第19話


「……っここは」


 ルナが目を開けると先程とは風景が一変していた。どうやらクレアの転移石の力で本当に転移したらしい。


「皆さん、あれを見てください」


 ルナの指さす方向を3人は見る。その方角には大量の影の眷属がいた。


「あ、あんなに眷属が……」


「規模が大きいな。これだけのものはなかなか見ないぞ」


 ネリスが愕然とし、カイリが険しい表情を浮かべた。それだけ今回の影の眷属の攻勢の規模が大きいということだろう。


「これを裂け目が消えるまで足止めしなければなりません。影の眷属と戦う時はこの点が一番辛いですね……」


 クレアが悔しそうな顔をする。裂け目は基本的に消えるのを待つしかないというのはルナもネリスも聞いていた。しかし視界を埋め尽くすほどの今回の規模の眷属と耐えることは出来るのだろうか。


「まあこういう時のために私達がいるんだ。さっそく始めるぞ」


 暗い空気を断ち切るようにカイリが前へと進み出て、詞を唱える。次の瞬間、天から光が降り注ぎ、影の眷属を焼き払った。


「まあ、最初の挨拶はこんなもんだろ」


 自分の残した結果に特に喜ぶこともなくカイリは淡々と呟く。ルナとネリスはその光景を見て唖然とした。


「どうした? 二人共なにを驚いているんだ……」


「いえ……先生は凄いなと思って」


(一撃であんな大量の影の眷属を倒すなんて……やっぱり先生は凄いな……)


 内心で自分の師の強さに慄くルナだった。


「では私も戦っている者達の助けに向かいます。先生と皆さんとはここから別行動ですね」


「ああ、気を付けろよ。お前が負けるとは思ってはいないが戦いに置いては油断が命取りだからな」


「ええ。先生のほうも気を付けて」


「よし、ルナとネリスは私についてこい。クレアとは反対の方の影の眷属が多いほうを追い返すぞ」



 クレアと別れたルナ達は3人で影の眷属を処理へと向かった。


「次から次へと……! 本当にきりがない……」


 ルナは悪態をつきながら詞を唱え、影の眷属達を消していく。ネリスも剣を振るって影の眷属達を倒しているが相手は次から次へと現れた。


「本当に我慢比べですね。この状態が続くのはなかなか厳しいです……」


「こんなことで音を上げていてはまだまだだな」


 弱音を吐く二人をカイリが叱咤する。彼女は疲れてきている二人と違ってまだまだ余裕があった。


「先生……」


「ルナ、もう降参するか?」


 下を向いて荒い息を吐いているルナにカイリの挑発するような言葉が投げかけられる。ルナは明確に首を横に振った。


「まだ戦えます。こんなことで音をあげたりはしません」


「よく言った。が、確かにこの調子じゃ私はよくても皆は持たないな。どうにかしたいところでもある」


 カイリは思案しながら敵を葬っていく。ルナも戦闘に加わろうと顔を上げ――。


「あいつは……!?」


 ルナの視線の先にはある影の眷属がいた。そいつは小柄な少年のような姿をしている眷属でこちらには気づいていない。


 けれどルナはその眷属から目を離せなくなっていた。なぜならそいつは……。


「お母さんの……敵!」


 母を殺した影の眷属だったからだ。



「星の光よ」


 母の敵を見つけたルナは詞を素早く唱える。今の彼女にはあの影の眷属を殺すことしか頭になかった。


「我が道を阻む敵を浄化せよ、すべてを天に還せ」


 唱え終わると同時に何条もの眩い閃光がルナから迸る。その閃光はルナと少年の姿をした影の眷属との間にいる敵をすべて消滅させた。ルナはその攻撃で生まれた道を進んでいく。

 相手も異常に気付いたのかルナのほうへと視線を向けた。


「君は……星の力を持っているね。それもとびきり強いものだ」


 ルナを見つけた少年姿の影の眷属はどこか嬉しそうに呟く。そしてはっとしたような表情を浮かべた。


「待って。君は……昔、殺したあの人間の女性によく似ているけれど」


「ああ、覚えているんだ。なら話は早いね。私は君が殺したその女性の娘だよ」


 ルナの言葉を聞いた影の眷属は一瞬驚いた表情を浮かべたがやはり楽しそうなのは変わらない。


「そうか。あの時の子供が生き残っていたのか。素晴らしいね、また僕の楽しみが増えた」


「素晴らしい?」


「うん、またあれくらい強い人間と戦える可能性があるのが嬉しいんだ。君は成長したらとても強くなる」


「ああ、そう。でも次なんてない、ここでお前を殺すから」


 ルナはそう言うと詞を唱える。眩い光が少年姿の影の眷属に向かって放たれるがその光は相手の周りの黒い靄に阻まれる。


「でもここではまだ君を倒さない。君が強くなってから相手をしてあげるよ」


「逃がすか……! 星々よ、邪な者を縛り給え」


 ルナが唱えると共に少年姿の影の眷属の周囲に黄金色の鎖が現れ、彼を縛る。


「……やるね、まだまだ成長途中でこれか。ますます楽しみだ」


「ペラペラと喋るな! 今すぐその口を塞いでやる!」


 ルナの怒りに反応するように周囲の空気が震える。彼女の周りでもなにかが弾けるような音がし始めた。


「天の煌めきよ、我らに災いもたらすものを祓いたまえ」


 ルナは今度こそ少年姿の影の眷属を葬るために詞を唱える。しかしルナが放った攻撃が相手に届く前に相手の姿は黒い靄に包まれ消えてしまった。


「ふふ、今日はここまで。せっかくまた会う時のために僕の名前を教えておこう。僕の名前はノクタール。じゃあね、可愛いお嬢さん」


 不快になるくらいきざな言い回しをしてノクタールと名乗った影の眷属は戦場から消えた。

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