない、ね」
「誰も?」
「自慢じゃないけどね。夜はずっと起きてるんだ。けど、邪魔をされたくないから、朝になるまで人は来ない。夕飯の時はここにいた、ということなら証明できるけど」
「……そうですか。その夕飯の時にあった人は?」
「呼べば来るだろう」
イオゥツフは立ち上がり、本棚のすぐわきにあった魔法陣に触れる。
魔法陣は一瞬の間、白い光を放つ。魔法陣じたいは、複雑なものでもなんでもない。魔法陣はそれぞれ対になっており、片方に魔力が注がれれば、もう片方も光るという、ただそれだけのものだ。
「ここに来る人は決まっているのか?」
「そうだな。ユイオイスかズイセフェのどちらかとは決まっている」
「今から来るのは……?」
「ユイオイスだろうな」
その言葉通り、やってきたのはユイオイスであった。
白とピンクの中間といった髪色が特徴的な男だった。しかも、男と言っても背は低いし、体つきもほっそりとしている。シャオーネは制服のマークを見て初めてユイオイスが男だとわかったほどである。
「お呼びでしょうか」
声を聞いても男女の区別ができない……!? と、シャオーネ戦慄している。その横で、ミレナもこいつは男なのか? と頭の中が疑問で埋まっていた。
「あぁ、呼んだ。一昨日のこと覚えてるか?」
「一昨日、ですか?」
「そうだ。一昨日の俺のしていたこと、覚えている限り全部言え」
コテン、と首を傾げるユイオイス。
「たしか、ご当主様の朝食が終わって少しした頃に呼び出しを受けました。部屋には本が乱雑に置かれていて、イオゥツフ様も目の下に少し隈ができていました。なので、夜通し研究を続けていたと思いました。その時は、追加の紙を持ってくるように言われました。そのあとは、ずっと部屋に閉じこもっておりました。中で何をしていたのか、こちらでは把握しておりません。その次に、イオゥツフ様は、ご当主様とともに晩御飯を召し上がっておりました。食べ終わると、いつものようにそのまま部屋へと戻って研究の続きをしていたのだと思われます」
「だ、そうだ」
だるそうに、イオゥツフはそのように締め括った。
シャオーネは、『は、はぁ……』と気圧されている。
ミレナは、そんなシャオーネを横目に、思考する。もしもイオゥツフがずっと部屋にいたことが本当ならば、彼が犯人ではないということになる。ただ、これは“フイロインナ子爵家の使用人”が発した言葉であると考えると、とたんに信憑性に疑問が生じる。
今、イオゥツフがユイオイスに指示をするような暇はなかった。これは事実であるが、私たちが来るのを把握していたのならば、事前に指示をすることができたとも言える。
結局のところ、疑いすぎなのだ。ミレナにも、それは分かっている。けれど、性分なのだからしようがないとか、完全に信用するのはダメだとか色々考えてしまうもだろう。
「さて、ところでもう話はいいのか?」
イオゥツフからの問い。それに対して、シャオーネは目を閉じて考える。そして、
「ない、ですね」
と答えた。この言葉をもっと正確にいうならば、『思いつかない、ですね』というものになるだろう。
そもそも前提として、シャオーネはフイロインナ子爵と話すだけだと思っていた。そのため、事前に考えていた会話リストもそれに準ずるものとなっている。しかし、現在の状況は『犯人と思われる人物と対面で会話をしている』というもので、想定外だというわけである。
対してミレナは、会話を引き延ばそうと考えていた──が、シャオーネが断ってしまったため何もできない。
「それじゃあ、話は終わりでいいな? ユイオイスも戻っていいぞ」
「わかりました」
ユイオイスが部屋を出ていく。シャオーネとミレナも、あと追うようにして出ていく。ミレナだけが、頭を下げて扉を閉める。
このようにして、『都市消滅事件』の調査に一区切りがついた。シャオーネとミレナにとって、満足とは呼べない結果であった。
◆◇◆◇◆◇◆
「あ〜!! どうしよう!」
宿の自室でわめくシャオーネ。
とても、見苦しい。ミレナは、今すぐ彼女の口を塞いでしまいたかった。
思考の邪魔になる。けれど、それを口にすることはない。発言をすることで、より騒がしい発言が飛び出ることを承知しているからだ。
そんなことをするよりも、より建設的なこと──そう、イオゥツフとの会話を思い出し、その内容を吟味する必要があるのだ。
今一番に考えるべきことは、これからの方針である。それは、間違いない。しかし、これを決めるには、イオゥツフについて考えなければいけない、ということでもあるのだ。なにせ、シャオーネとミレナは、イオゥツフの潔白を証明するように求められている。無視をしても問題はないのだが、とは言えイオゥツフ以外、すなわちフイロインナ子爵について調べる、というのは難しい。なにせ、これといったとっかかりがない。では、どうするかと言うと、やはりイオゥツフについて調べるしかないと言う結論に達する。
では、これからどう行動するべきか。シャオーネとも相談するべきだと、顔を上げる。するとそこには、ごろごろとベッドの上に身を投げ出しているシャオーネの姿が。
「いつまでも寝っ転がていないで、起きてください」
しかし、シャオーネは起きない。無言で、目を瞑っている。
「……明日からどうするか、決めないんといけないんですよ?」
ようやっと、目を開く。
「え? 帰るんじゃないの?」
「……」
言葉もない、とはこのことか。ミレナもこれには呆れ果てるしかない。
「あのですね、私はたった今、フイロインナ子爵に対して、『都市消滅事件』の調査許可を得られたのですよ?」
「え? あっ、そうとも言えますね」
「……」
『そうとも言える』じゃなくて、そういう意味で言ってきてるんだよ、フイロインナ子爵は。
シャオーネは、現在の状況の理解を、まったくと言っていいほど放棄していた。政治系統に興味がないのは元からだが、今はそれに拍車がかかっているのだろうか。ミレナには、そうとしか思えなかった。
「けれど、その場合、どこから手をつけるんですか?」
「とりあえず、街中でイオゥツフについて調べるしかありません」
「……それ、もうやったよね」
「他にも、まだ調べきれていないこともあるでしょうから」
二人は、面会の前にフイロインナ子爵のこと、彼の雇っている魔法使いのことについて、聞き込みや調査をこれでもかと行なっている。これ以上掘り起こすところなんてないだろう、とシャオーネは思っている。そしてしれは、ミレナにとっても同じである。同じであるのだが、だからと言って何もしないということはあり得ない。
「そうは言っても、これ以上何か見つかる?」
「それを、今から探さないといけないんです」
「はぁ……」
「イオゥツフの研究していた分野から、どうにか調べられないかと思うのですが、分かりませんか?」
「え? う〜ん」
首を傾げて、考え込むシャオーネ。
「多分、あの本は昔のものか、その写本。1ページしか見てないけど、現代で一番使われてるものじゃばくて、その原型だと思う。だから、あの近くにあるっていう遺跡から見つかったか、あれに関連するもの、だと思う」
思う、ってばっかだな。シャオーネは、自らの発言に呆れる。けれど、彼女も断言はできないのだ。見たのはほんの1ページだけ、それと少しのメモ、いずれも決定打には欠けるもの。推測に推測を重ねたものにしかならない。
「それなら、冒険者ギルドを調べる?」
「遺跡について?」
「今のところ、それが一番いいと思う。他に、何かあるのなら考えるけど」
「……ない」
「それじゃあ、遺跡について調べるってことで」
「そうね」
それに、違ってもそれはその時に考えればいい。ミレナはそう判断して、冒険者ギルドへ行く準備を始めた。
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