第2話 貴族の屋敷
「こちらでお待ちください」
そう言って、シャオーネとミレナが案内されたのは、豪華な応接間であった。
壁紙から、灯り、飾り付け、机やソファ、全てが高価なもので揃えられている。来客に対し、自らの財力を示すために力を注いだのであろう。
シャオーネは、呆れにも似た感慨の心持ちで室内を見渡す。
「ずいぶん豪華ですね」
スタスタと歩いてソファに腰をかけるミレナ。
なんとも、慣れた動きである。
「家でもそうしてるの?」
「はい?」
「だから、ミレナは、私の実家でもそういう感じなのかな〜って思って」
「ないってわかってますよね? あなたのいた頃と大して違いはありませんよ」
「ふ〜ん、本当かな〜?」
ニヤニヤと笑いながらミレナのすぐ横に座るシャオーネ。
「本当ですよ」
鬱陶しい、とミレナは思った。そして、『このウザいやつ、扉に足を挟まれないかな』なんて心の中で願った。
「う〜ん。兄さんなら、許してそうだからなぁ〜」
その話、まだ続くのか? そろそろキレるぞ? ミレナの苛立ちは、高まり続けた。ゆえに、
「そろそろ、家主がやってくるので、静かにした方がいいと思いますよ?」
なんとも、わざとらしい話の逸らしかたとなった。
「……そうだね」
シャオーネはニッコリである。とても晴れやかで、鬼の首を取ったと言わんばかりの顔である。ありていに言えば、うざい。ミレナの口元が吊り上がる。ヒクッヒクッ、と震えていた。
「それにしても、面白くないね〜」
シャオーネが言っているのは室内の話である。
彼女にとって、この部屋が豪華であるというのはわかるが、それ以外に何かを感じることができないのだ。そもそも、彼女は芸術には疎く、魔法や魔道具でもなければ興味をそそられない。一通り見終わってしまった今、彼女は暇で仕方がないのだ。
「面白がる必要はないと思いますが……それより、粗相の内容に作法などを思い出しては?」
「要らないでしょ?」
「は?」
「私、今、冒険者。冒険者と貴族の間には作法なんてない。法律にもそう書いてある。証明完了」
「あなたは“元”貴族です。冒険者は『できない』から細かい作法を求められないのであって『できる』あなたが作法をしなければ顰蹙を買います」
「なるほど、そういう考え方もあるね」
「納得していただけたようでなによりです」
シャオーネは笑顔のまま固まった。彼女は、ミレナに言い負かされたという事実を受け入れられていないのだ。どうにか現象を打破しなければいけない、とそういう意識が脳内で駆け巡っているのである。
だが、彼女が現状を打破しようとする前に、扉が開き、家主が現れた。
白髪の老紳士であった。流行りの服装でありながら、緑に近い色であるためか落ち着いた雰囲気をまとっていた。ただ、その瞳には老獪な値踏みするような色がうかがえる。
「少し遅れましたかな」
「いえ、時間通りです」
シャオーネの言う通り、魔道具である時計が指し示す時間は予定通りであった。
「それは良かった。さて、私にとっては初対面ではないのだが、君は覚えていないと思うのであらためて名乗らせてもらうよ。フイロインナ子爵家の当主、フイロインナ・イロ・ウイナムスだ」
「シャオーネです」
「ミレナです」
「ふむ、覚えたよ」
こうして、今回の面会はこれといった特に波乱もなく始まった。
「それで、初対面ではない、とは?」
「おや、気になるかい?」
「それは、もちろん……。申し訳ないのですが、会った記憶がないので」
「いやいや、大丈夫さ。私自身、覚えているとは思っていないしね。君と会ったと言うのは、10何年か前の話さ。君が6歳の時だね。貴族の子として、正式にお披露目される時のことだよ」
シャオーネは納得すると同時に、少しの困惑と気恥ずかしさを覚える。過去の自分、それもほとんど記憶もないような幼い頃の話を持ち出されたのだ。どういった振る舞いが正しいのか、頭を抱えながら、ただし笑顔は絶やさないようにする。
「まぁ、私はお祝いの言葉を言った程度だ。そのあとは一度も会わなかったしね。覚えていたら逆に驚きだ」
予想通り、なんて顔をしながら話を続けるフイロインナ子爵。それが、シャオーネにとって、なんとも憎らしい。思わず拳を叩き込みたくなるほど憎らしい。とは言え、そこは自重して、笑顔のまま話を続ける。いや、もしかしたら引き攣ってるかもしれないけど。シャオーネの頭の中では、現実逃避にも似た思考が繰り広げられていた。
「さて、前置きはこれぐらいにして、今日来た目的を聞こうか」
笑みは消え、貴族としての顔がそこにあった。
それに呼応するように、シャオーネもまた気安い態度から気を引き締める。
「あなたの雇っている魔法使いのことです」
「ほう……」
「ロイフォス様からは、その魔法使いについて調べるようにと言われています」
シャオーネの兄であるロイフォスは、ローツァレスロッツォ子爵領における消滅事件の犯人について、十中八九フイロインナ子爵の雇った魔法使いだと見ている。そしてまた、ロイフォスはこの事件の原因を怨恨だと思っている。ゆえに、フイロインナ子爵家に対して釘を刺す必要があると考えたのだ。自分たちは知っているけど黙っていてやるから、これ以上、その魔法使いを使うな、と。
ただ、この件においてフイロインナ子爵が雇った魔法使いが犯人ではない、という可能性もわずかながら存在する。その場合はその場合で、その情報を持ちかってほしいと言うわけだ。
まとめると、シャオーネは、フイロインナ子爵が雇った魔法使いがローツァレスロッツォ子爵領の都市消滅事件の犯人であるか、もしくは関わっているかを調べる必要がある。また、それをフイロインナ子爵が主導しているなら、こちらの意図(黙認するからこちらには手を出すな)を正確に伝えること、が今回の役割となっているのである。
「私の雇っている魔法使い……あぁ、イオゥツフのことか。君の兄は、昨今話題になっている都市消滅とかいう事件の犯人がイオゥツフではないか見ている、と。たしかに、彼は腕のある魔法使いだ。疑われても仕方がないかもしれないな……」
「その通りです」
平気なふりをしているが、シャオーネは疑心暗鬼に陥っている。今の反応が演技か分からなかったのだ。それに、調査する魔法使いについて事前情報が何もないと言うのが、余計な考えに発展してしまうのを助長している。
「うむ。彼は遠方、それも聞いた話では、東にある砂漠を超えたところにあるウンムと言う国の出身だそうだ。聞き馴染みはないかもしれないが、我が国よりも国土が大きい、強大な国家だ。彼は、魔法の真髄を知るために、この国へとやって来たと言っていた」
「魔法の真髄……」
「それの意味するところは私にもわからない。ただ、彼が本当に都市を消滅させたのだとしたのならば、そこにヒントが隠されているかもしれない」
「あの……」
「あぁ、皆まで言わんでもいい。『なぜこんな話を私に?』とか言うことだろう? 私としても、今の状況で彼が疑われるのは仕方がないことではあると思う。だが、ただはいそうですか、ということもできない。なので、君たちには私の知っていることを教える代わりに、彼の無実を証明する手伝いをしてほしいのだよ」
シャオーネにとってこれが演技なのか、それとも本心なのか、見抜くことはできなかった。ただ、フイロインナ子爵が表面的には協力の姿勢を見せている、と言うことだけは事実だった。なので、彼女が言えるのは
「彼は、絶対に無実なのですか?」
という、ことだけである。
「……私はそう信じたいと思っているよ」
「ですが、もし、彼が犯人であったという証拠が出てしまったら?」
「それが誰にも覆すことのできない、確固たる証拠であるならば……私は彼を処断する」
「わかりました」
本当はあまり理解できていないのだが、彼女は虚勢を張った。もともと、政治や駆け引きが苦手なシャオーネである。頑張った方である、と自画自賛をしている。
「ふむ。それでは、イオゥツフに会いますかな?」
「え?」
「無実を晴らすためには、彼に会ったほうが良いでしょう?」
「そう、ですね」
「そうでしょう? では、案内します」
フイロインナ子爵は立ち上がり、さも当たり前のように案内をしてくれる。
なお、部屋を出る途中シャオーネはミレナから相手に飲まれすぎ、と突っ込まれていた。
トン トン
フイロインナ子爵が扉を叩く。
そこは、応接間から階段を上った二階の奥にある部屋であった。
「イオゥツフ! お客様だ!」
声をかけてから、彼はもう一度扉を叩いた。
そうして、ようやくイオゥツフが扉を開いた。
「なんだ?」
「イオゥツフ、この二人は、お前のことが知りたいそうだ。話を聞いてやってくれ」
「はなし〜?」
「そうじゃ。私は忙しいのでもう戻るが、あとはよろしく頼む。あぁ、二人とも、すみませんが、私はここで」
「いえ、ありがとうございました」
そう言って、フイロインナ子爵は去って行こうとしたところで、何かに気がついたのか、こちらに戻ってくる。
「できたらの話ですが、無実の証拠が見つかったらすぐ来てもらって構いません。門番にも知らせておきますから」
今度こそ、フイロインナ子爵は去って行った。
「「「……」」」
あとには、残された三人が無言で見つめ合う空間ができあがった。
「中に入るといい」
沈黙に耐えかねたイオゥツフが、二人を部屋の中へと促す。
「わかりました」
断ることもないので、二人は中へと入っていった。
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